Hanacell
独断時評


ショルツ政権支持率 エネルギー危機で急落

社会民主党(SPD)・緑の党・自由民主党(FDP)の三党連立政権を生んだ連邦議会選挙から、1年が経った。ロシアのウクライナ侵攻が引き起こしたエネルギー危機とインフレなどのために、ショルツ政権への支持率が急落し、逆に極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)への支持率が増えつつある。

9月24日、ショルツ首相はサウジアラビアのムハンマド皇太子と会談し、エネルギー分野で協調していくことを確認した9月24日、ショルツ首相はサウジアラビアのムハンマド皇太子と会談し、エネルギー分野で協調していくことを確認した

ショルツ首相の優柔不断な態度に批判の声

アレンスバッハ人口動態研究所が発表した世論調査結果によると、昨年9月24日にはSPDへの支持率は26%だったが、今年9月16日には6ポイント少ない20%に急落。FDPへの支持率も、同時期に10.5%から7%に下がっている。これに対し野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)への支持率は、25%から30%に増加した。また連立与党の中では唯一、緑の党が1年間で16%から19%に増加した。

これらの数字には、ウクライナ支援策についての世論が反映されている。SPDの支持率が下がっている理由の一つは、オラフ・ショルツ首相の煮え切らない態度だ。例えば同氏は、当初ウクライナにドイツ製の対空戦車ゲパルトや自走りゅう弾砲などの重火器を供与することに反対していた。しかしウクライナや東欧諸国に強く批判された結果、重火器の供与にゴーサインを出した。現在もショルツ首相は、ウクライナ政府が求めているドイツ製のレオパルド2型戦闘戦車とマルダー装甲歩兵戦闘車の供与には反対している。

ショルツ首相は、今年1月には「ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン・ノルドストリーム2(NS2)は純粋に民間経済のプロジェクトだ」と公言して、稼働に前向きだった。しかし2月にプーチン大統領が親ロシア派の多いルガンスク人民共和国などの独立を承認したため、慌てて態度を変え、稼働を禁じた。

つまり多くの国民が、ショルツ首相の優柔不断な態度に失望しているのだ。もちろんこれはショルツ氏の慎重な性格を反映しているのだが、現在の緊急事態を考えると、「首相としてのリーダーシップに欠けている」と思う市民が増えるのも無理はない。

緑の党は重火器供与に前向き

SPDとは対照的に、緑の党への支持率が増えている理由の一つは、同党のウクライナ支援の姿勢が一貫していることだ。緑の党は、連立与党の中で戦闘戦車などウクライナへの重火器の供与について最も積極的だ。同党は環境保護だけではなく、人権の保護も重視する政党だからだ。

緑の党の政治家たちは、連邦議会・欧州委員会のアントン・ホフライター委員長のように、「ウクライナが勝てるように、ドイツはゼレンスキー政権を強力に後押しするべきだ」という態度を貫いている。この党は、ロシアのウクライナ侵攻が起きる前から、ロシアとNS2プロジェクトを進めることに反対してきた。

インフレに対する市民の強い不安

もう一つ、SPDの支持率を下げている理由は、エネルギー危機だ。8月31日以降ロシアがNS1を通じたドイツへのガス供給を停止したために、企業経営者や市民の間ではこの冬にガスや電力料金が高騰し、可処分所得が激減するという不安が強まっている。連邦統計庁によると、今年8月の消費者物価上昇率は7.9%。特に電力、ガスは46.4%、食料品は15.7%と二桁の上昇率で、過去約40年間で最高の水準だ。

インフレは通貨の価値と購買力を減らす。アレンスバッハ人口動態研究所が今年8月に発表した世論調査によると、「あなたの不安の最大の原因は何ですか?」という問いに対し、インフレを挙げた回答者の比率は83%で最も高かった。

ショルツ政権のエネルギー政策をめぐる右往左往も目に付く。今年8月には「エネルギー会社の連鎖倒産を防ぐために、消費者にガス賦課金の支払いを義務付ける」と発表したが、9月下旬には「消費者負担を増やすガス賦課金は無意味であり、撤回すべきだ」という意見が与党内で強まっている。

