Hanacell
独断時評


露のガス供給削減で独大手エネ企業が経営難

ウクライナ戦争の影響がドイツ経済に及び始めた。ロシアがガス供給量を大幅に減らしたため、ドイツの大手電力・ガス会社ユニパー(本社デュッセルドルフ)の経営が悪化し、政府に救済を要請したのだ。

5日、記者会見で話すハーベック経済気候保護大臣5日、記者会見で話すハーベック経済気候保護大臣

政府の資本参加も視野

ユニパーが6月29日にウェブサイト上で公表した情報は、経済界に衝撃を与えた。同社は、「ロシアの国営企業ガスプロムが6月16日以来、ガスパイプライン・ノルドストリーム1(NS1)を通じた1日の天然ガス供給量を通常に比べて60%減らしているため、わが社の経済的負担が大きくなっている。このためわが社は連邦政府との間で、経営を安定化するための措置について協議を始めた。政府からの緊急融資や保証、さらに政府のわが社への資本参加が行われる可能性もある」と発表した。

ガスプロムは「ガス圧縮装置の故障」を理由に、NS1を通じた1日当たりのガス輸送量を通常の1億6700万平方メートル(㎥)から6700万㎥に減らしている。ショルツ政権は、「故障」は口実で、プーチン大統領がドイツの産業にとって不可欠なガス供給を減らして、「経済戦争」をしかけていると見ている。

だがユニパーは小売契約に基づいて、化学メーカーなど顧客にガスを供給しなくてはならない。このためスポット市場といわれる卸売市場でガスを仕入れて不足分を穴埋めしている。この市場で取引されるガスは、長期契約のガスに比べて価格がはるかに高い。しかもスポット市場でのガスの卸売価格は、1年前に比べて約4倍に高騰。だがユニパーは、顧客に対するガス小売価格を急激に引き上げることができない。このため損失額が拡大し、政府に救済措置を要請したのだ。ウクライナ戦争に関連してドイツの大手エネルギー会社が政府の救援を求めたのは、初めてである。

ユニパーはドイツで最も多くロシアのガスを輸入しており、昨年外国から輸入したガス3700億キロワット時(kWh)のうち、54%がロシアからの輸入だった。その大半がNS1を通じてドイツに送られていた。同社は地域電力会社(シュタットベルケ)100社にガスや電力を供給しているため、ユニパーが窮地に陥った場合、エネルギー市場全体に影響が及ぶ。

政府はエネ企業救済の枠組み整備へ

連邦経済気候保護省のハーベック大臣は、7月5日の記者会見で「エネルギー企業が1社倒産すると、連鎖的に経営難に陥る企業が増える危険がある」として、ユニパー救済に前向きの姿勢を示した。

政府は、2020年のコロナ・パンデミックによる旅客数の激減が原因でルフトハンザが経営難に陥った際に、同社に資本参加して破綻から救った。ユニパーに対しても同様の措置を取るものとみられている。さらに政府は「経済安定・加速法」(WStBG)を改正してエネルギー企業に資本参加するための枠組みを整える方針だ。また政府は、ガス会社が卸売価格の高騰分を、顧客に転嫁するための仕組みも検討している。

その理由は、政府がユニパー以外にも苦境に陥るエネルギー企業が現れると思われるからだ。焦点となる日付は、7月11日だ。NS1では毎年夏に、ガスの輸送を止めて定期点検が行われる。今年の定期点検は7月11日から約2週間。ショルツ政権は、「ガスプロムが技術的な理由を口実にして、点検が終わってもガス輸送を再開しない恐れがある」と見ている。

現在ドイツのガス貯蔵設備のガス充じゅうてん填率は、約61%。政府は貯蔵設備の運営企業に対し、今年11月1日までに充填率を90%に引き上げるよう義務付けている。そのためには、夏のうちにガスを充填しなくてはならないが、NS1を通じた供給量の削減により、充填作業が予定通り進まない恐れがある。

