独断時評


クリュメル原子炉と選挙戦

突如として原子力エネルギーが、9月末の連邦議会選挙の重要な争点に押し上げられた。そのきっかけを作ったのは、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州のクリュメル原子力発電所で先月末に発生したトラブルである。

発電所を運営しているヴァッテンフォール・ヨーロッパ社によると、6月27日にこの原発の変圧器でショートが発生したため、原子炉が緊急停止した。送電が一時的に停まったため、発電所の西側にあるハンブルクで大半の信号機が故障したほか、ショッピングセンター、製鉄所、水道施設で停電が発生し、断水や水道管の破裂などの影響が出た。

実はこの発電所では2007年にも変圧器のトラブルが発生し、原子炉の緊急停止に追い込まれていた。このためヴァッテンフォール社は、2年間にわたり発電所の運転を見合わせ、3億ユーロの費用をかけて修理・点検作業を行ってきた。

この原子炉を監督しているシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州政府は、先月19日に運転再開についての許可を出したが、わずか2週間足らずでトラブルが再発したことになる。

しかも今回の調査で、ヴァッテンフォール社が州政府の指示に反し、変圧器内部の状態を監視する計器を設置していなかったことが明らかになった。さらに同社は、変圧器のトラブルとは別に燃料棒に損傷が見つかったことも公表した。このため再修理が必要になり、ヴァッテンフォール社はクリュメル原子炉を来年の5月頃まで運転できない見通しとなった。

このトラブルは、「脱原子力」の旗を掲げる社会民主党(SPD)と緑の党には追い風となった。ガブリエル連邦環境相(SPD)は、クリュメル原子炉の閉鎖を要求するとともに、老朽化した原子炉の停止時期を繰り上げ、残った稼動年数を比較的新しい原子炉に移すことを提案している。つまり彼は、「脱原子力」のシナリオを加速しようとしているのだ。

現在ドイツでは、原子力エネルギーに関する監督権限が連邦政府と州政府にまたがっている。ガブリエル氏は、州政府に任されている個々の原子炉についての監督権を連邦政府に集約することも提案している。確かに、クリュメル発電所の修理点検作業が不完全だったにもかかわらず、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州政府が運転再開の許可を出したのは、行政の監視が行き届いていなかったことを示している。

これに対して、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は「クリュメルのトラブルを選挙戦の道具に使うべきではない」と反発。CDU・CSUは選挙に勝って自由民主党(FDP)と連立政権を樹立した場合、電力業界の要求通り、脱原子力政策を見直して原子炉の稼動年数を延長することを目指していた。それだけに、今回のトラブルはCDU・CSUや電力業界にとって、きわめて悪いタイミングで発生したのである。

近年のドイツでは、「温室効果ガスを減らして気候変動に歯止めをかけるためには、原子力も過渡期のエネルギーとして必要だ」という意見も出てきている。しかし1980年代のチェルノブイリ事故でドイツの国土の一部が汚染されて以来、国民の間には原子力エネルギーに対する不信感が根強く残っている。クリュメルをめぐる論争は、この不信感を強める要因となるだろう。9月27日の有権者の判断に注目したい。

22 Juli 2009 Nr. 775

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:24
 

アフガン戦とテロの影

「イスラム系過激派がドイツで同時多発テロを計画している?」

7月上旬に流れた情報は、ドイツ社会を緊張させた。連邦内務省などの治安当局が恐れているのは、9月末の連邦議会選挙の直前に、アルカイダの思想に共鳴するテロリストたちが英国やスペインで起きたような無差別テロをドイツ国内で実行することだ。

テロは選挙の結果に大きな影響を与えることがある。たとえば2004年にスペインは米軍を支援してイラクに戦闘部隊を派遣していたが、マドリードで通勤途中の市民らを狙った無差別テロが発生し、国民の政府への反感と厭戦気分が非常に高まった。このためテロの直後に行われた選挙では、米国寄りの与党が大敗して政権交代が実現。新政府はスペイン軍をイラクから撤退させた。つまりイスラム過激派は爆弾テロを行うことで世論を操作し、政治的な目的を達成したのである。極めて危険な前例だ。