ショルツ政権は、今年3月には「3基の原子炉を予定通り今年12月31日までに廃止する」と発表していた。しかし9月27日には連邦経済気候保護省のロベルト・ハーベック大臣が「今年冬には電力不足が予想され、隣国フランスも電力の融通が難しいことから、3基のうち2基の原子炉は、来年1月1日から4月半ばまで運転させる必要がある」と政策を修正した。

本稿を執筆している9月28日の時点では、ショルツ政権がこの冬に何を財源として電力とガス料金に上限を設定し、市民の負担増加に歯止めをかけるのかについて明確な方針が打ち出されていない。エネルギー政策の右往左往とエネルギー・インフレの悪化は、ハーベック大臣が属する緑の党の支持率にも将来的に悪影響を与えるかもしれない。

われわれ外国人にとって気になるのは、極右政党への支持率がじりじりと増えていることだ。AfDの支持率は昨年9月には10%だったが、今年9月には13%に増えた。INSAが9月26日に公表した世論調査によると、旧東ドイツ地域ではAfDへの支持率は27%で、最も人気が高い政党になっている。これらの数字には、現政権のインフレ対策への市民の不満が浮き彫りになっている。

インフレを背景にAfDが勢いを増していることには、イタリア総選挙での右翼勢力の圧勝と一脈通じるものがある。市民の怒りが、ポピュリズム勢力にとって追い風とならないことを祈る。

最終更新 Mittwoch, 05 Oktober 2022 17:27
 

ウクライナ侵攻開始から半年 トンネルに光は見えず

ロシアが2月24日にウクライナ侵攻を始めて半年が経った。欧州を襲った、第二次世界大戦以来最も深刻な安全保障上の危機に、終結の兆しは見えない。

1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板

米国諜報機関の予想が的中

ドイツのハーベック経済気候保護大臣は、「われわれは、欧州での戦争とは歴史の教科書の中だけで読むものだと思っていた。それが現実に起きてしまった」と述べたことがある。この言葉には、ドイツ人たちがこの戦争で受けた衝撃の強さが現れている。大半の欧州人たちは、米国の諜報機関が昨年12月以来発していた、「ロシアはウクライナに侵攻する」という警告を信じなかったが、国境に集結した10万人を超えるロシア軍部隊は、米国の予想通り軍事攻撃に踏み切った。

プーチン大統領は、2014年のクリミア半島制圧のように、数日でキーウを占領できると予想していた。侵攻作戦に参加したロシア兵たちは、当初3日分の食料しか与えられていない。だが、ロシア軍はウクライナ軍の激しい抵抗に遭い、米英などが供与した携帯式対戦車ミサイルなどで多数の戦車を撃破されたため、キーウ占領を当面あきらめたのだ。しかし、ロシアは攻撃の矛先を東部のドンバス地区や南部に集中させ、親ロシア派が支配するルガンスク・ドネツク両人民共和国と、クリミア半島を結ぶ「陸橋」を造った。現在ウクライナの領土の約20%がロシアに占領されている。

ロシア軍の残虐行為が明るみに

今回の戦争が世界を震撼させたのは、ロシア軍が一時占領したキーウ近郊のブチャやイルピンなどで、ロシア兵が住民を無差別に虐殺し、拷問・強姦などの残虐行為を行っていたことだ。ブチャだけでも、約400人の市民が殺害されている。さらにロシア軍は、国際法を無視して軍事施設だけではなく団地、病院、市民が避難していた劇場などを無差別に攻撃し、市民の間に多数の死傷者が出ている。国連によると、8月21日までに約5600人が死亡し、約7900人が負傷した。

多くの国々が、自走りゅう弾砲や対空戦車など重火器を含む多数の兵器をウクライナに送っている。キールの世界経済研究所によると、今年6月までに各国がウクライナに送った武器・弾薬や、同国が武器を買えるように行った資金援助の総額は360億ユーロ(5兆4000億円・1ユーロ=140円換算)に上る。