ドイツには今のところLNG陸揚げターミナルがない。政府とエネルギー企業は北部のヴィルヘルムスハーフェンなど3カ所に陸揚げターミナルを建設中だが、完成するのは早くても2024年の夏になる見通しだ。つまりドイツはそれまでの間、ロシアからのガスを完全に代替することができない。

最悪の場合、冬のガス備蓄がゼロに

ハーベック大臣はドイツで将来起こり得るガス危機について、6月23日にシミュレーション結果を公表した。連邦系統規制庁(BNetzA)は、NS1のガス供給量の減少率、産業界のガス節約の進捗度などに応じて、六つのシナリオを作成した。そのうち、「7月11日以降NS1からのガスが完全に止まり、国内のガス消費量の節約も進まない」という最悪のシナリオによると、ドイツのガス貯蔵設備は、来年1月27日から4月23日まで、約3カ月にわたって空っぽになる。

BNetzAのミュラー長官は、「ドイツの産業界は、化学業界からの製品や原材料に大きく依存し、サプライチェーンが複雑に絡み合っている。このためガス・ロックダウンによって化学産業の生産活動が滞った場合、経済全体に与える打撃は、コロナ・パンデミックをはるかに上回る」と見ている。

米国の故ジョン・マケイン上院議員は、2014年にロシアについて「国家の仮面をかぶっているが、実はマフィアが経営するガソリンスタンドだ」と言ったことがある。同氏は今日の状況を鋭く見通していたのだ。

政府がガス緊急事態を宣言し、製造業界などへのガスの配給制度を導入するのは不可避と思われる。消費者が支払うガス代、暖房代も急激に上昇する。ドイツは戦後最大のピンチをどう乗り切るだろうか。

最終更新 Donnerstag, 14 Juli 2022 10:05
 

ロシアがガス供給量削減 政府はガス節約を呼びかけ

ロシアのウクライナ侵攻の余波は、ドイツ経済にひたひたと忍び寄っている。ロシアがドイツへの天然ガス供給量を減らし始めたのだ。

6月21日、Tag der Industrieで演説をしたリントナー財務大臣6月21日、Tag der Industrieで演説をしたリントナー財務大臣

ロシアがガス輸送量を60%カット

6月15日、ロシアの国営ガス企業ガスプロムは、ロシアからドイツへガスを直接送る海底パイプライン・ノルドストリーム1(NS1)の1日当たりのガス輸送量を、通常の輸送量(1億6700万立方メートル)に比べて40%減らした。次いで6月16日には、通常の量よりも60%少ない6700万立方メートルへ削減。ドイツだけではなく、フランスやイタリアでも、供給されるガスの量が大幅に減った。

ガスプロムは削減の理由について、「ドイツのシーメンス・エナジー社によるパイプラインの修理作業が遅れているため」と説明している。欧州連合(EU)の対ロ経済制裁のため、ドイツ企業はNS1の修理作業を行うことはできない。

だがドイツの政界・経済界では、「技術的なトラブルのために、通常通りの量のガスを送れないというのは口実だ。ガス供給量の削減の真の目的は、ウクライナを強く支援するドイツ政府に圧力をかけることだ」という意見が有力である。

経済気候保護省のハーベック大臣は、6月21日にベルリンで行った演説で「ロシアのガス供給量削減は、ドイツ経済に対する攻撃だ」と断定した。大臣は、「この削減は、これまでとは異なる次元の攻撃である。ロシアはガスの供給量を減らすことでガスの卸売価格を引き上げ、われわれに不安を与えようとしている。つまりロシアはガスをわれわれに対する武器として使っているのだ」と述べ、プーチン大統領を非難した。

ロシアがガス供給量を通常に比べて60%減らした6月16日は、ドイツのショルツ首相がフランスのマクロン大統領、イタリアのドラギ首相らと共に初めてキーウを訪問し、「ウクライナをEU加盟候補国に指定することに賛成する」と発言した日だ。これを受けて欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、6月17日に、ウクライナを候補国に指定するようほかの加盟国に対して勧告している。ドイツの論壇には、「ロシアのガス供給量削減は、ドイツやEUに対するプーチン大統領の報復だ」という見方もある。