ドイツでも、連邦軍のアフガニスタン駐留に批判的な意見が強まっている。インフラテスト社の世論調査によると、アフガン駐留に反対する回答者の割合は2004年には47%だったが、今では69%に増えている。アルカイダに共鳴する過激組織は、インターネット上でドイツにアフガニスタンからの撤退を要求している。

このため治安当局は、イスラム過激派がスペインと同じように選挙の直前にテロを起こすことを危惧しているのだ。多数の市民が犠牲になれば、メルケル政権への批判が強まり、アフガン派兵に反対している党が選挙で得票率を伸ばすかもしれない。

ドイツはアフガン北東部を中心に4500人の兵士を派遣している。ドイツ軍が担当しているクンドゥス周辺の地域では、道端に仕掛けられた爆弾や対戦車ロケット砲、小火器による攻撃が増えている。パトロール中の兵士が発砲され、激しい銃撃戦に巻き込まれることは珍しくない。兵士たちが身を守るために武器を使用するだけでなく、発見したゲリラ部隊を積極的に攻撃して制圧したケースも報告されている。

シュピーゲル誌によると、これまで前線の兵士たちは「実際に攻撃されるか攻撃が迫っている時以外に武器を使用してはならない」という規定に縛られていたが、今年4月にこの規定が削除されたため、以前よりも自由に武器を使用できるようになった。

これまでにアフガニスタンでの戦闘や事故で死亡したドイツ兵の数は、7月上旬の時点で35人。国防大臣を務めた社会民主党のペーター・シュトゥルック院内総務は、「ドイツ軍がアフガニスタンで戦争を行っているのは、まぎれもない事実。メルケル政権はそのことを認めるべきだ」と主張している。これに対しメルケル首相やユング国防大臣は、「アフガニスタンでの連邦軍の任務は平和維持である」として、戦争という言葉を使うことを避けている。

ドイツ人は平和主義的な傾向が強い国民である。政府が戦争という言葉を使いたがらない背景には、9月末の選挙に悪影響が及ぶことへの懸念がある。だが前線からの報告を読むと、アフガニスタンでの日常はもはや単なる平和維持活動ではなく、外国軍と抵抗勢力の間の戦争という性格を日に日に強めている。ドイツ人が、旗幟(きし)を鮮明にしなくてはならない時が、次第に近づいているように思える。

17 Juli 2009 Nr. 774

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:22
 

史上最大の財政赤字


 シュタインブリュック財務相(SPD)
 ©D. Butzmann/F. Jaenicke/S. Knoll/
 B.aehahn
ドイツ連邦財務省のペーア・シュタインブリュック大臣は、よく口をヘの字に曲げて苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。6月24日には、大臣は特に機嫌が悪そうに見えた。彼はこの日、2010年の政府予算を発表したが、その中で来年度の財政赤字が861億ユーロ(約11兆1930億円)に膨らむことを明らかにしたのである。

今年度の財政赤字は、すでに476億ユーロ(約6兆1880億円)に達している。つまり今年と来年の財政赤字を合わせると、1337億ユーロという天文学的な数字になる。ドイツ政府がこれほど巨額の財政赤字を抱えるのは、初めてのことだ。

財政赤字急増の原因は、公的資金による銀行救済と不況対策である。昨年秋以来、ドイツの銀行業界は一時危機的な状況に陥った。特に不動産融資銀行ヒポ・レアル・エステートが、米国のサブプライム関連債権が混入した金融商品に多額の投資を行っていたために、業績が急激に悪化。政府はこの銀行が倒産して国際金融市場に連鎖反応が起こることを防ぐために、巨額の資金注入を余儀なくされた。このほかコメルツバンクなどの大手金融機関も、自己資本が急激に減ったために政府の支援を受けている。