ドイツが紛争地域に重火器を供与したのは初めて。さらにドイツ政府は、2022年の防衛予算を当初の予定から49.3%増やして700億ユーロ(9兆8000億円)に引き上げ、来年以降も国内総生産(GDP)の2%を超える金額を防衛予算に回す方針だ。東西冷戦終結後続いていた防衛予算の減額に歯止めをかけ、連邦軍の装備の近代化と増強を始める。ショルツ首相が「時代の変化」(Zeitenwende)と呼ぶように、ドイツは2月24日前の国とは違う国になったかのようだ。

つかめない停戦交渉の糸口

米国・国防総省は8月末までに約7万人~8万人のロシア兵が戦死し、4万5000人が負傷したと推定している。またウクライナ政府は、今年6月までに約1万人のウクライナ兵が戦死し、約1万8000人が負傷したと発表した。ロシア軍が特定の地域を占領しても、西側のりゅう弾砲や多連装ロケット砲を使って反撃するという、一進一退が続いており、戦争は消耗戦の様相を呈している。ウクライナ政府は、クリミア半島を含めて、ロシア軍を自国領土から撤退させることを目標にしている。だがウクライナ軍には戦車や戦闘機が不足しているので、ロシア軍の駆逐は容易ではない。

このため本稿を執筆している8月末の時点では、ロシアとウクライナの間で正式な停戦交渉が始まる見通しは立っていない。ウクライナが停戦交渉に同意する場合、米国や英国などに対して、「安全を保証すること」を要求する可能性が強い。ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)には加盟できない代わりに、将来ロシアに再び攻撃された場合、米国やドイツなどが軍事支援を行うという約束を取り付けようとしている。この軍事支援が武器の供与に留まるのか、戦闘部隊のウクライナへの派遣をも含むかは、まだ決まっていない。

しかしNATO加盟国にとっては、ロシア軍と直接交戦することは、欧州大戦につながる危険性があるので、絶対に越えてはならない一線だ。ウクライナとNATO加盟国が軍事支援の内容について合意するのも容易ではない。つまり、この戦争がどのような形で終わるのかを予想することは極めて難しい。

ウクライナで終わる保証はない

一つだけ言えることは、ロシアが予測不可能な国になったということだ。ロシアの軍事作戦がウクライナで終わるという保証はない。かつてソ連に併合されていたバルト三国やワルシャワ条約機構に属していたポーランドも、狙われるかもしれない。将来プーチン大統領が失脚しても、「大ロシア」を夢見る国粋主義的な政治家には事欠かない。スウェーデンとフィンランドが中立主義を放棄してNATO加盟を申請したのは、そのためだ。欧州の地政学的リスクは、1980年代の冷戦時代並みに高まっている。

NATOのストルテンベルグ事務局長は、4月7日に「この戦争はすぐには終わらない。数カ月または数年続くかもしれない」と言ったように、現在の混沌は当分の間続くと考えるべきだろう。冷戦後約30年間続いた「平和の配当の時代」は終わり、われわれは暗いトンネルのような時代を手さぐりで進みつつある。

最終更新 Donnerstag, 15 September 2022 08:46
 

ガス賦課金による料金高騰をめぐり激論

ロシアが西欧へのガス供給量を大幅に削減したため、大手エネ企業ユニパーが経営難に陥った。このため政府は企業のガス調達費用の増加分の大半を、消費者に負担させる。市民のエネルギー費用は秋から冬にかけて、大幅に増加する。

8月22日、ユニパーは電力供給確保のため、期間限定で石炭火力発電所を再稼働させることを明らかにした8月22日、ユニパーは電力供給確保のため、期間限定で石炭火力発電所を再稼働させることを明らかにした

ロシアのガス供給削減が発端

連邦経済気候保護省(BMWK)は8月15日、ユニパーなどガス輸入企業の倒産を防ぐために、今年10月1日から2024年3月31日まで、全てのガス消費者に対してガス1キロワット時(kWh)当たり2.419セントの賦課金の支払いを義務付けると発表した。

