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エネ費用が増加するなか市民への支援は十分か?

エネルギーは、今ドイツの政治・経済の中心的なテーマの一つである。2021年以来続いている電力料金、ガス料金、燃料価格の上昇が止まらず、市民への負担が増えているからだ。ロシアのウクライナ侵攻という地政学的な不安定要因は、今年秋から来年春までに、価格高騰にさらに拍車をかけると予想されている。

1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板

ガスの小売価格が1年で約95%増加

【電力】
ドイツエネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、年間電力消費量が3500キロワット時(kWh)の場合、標準世帯向けの1kWh当たりの電力価格は、2021年では32.16セントだった。ところが、今年4月には37.14セントになり、約15.5%も上昇した。10年前に比べると、約43.5%も高くなっている。

【ガス】
BDEWによると、一戸建ての家に住み、年間ガス消費量が2万kWhの場合、標準世帯向けの1kWh当たりの電力価格は、2021年には7.06セントだったが、今年4月には13.77セントとなった。実に約95%もの増加だ。

欧州の代表的なガス卸売市場であるダッチTTFプラットフォームによると、2021年1月1日には1メガワット時当たりのガスの価格は約20ユーロだったが、ロシアのウクライナ侵攻開始後の今年3月7日には、一時214.4ユーロにはね上がった。ドイツの家庭の約50%がガス暖房を使っている。したがって、卸売価格の高騰は来年多くの家庭が受け取る今年の精算書の請求額を、大幅に引き上げると懸念されている。

今後ドイツはロシアからパイプラインで送られているガスへの依存度を減らすために、カタールや米国から船で輸送される液化天然ガス(LNG)の輸入量を増やすが、LNGの値段はロシアからのガスよりも高い。万一ロシア政府が、欧州連合(EU)へのガス供給停止に踏み切った場合、ガス料金はさらに高騰する。

【自動車用燃料】
ADACによると、ガソリンエンジン用の燃料スーパーE10の1リットル当たりの価格は2021年3月には145.4セントだったが、今年3月には初めて200セント台を突破し、206.9セントになった。42.2%の上昇だ。ディーゼルエンジン用の軽油は、1年間で131.5セントから62.7%も増え、214セントになった。

エネルギー価格と食料価格の高騰により、今年4月、ドイツの前年同月比の消費者物価指数は7.4%に達した。過去41年間で最高のインフレ率である。

ショルツ政権のエネルギー手当

市民のエネルギー費用負担を緩和するため、ショルツ政権は今年3月23日にいくつかの対策を発表した。連邦政府はこれに150億ユーロ(1兆9500億円・1ユーロ=130円換算)を投じる。

まず電力コストの上昇の一因である再生可能エネルギー促進助成金(EEG-Umlage)を今年7月1日付で廃止する。これまで大半の市民・企業が電力を消費するごとにこの助成金を支払っていたが、今後は連邦政府の予算でまかなわれる。

さらにショルツ政権は全ての納税者に、エネルギー手当として300ユーロを支払うほか、子どもがいる家庭には養育補助に1人当たり100ユーロが追加される。また失業者など困窮者には、100ユーロのエネルギー援助金を倍増して200ユーロを支給する。困窮者への基礎援助金も、来年1月1日から引き上げる予定。

最も大きな影響を受けるのは、低所得層だ。連邦系統規制庁によると、2020年に市民が電力料金を滞納したために一時的に通電を止められたケースは、約36万件に上る。その意味で、失業者らに重点を置いて援助を行うことには意味があると思う。

またショルツ政権は、6月1日から3カ月間にわたり自動車燃料にかけられているエネルギー税を引き下げることで、ガソリン1リットルの価格を30セント、ディーゼル用の軽油1リットルを14セント安くした。これは郊外に住み、毎日大都市の職場に車で通勤している人や、トラックを使う運送会社に配慮した対策だ。

読者の皆さんの中には、すでに「9ユーロチケット」を買った人も多いだろう。6月から3カ月間、バスや地下鉄、市電、Sバーンなどの地域の公共交通機関を月9ユーロで利用できる。車ではなく公共交通機関を使う人が増えれば、ガソリンや軽油の消費量が減り、二酸化炭素(CO2)の排出量も減るので一石二鳥だ。

ヒートポンプ普及には膨大なコスト

ただしショルツ政権は、エネルギー費用の引き上げにつながる政策も予定している。例えば2024年以降に暖房器具を新設する場合には、使用するエネルギーの最低65%は再エネにすることが義務付けられる。これは、ガス暖房器具の新設の禁止を意味する。

政府はこの法律により、再エネによる電力を使ったヒートポンプを普及させることを目指している。ヒートポンプは、空気中の熱などを集めて暖房として使うが、電力コストが増加することは確実。ヒートポンプの購入には1万5000~3万ユーロもかかる。また、伝統的なアルトバウの住宅にヒートポンプを導入すると、新築の住宅よりもコストが高くなる。

ハーベック経済気候保護大臣は、ヒートポンプの普及数を現在の約100万台から2030年までに600万台に増やすことを目指している。脱ロシアとCO2削減のための費用が、政府、企業、市民の肩に重くのしかかることは避けられそうにない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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