また、政府は車の買い替え奨励金や生産縮小に追い込まれている自動車メーカーの労働者の給料減額分の補填に多額の予算を回している。今年後半からは、失業者が大幅に増えるものと予想されている。

財務省によると、2008年から来年にかけて歳出は16%増えるのに、税収は10.6%減る見通し。GDP(国内総生産)が1年間で約6パーセント減るという、戦後最悪の景気後退の爪痕がはっきり現われている。

省庁別に比べると、来年度の歳出が最も多いのは失業対策や年金問題を担当する連邦労働社会省で、1531億ユーロ(約19兆9030億円)。今年に比べて歳出が19.7%も増える。すべての省庁の中で最も急激な伸び率である。連邦労働社会省の歳出は、来年度の連邦政府全体の実に47%を占める。このことは、来年にかけて不況が雇用状況に与える悪影響について、政府が悲観的な見通しを抱いていることを示している。

ユーロ圏加盟国は、財政赤字などがGDPに占める比率を一定の数字以下に抑えなくてはならない。現在、ドイツを含む多くの国が不況のためにこの基準に違反しているが、政府は財政赤字を一刻も早く減らさなくてはならない。財務省は再来年から歳出を減らし、税収を増やすことを計画している。だがシュタインブリュック大臣は、税収を増やす方法については明らかにしていない。

このため各党の間では税金をめぐる議論が活発化している。9月末に連邦議会選挙が迫っているだけに、大変デリケートな問題である。連立政権の樹立を狙うキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と自由民主党(FDP)の一部の議員は、減税を提案している。選挙での得票率の引き上げを狙った発言である。これに対しシュタインブリュック大臣は、「減税を語るには時期尚早だ」と釘を刺す。CDUの一部の政治家は、付加価値税の引き上げを提案。メルケル首相は慌てて否定した。財政再建をどのように行うかは、今後の政局の重要な争点になるだろう。

10 Juli 2009 Nr. 773

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:18
 

イランの混乱とドイツ

6月中旬以来、イランが揺れている。6月12日に行われた大統領選挙では現職のアハマディネジャド氏が圧勝したが、対立候補ムサビ氏の支持者ら数十万人の市民が「アハマディネジャド氏の勝利は不正によるもの」として、大規模な抗議デモを行ったのである。

市民は票の再点検と選挙のやり直しを要求している。だが宗教上の最高指導者であるハメネイ師はすでにアハマディネジャド氏の勝利を祝福しており、現政権の支持に回ったものと見られている。

デモは初めの内平穏に行われていたが、警官隊が発砲したため市民の間に多数の死傷者が出ているほか、反体制派の市民ら500人あまりが逮捕された。イランでこれほど規模の大きなデモが起きたのは、1979年のイラン革命以来のことである。だがイラン政府は外国人記者のデモに関する取材や携帯電話の使用を制限しているために、客観的な情報が外国に伝わらない。

欧米諸国は、今回の事態を重大な関心を持って見守っている。ドイツのメルケル首相はイラン政府に対して、「デモの参加者を暴力で弾圧してはならない」と警告。報道機関の取材を許可し、市民の要求通り票の再集計を行うように求めている。だが欧米諸国は声明を発表するのが関の山で、イラン国内の政局に直接影響を与えることはできない。

欧米諸国が重大な関心を寄せている理由は、今回のデモが30年前に成立したイラン・イスラム共和国の基盤を揺るがしかねない起爆力を持っていたからである。アハマディネジャド氏は、民主主義と公正な選挙を求める市民の潜在的なパワーを過小評価していたことになる。同時にこのデモは、対米強硬派であるアハマディネジャド氏と穏健派の間で、激しい権力闘争が繰り広げられていることを示唆している。

7300万人の人口を持つ産油国イランは、中東にとって地政学的に重要な存在だ。特にイランが核兵器の開発を進めていることは、核拡散防止の観点から深刻な問題である。現在中東地域で核兵器を持っているのは、イスラエルだけ。イランが核武装を目指しているのはイスラエルに対抗するためと見られるが、アハマディネジャド大統領はイスラエルの殲滅を公言し、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)を疑問視する過激な人物である。