ユニパーなどの企業では、ロシアがガスパイプライン・ノルドストリーム1(NS1)を通じた供給量を通常の20%に減らしたために、スポット市場で割高のガスを調達しなくてはならず、損失額が増えた。ユニパーの1日の平均損失額は、6000万ユーロ(84億円・1ユーロ=140円換算)に達する。ショルツ政権はユニパーの株式の30%を取得するなど、150億ユーロ(2兆1000億円)の公的資金を投じて、同社を救済した。

賦課金の導入によってガス輸入企業は、実際の調達価格ともともとの購入契約の価格の差額の90%を消費者に転嫁できる。ただし実際の調達価格は今後もさらに上昇する可能性があるため、賦課金の額は3カ月ごとに修正される。

価格比較サイトVerivoxとCheck24によると、年間の天然ガス消費量が2万kWhで、居住面積が180平方メートルの家に住む4人家族の世帯が払うガスの年間費用は、賦課金の導入により575ユーロ(8万500円)増える。年間消費量が5000kWhの独身世帯では、年間121ユーロ(1万6940円)の増加だ。

付加価値税引き下げをめぐる議論

本来は、この賦課金に19%の付加価値税がかかるはずだった。ショルツ政権は、ガス料金と賦課金への付加価値税をゼロにするための許可を欧州委員会に申請したが、欧州委員会は却下。このためガス料金と賦課金の付加価値税を7%に下げることになった。

だが付加価値税の引き下げについては、批判も多い。サービス企業の産業別労働組合ver.diのフランク・ヴェルネケ委員長は、「7%への引き下げだけでは不十分だ。ショルツ政権は、年間のガス消費量が1万2000kWhまでの家庭に対して、ガス料金の上限を導入するべきだ」と主張している。

またVdKなどの社会福祉団体は、「付加価値税を引き下げると、貧しい市民だけではなく、高所得者の負担も減る。これは不公平だ。エネ費用の上昇は低所得者にとって特に大きな打撃なのだから、ショルツ政権は貧しい人々の負担を減らす政策を取るべきだ。負担軽減策は、最も弱い市民の可処分所得を増やすものでなくてはならない」という声明を発表し、政府に対して追加的な対策を求めている。

また賦課金による企業支援についても、批判がある。賦課金の額を計算する非営利企業Trading Hub Europe(THE)によると、これまでユニパーなど12のエネルギー企業が賦課金による支援を申請した。これらの企業に対する支援額は340億ユーロ(4兆7600億円)に上る。

だが12社の中には、ユニパーのように経営難に陥った企業だけではなく、ガス・電力価格の上昇によって黒字が増えたEnBWの子会社も含まれている。政界では、「エネルギー危機によって潤っている会社を、賦課金で支える意味があるのか」という疑問の声が聞かれる。

実際RWEとシェルは、「ガス調達価格の増加分は、自社の収益から負担できる」として、賦課金による支援は使わないと発表している。この2社からガスを買っている消費者は、賦課金を払う必要はない。

賦課金は今後も上昇か

市民にとっての大きな問題は、賦課金が2.419セントに留まる保証はないということだ。その理由は、卸売市場で価格の上昇に歯止めがかかっていないからである。欧州のガス卸売市場Dutch TTFのウエブサイトによると、8月22日に、1メガワット時(MWh)当たりの天然ガスの卸売価格の終値は、276.75ユーロと、過去最高値を更新した。1年前の価格(45.83ユーロ)に比べて6倍の上昇である。

価格高騰の理由は、ロシアが8月19日に、「NS1の点検のために、8月31日から3日間ガスの輸送を停止する」と発表したためだ。ドイツ政府は、ロシアがNS1を通じたガス供給を完全にストップするのは時間の問題と見ている。その場合、価格はさらに高騰する。

連邦系統規制庁のクラウス・ミュラー長官は、7月14日に「将来市民が払うガス料金は前年の3倍になる可能性がある」と語っている。8月7日に、ドイツ賃貸住宅テナント連盟のルーカス・ズィーベンコッテン会長は、「所得が最も低い人々、つまり市民の約3分の1は、ガスなどのエネルギー費用を払えなくなるだろう」と警告している。

