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スウェーデンとフィンランドがNATO加盟申請

ロシアのウクライナ侵攻は、欧州の政治地図を大きく塗り替える。スウェーデンとフィンランドの北大西洋条約機構(NATO)への加盟申請は、そのことをはっきり示している。両国は5月18日に、NATOのシュトルテンベルク事務総長に申請書を手渡した。これらの国々は、長年にわたり軍事同盟に加わらず中立を維持してきている。だが2014年のロシアのクリミア併合によって、プーチン大統領の対外政策が攻撃性を強めたと判断し、NATOの軍事演習に参加するなどして協力関係を深めてきた。

5月3日、ドイツを訪れたスウェーデンのアンデルソン首相(右)とフィンランドのマリン首相(左)5月3日、ドイツを訪れたスウェーデンのアンデルソン首相(右)とフィンランドのマリン首相(左)

ウクライナ侵攻が引き金

両国の背中を押したのが、今年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略である。スウェーデンとフィンランド政府は、「この戦争は、欧州の地政学的状況を決定的に変化させた。もはや後戻りはあり得ない」と説明する。両国の国民の間でも、ウクライナ戦争勃発後は、NATO加盟に賛成する市民の比率が増えた。

二つの国が脅威を感じるのも、無理はない。ロシア軍が戦術ミサイル・イスカンダルを配備しているロシアの飛び地カリーニングラードは、スウェーデンからバルト海を隔てた目と鼻の先である。スウェーデン軍は数年前から、バルト海での国籍不明の潜水艦による活動に神経を尖らせていた。

フィンランドはロシアの隣国。同国は1939年11月から旧ソ連との間で「冬の戦争」と呼ばれる苛烈な戦いを経験した。ソ連はフィンランド軍の3倍の兵力を投入して同国に侵攻したが、約13万人の戦死者を出して苦戦。フィンランドは国家の独立を維持できたものの、国土の約10%に当たる南東部・カレリア地峡のソ連への割譲を余儀なくされた。

集団自衛権という「保険」

当然NATO加盟申請にはリスクもある。プーチン政権は、「両国の加盟申請は誤りであり、ロシアへの脅威を高める」と警告している。プーチン大統領は、NATOがさらに拡大することを防ごうとしていた。だがウクライナ侵攻によって、スウェーデンとフィンランドを刺激し、逆にロシアの隣国(フィンランド)がNATOに加盟することになった。プーチン大統領にとっては、オウンゴール(自殺点)である。

だがスウェーデンとフィンランドがNATOに加盟できれば、北大西洋条約第5条が規定する、集団自衛権の原則が適用される。つまり一国がロシアに攻撃された場合、ほかの加盟国は自国への攻撃と同等に見なして、反撃する義務が生じる。ロシアは米国の核戦力と対たいじ峙することになるので、NATO加盟国への攻撃を思いとどまる可能性が強い。したがってNATO加盟は、欧州で最も重要な「保険」なのである。

ウクライナも、NATOへの加盟を強く希望していたが、ドイツやフランスの反対で実現しなかった。メルケル前首相は、ソ連の一部だったウクライナをNATOに加盟させることは、プーチン大統領を強く刺激すると懸念し、2008年のNATO首脳会議でウクライナの加盟に反対したとされる。その結果、ウクライナは今ロシアの侵略戦争の犠牲となりつつある。

スウェーデンとフィンランドにとっては、一刻も早くNATOに加盟することが重要だ。その理由は、ロシア西部の戦闘部隊がウクライナに投入されており、スカンジナビアを攻撃する余力がないからだ。それでも両国は、申請から正式加盟までの間にロシアから攻撃される場合に備えて、英国との間で二国間の相互防衛協定を結んでいる。

ドイツのショルツ首相は、5月4日にスウェーデンのアンデルソン首相とフィンランドのマリン首相がドイツを訪れた際に、「われわれは、両国が迅速にNATOに加盟できるように支援する」と約束した。ショルツ氏は、「スウェーデンとフィンランドがNATOに正式に加盟するまでの時期にも、国連憲章と欧州連合(EU)条約に基づいて、両国を守る」と付け加えた。

焦点は2年後の米国大統領選

ただしスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請がすんなり認められるわけではない。トルコが「両国は、PKK(クルド労働党)などのテロ組織を支援している」として、加盟に反対しているからだ。両国は、テロ組織を支援していないと反論している。

NATOの間では、「トルコの反対は、米国製兵器の購入をめぐる交渉の材料を増やすためだ」という見方が強い。トルコは米国製のステルス戦闘機F35の購入を希望しているが、ロシア製のS400対空ミサイルの導入を決めたことから、バイデン政権はトルコのF35購入に反対の立場だ。つまりトルコはスウェーデンとフィンランドの正式加盟への反対を取り下げる代わりに、米国製のF35型戦闘機の購入をバイデン政権に認めさせようとしているのである。トルコが両国の加盟に同意するのは、時間の問題と思われる。

それよりもNATOにとって重要なのは、2024年の米国大統領選挙の行方だ。この選挙でトランプ氏が大統領に再選された場合、米国はNATOへの関与を再び減らす恐れがある。ロシアのウクライナ侵攻はNATOの結束を強めたが、欧州政局への関心が低いトランプ氏の再選は、NATOに深刻な影響を与えるだろう。トランプ氏は、かつて米国がNATOを脱退する可能性すら示唆したことがある。いつの日かウクライナで戦火がやんでも、ロシアの脅威は残る。

つまりドイツを初めとする欧州諸国は、今こそ「米国が助けてくれなくても、自分たちを守れる能力」を身に着けなくてはならない 。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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