イランが核武装に成功した場合、中東の他の国々も抑止力を持つために核保有を目指し、中東で核軍拡競争が始まる可能性もある。こうした危険なシナリオに歯止めをかけるためにも、イランの政権が穏健化することは欧米諸国にとって極めて重要なのだ。だが核問題をめぐる国際交渉は、暗礁に乗り上げている。

このデモが起きる前、米国のオバマ政権は核交渉の突破口を見出すために、イラン政府と直接対話する姿勢を打ち出していた。だが長年にわたって対立してきた米国とイランが和解するのは、容易なことではない。

ドイツはイランの最も重要な貿易パートナーの1つであり、長い交流の歴史を持つ。ドイツ政府には独自のチャンネルを生かして米国とイランの間の仲介役となり、イランが国際社会からの孤立に終止符を打つために貢献する役割を果たして欲しい。

3 Juli 2009 Nr. 772

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 14:05
 

ゲットー被害者に年金

東西統一後のドイツ政府や裁判所は、ナチスの圧政による被害者たちに温情的な態度を示すことが多い。今月8日にも、カッセルにある連邦社会福祉裁判所が、ユダヤ人たちに有利な判決を下した。

第2次世界大戦中にナチスは、ワルシャワをはじめとするポーランドや旧ソ連の都市でユダヤ人たちを住居から追い出し、強制収容所に送る前にゲットーに押し込んだ。ユダヤ人たちの中には食べ物、または食糧の配給切符と引き換えに工場などで働く人もいた。

今日のドイツの社会保障の原則によると、報酬と引き換えに行われた労働については、引退後に年金が払われなくてはならない。しかし戦後長い間、ゲットーでの労働については年金が支払われてこなかった。

このためドイツ政府は、2002年に「ゲットー労働者のための年金法」(ZRBG)という法律を施行させた。だがこれまで担当官庁は、「ゲットーのユダヤ人たちが仕事と引き換えに受け取った食料や配給切符は、厳密な意味での給料には値しないので、労働の報酬と認められない」として年金の支払いを拒んできた。この結果、年金を申請したユダヤ人7万人のうち、90%が年金を受け取ることができなかった。

これに対し連邦社会福祉裁判所は、「たとえ食べ物や配給切符であっても、ゲットーで行われた労働の報酬と見なすべきだ」という判断を初めて示した。これによって、6万人を超える人々にゲットーでの労働に対する年金が支払われる道が開かれたのである。

ナチスはゲットーに対する食糧の配給を大幅に切り詰めていたので、ワルシャワ・ゲットーなどでは餓死者が続出した。このためゲットーではパン一切れ、スープ一杯も命を支えるための貴重な「通貨」だったのである。せっかく被害者のための年金法を作っても、申請者の9割が年金を受け取れないのでは意味がない。こう考えると、連邦社会福祉裁判所の判決は妥当なものと言うべきだろう。

このほか、ドイツ政府と6400社の企業は、「記憶・責任・未来」(Erinnerung, Verantwortung, Zukunft)という賠償基金を2000年に設立し、ウクライナ、ロシア、ポーランドなどに住んでいた165万7000人の強制労働被害者に対して、これまでに43億1600万ユーロ(約5610億800万円)の賠償金を支払っている。さらに同基金は、強制収容所での人体実験の被害者ら8000人あまりに5123万ユーロ、財産の没収などで損害を受けた1万5781人に8900万ユーロを払っている。

ナチスが犯した罪は、決して金で償えるものではない。被害者の失われた青春、殺された家族は賠償金をもらっても帰ってこない。しかしドイツ政府の態度は、賠償金で少しでも生存者や遺族の生活を楽にすることによって、謝罪の意思を示そうとするものである。

今日のドイツがEUの一員として、周辺の国々から深い信頼を寄せられている背景には、こうした努力があることを忘れてはならない。

26 Juni 2009 Nr. 771

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:15
 

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