ショルツ政権は、失業者への家賃補助額の引き上げや、低所得層を対象にしたエネルギー支援金の導入などを検討しているが、具体策はまだ公表されていない。政府はエネルギー費用の高騰のために市民の可処分所得が激減したり、真冬にガスを止められたりする事態を防ぐために、低所得層を中心に手厚い救済措置を取るべきだ。

最終更新 Donnerstag, 01 September 2022 08:54
 

なぜドイツのエネルギーはロシアの人質にされたのか(下)

1998〜2005年までドイツの首相だったゲアハルト・シュレーダー氏(社会民主党・SPD)は2005年の連邦議会選挙に負けて首相の座から辞任すると、プーチン大統領から要請されて、ロシアからドイツへガスを直接輸送するパイプライン、ノルドストリーム1(NS1)の運営企業の監査役会長に天下りした。この会社はロシアの国営ガス企業ガスプロムの子会社だ。NS1は2011年に運開。ドイツのロシア産ガスへの依存度は、2010年の39.2%から2020年には55.2%にはね上がった。

2017年7月7日、ハンブルクで開かれたG20で握手するプーチン大統領とメルケル前首相2017年7月7日、ハンブルクで開かれたG20で握手するプーチン大統領とメルケル前首相

ドイツの元首相がプーチン大統領の「走狗(そうく)」に

シュレーダー氏はロシア政府のロビイストとして、NS1に並行するノルドストリーム2(NS2)を建設してドイツへのガス供給量を倍増させるべく、メルケル政権に働きかけた。シュレーダー氏は2014年のロシアのクリミア半島併合についても、プーチン大統領を擁護する発言を行い、ロシア政府のドイツにおける利益代表者の役割を演じるようになった。彼はロシア軍が一時占領したブチャで発覚した、ウクライナ市民に対する虐殺事件についても「プーチン大統領が命じたものではない」と語っている。

さて2005年に首相になったアンゲラ・メルケル氏は、社会主義時代の東ドイツで育ち科学者として働いた。このためソ連の支配体制のリスクを知っており、ロシアに対してはシュレーダー氏に比べると批判的だった。日本ではメルケル氏について「ロシア語を話すなど、プーチン氏との仲が良い政治家」という見方を持っている人もいるが、彼女はプーチン氏とは仲が悪かった。ロシアに出張したとき、国家犯罪を記録する市民団体メモリアルの事務所を訪問して、ロシア政府の神経を逆撫でしたことがある。

メルケル政権もパイプライン建設を推進

だがメルケル氏も、政経分離主義をシュレーダー政権から引き継ぎ、プーチン大統領の国際法違反や人権抑圧を理由に、ロシアとの経済関係に波風を立てることを好まなかった。2014年にプーチン大統領がクリミア半島を併合したとき、欧州連合(EU)はロシアに対して現在ほど厳しい経済制裁措置を発動しなかった。メルケル氏もEUに対しロシアを国際経済の中で孤立させるほどの制裁の実施は求めなかった。

クリミア併合から約1年しかたっていない時期に、NS2の建設を認可し、ロシア依存度をさらに高める道を選んだことは、メルケル氏の大きな失敗である。メルケル氏は、首相辞任直前に行ったインタビューの中で、「まさかプーチン大統領がクリミアを併合するとは思わなかった」と語り、ロシアに対して楽観的な態度を持っていたことを明らかにしている。

ちなみにウクライナのゼレンスキー大統領は、メルケル氏のロシアに対する忖そんたく度を批判したことがある。彼は4月3日のビデオ演説で「ドイツとフランスは2008年にブカレストで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、『ロシアを不必要に刺激するべきではない』という理由で、ウクライナをNATOに加盟させることに反対した。これは、愚かな心配だった」と語った。つまり彼は、ウクライナがNATOに加盟できなかった一因がメルケル氏にあると考えている。

ウクライナ政府がドイツ大統領を「門前払い」

さてドイツのロシアとの経済関係の緊密化のなかで、重要な役割を演じた政治家がもう一人いる。フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領(SPD)だ。彼はかつてシュレーダー派に属する人物だった。1999〜2005年までシュレーダー政権で連邦首相府長官、メルケル政権では2度外務大臣を務めた。

彼はこれらの要職にあったときに、NS1とNS2の建設プロジェクトを強力に推し進めた。東欧諸国の警告を無視し、シュレーダー氏の「欧州の安全保障は、ロシアをパートナーとしなくては成立し得ない。貿易関係を緊密にすることによって緊張を緩和し、戦争の再発を防ぐ」という方針を忠実に実行した。

今年4月には、ゼレンスキー政権のシュタインマイヤー大統領への反感を象徴する出来事があった。シュタインマイヤー大統領はポーランドのドゥダ大統領とバルト三国の大統領と共に、4月13日にキーウを訪問する予定だった。ところが、その前日に、ウクライナ政府は「シュタインマイヤー大統領の訪問は、望まない」と通告し、「門前払い」を食わせた。当時ベルリンのウクライナ大使だったメルニク氏は「シュタインマイヤー大統領は長年にわたり、ロシアと密接なネットワークをクモの巣のように構築した。現政権で要職に就いている多くのドイツ人が、このクモの巣に絡めとられている」と批判した。

ちなみにシュタインマイヤー大統領は「私は、パイプライン建設プロジェクトを、ロシアとドイツを結ぶ懸け橋と考えていた。だが東欧諸国の警告に耳を傾けず、このプロジェクトを推進したのは誤りだった」と述べ、対ロ政策のミスを認めた。

つまりシュレーダー・メルケル両政権の融和政策、政経分離主義の結果、製造業界の血液であるガスが独裁者プーチン大統領の「人質」にされた。両政権は、元KGB(ソ連の国家保安委員会)将校の本質を見抜くことができず、エネルギー安全保障という国家の重要任務をおろそかにしたのである。

日本のロシア依存度は、ドイツほど高くはない。しかし資源小国日本にとっても、ドイツの苦悩は決して他人事ではない。

最終更新 Donnerstag, 18 August 2022 10:06
 

なぜドイツのエネルギーはロシアの人質にされたのか(上)

ドイツは、日本と同じくエネルギーの自給率が低い。資源エネルギー庁によると、2018年のドイツの自給率は37.4%、日本は11.8%だ。日本は中東諸国に大きく依存しているが、ドイツはロシアに頼った。

2003年、サンクトペテルブルクの式典で談笑するプーチン大統領とシュレーダー元独首相2003年、サンクトペテルブルクの式典で談笑するプーチン大統領とシュレーダー元独首相

ガスは製造業界の「血液」

2021年にドイツが輸入したガスのうち、ロシアからの輸入量の比率は55%だった。欧州連合(EU)加盟国で輸入量が最も多い。輸入石炭の49.9%、輸入原油の35%がロシア産だった。石炭と原油については、今年中にロシアからの輸入量をゼロにするめどが付いたが、ガスは液化天然ガス(LNG)の陸揚げターミナルがないため、時間がかかる。

ガスは、ものづくり大国ドイツを支える「血液」だ。消費量のうち、製造業界が消費する比率が最も多い。化学業界は「ロシアからのガス供給が止まった場合、第二次世界大戦後もっとも深刻な被害がドイツ経済に生じる。化学業界だけではなく自動車、製薬、繊維業界などのサプライチェーンが切断され、数十万人が失業する」と警告する。

Ifo研究所は、「ロシアがドイツへのガス供給を停止した場合、わが国経済には2200億ユーロ(28兆6000億円・1ユーロ=130円換算)の損害が生じる。来年の国内総生産(GDP)成長率はマイナス2.3%に落ち込む」という悲観的な予測を打ち出した。つまりロシアのガスなしには、経済が成り立たない。ロシアはガスの元栓を押さえ、製造業界を人質に取ったのだ。

ブラント首相の「東方政策」が発端

なぜロシアのエネルギーに対する依存度は、ここまで高くなってしまったのだろうか。政治と経済を切り離し、ロシアの国際法違反や人権弾圧を大目に見るドイツの「エネルギー重商主義」の発端は、1973年。この年に西ドイツは、ソ連からガスを輸入し始めた。

当時首相だった社会民主党(SPD)のヴィリー・ブラント氏は、東西に分断されたドイツで多くの家族が生き別れになっている実態に心を痛めた。彼は、東西ドイツ間の相互訪問を可能にするには、ソ連との緊張緩和が必要だと考えた。反共主義が強かった保守政党キリスト教民主同盟(CDU)とは対照的に、ブラント首相はソ連と対決するのではなく、貿易や文化交流などによって敵と接近することによって、相手を軟化させる政策を選んだ。ブラントの東方政策(オストポリティーク)の基盤は、「Wandel durch Annäherung」(接近することで相手の姿勢を変える)と呼ばれた。

ソ連接近の試みは、「ナチス時代の過去と批判的に対決し、被害国に対して反省の念を示すべきだ」という戦後西ドイツのリベラル勢力の姿勢とも関連があった。つまりSPDのソ連に対する融和姿勢の背景には、第二次世界大戦でナチス・ドイツが約2700万人ものソ連市民、兵士を殺害したことに対する負い目もあった。この大戦での犠牲者数はソ連が世界で最も多い。

さらに1970年代後半にロシアからのガス輸入量が増えた背景には、中東に端を発した1973年の石油危機もある。つまりドイツはエネルギーの調達先を多角化するために、ロシアからのガス輸入を増やしたのだ。

ソ連は東西冷戦の時代にも契約通り西欧にガスを売り続けた。1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻し、翌年に米国などがモスクワ五輪をボイコットして東西関係が緊張の度を強めた時にも、ガスは西欧へ向けてとうとうと流れ続けた。この経験は、ドイツに「エネルギーについては、ソ連(ロシア)は信頼できる。この国は、エネルギーを武器として使うことはない」という誤った安心感を与えた。ドイツがソ連に機械や自動車を売り、ソ連がドイツにガスや原油など天然資源を売るという、相互依存体制が出来上がったのだ。

ドイツの元首相がロシアの「走そうく狗」に

ロシア依存度を特に高めたのが、1998~2005年まで首相だったゲアハルト・シュレーダー氏(SPD)である。彼はプーチン大統領の刎ふんけい頸の友で、2005年にロシアからドイツへ直接ガスを輸送するパイプライン(ノルドストリーム1=NS1)の建設プロジェクトをスタートさせた。両国のエネルギー企業が開催したNS1建設プロジェクトに関する調印式には、シュレーダー首相(当時)とプーチン大統領も出席している。

シュレーダー氏は、プーチン大統領をハノーファーの自宅に招待したり、プーチン大統領のソチの別荘に行って一緒にサウナでビールを飲んだりするほど親しい仲だった。2人とも貧しい家庭に生まれたことも、共通点の一つだった。

プーチン大統領は、ソ連の秘密警察・国家保安委員会(KGB)の要員として、社会主義時代の東ドイツ・ドレスデンに駐在していた。このためドイツ語に堪能である。彼は2001年9月にドイツ連邦議会で、ドイツ語で演説し「冷戦は終わった。ドイツとロシアは協力して、欧州共通の家を作ろう」と語った。ロシアの要人が連邦議会でドイツ語の演説をしたのは、初めてだった。彼はゲーテやシラーにも触れ、ドイツ文化に対する尊敬の念を示した。

この演説はドイツの多くの政治家に感銘を与え、プーチン氏について「ロシアに新風を吹き込む改革者」という楽観的なイメージを抱くドイツ人もいた。シュレーダー氏は、プーチン大統領について「虫眼鏡でじっくり見ても正真正銘の民主主義者(lupenreiner Demokrat)だ」と太鼓判を押したこともある。だがプーチン氏の素顔を見抜いた政治家は、ドイツにほとんどいなかった。(次号へ続く)

最終更新 Mittwoch, 03 August 2022 14:59
 

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