ガス卸売価格が急騰

ドイツのガス業界はロシアからの輸入量が減った分をほかの国から調達したため、今のところガス不足は起きていない。だが現在ドイツのガス貯蔵設備の充じゅうてん填率は約58%にとどまっている。貯蔵設備の運営企業は夏の間にガスを調達して備蓄し、今年10月1日までに充填率を80%、11月1日までに90%に引き上げなくてはならない。ロシアはガス供給量を絞ることで、ドイツの備蓄努力を妨害しているのだ。

欧州のガスの卸売市場Dutch FFTでも、すでに変動が起きている。6月14日午後にはガス1MW(メガワット)時の価格は84.4ユーロだったが、ガスプロムが供給量を60%減らした6月16日には、一時151.2ユーロまではね上がった。80%近い上昇率である。今後、家庭向けの小売ガス料金も高騰することは避けられない。ガスの卸売価格が上昇すれば、ロシアの国庫に入るガス代金収入は、自動的に増える。われわれはロシアからのガス、原油、石炭を消費することによって、プーチン大統領のウクライナでの侵略戦争を間接的に資金援助している。極めて情けない状況だ。

ドイツには液化天然ガス(LNG)の陸揚げターミナルがないため、ロシアから輸入しているガスを他国からのLNGで完全に代替できるのは、早くても2024年の夏になる。万が一ロシアがドイツへのガス供給を突然停止した場合、ものづくり大国ドイツの製造業界、特に大量のエネルギーを消費する化学業界などは深刻な打撃を受ける。多くの工場が操業停止に追い込まれ、数十万人の雇用が危険にさらされる。

ガス危機の影響はコロナを上回る

ハーベック大臣は、「ロシアからのガス供給が停止した場合のドイツ産業界への打撃は、2020年のコロナ・パンデミックを上回る可能性がある。事業を継続できなくなる企業も現れるだろう」と警告し、産業界と市民に対しガスの節約を要請した。

政府は「代替発電所確保法」という新しい法律を近く施行させ、ガス供給が減った場合には電力会社に対してガス火力発電を禁止し、廃止される予定だった石炭・褐炭火力発電所を運転することを予定している。ハーベック大臣は、「石炭・褐炭の利用を少なくとも一時的に増やすと、二酸化炭素の排出量も増えるが、現在は緊急事態なのでやむを得ない」と説明している。野党からは原発の使用継続を求める声もある。

ドイツ政府は今年3月に「ガス緊急事態計画」の第1段階の「早期警戒段階」を発令した。ロシアからガス供給が止まった場合は第3段階の緊急事態を発令し、国民経済への重要度などに応じて優先順位を付け、メーカーにガスを配給する。家庭や病院、介護施設や小口の事業所へのガス供給は制限されない予定だ。

リントナー財務大臣は、6月21日の演説で「われわれは今後3~5年にわたり、ガス不足の危険にさらされる。エネルギー価格の高騰やサプライチェーンの寸断により、深刻な経済危機に直面するかもしれない」と語った。独産業界が割安のロシア産エネルギーを使って高付加価値の製品を造り、輸出するというビジネスモデルは崩壊した。ドイツ人たちは国富を増やすための新たな道を見つけなくてはならない。

最終更新 Donnerstag, 30 Juni 2022 08:41
 

エネ費用が増加するなか市民への支援は十分か?

エネルギーは、今ドイツの政治・経済の中心的なテーマの一つである。2021年以来続いている電力料金、ガス料金、燃料価格の上昇が止まらず、市民への負担が増えているからだ。ロシアのウクライナ侵攻という地政学的な不安定要因は、今年秋から来年春までに、価格高騰にさらに拍車をかけると予想されている。

1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板

ガスの小売価格が1年で約95%増加

【電力】
ドイツエネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、年間電力消費量が3500キロワット時(kWh)の場合、標準世帯向けの1kWh当たりの電力価格は、2021年では32.16セントだった。ところが、今年4月には37.14セントになり、約15.5%も上昇した。10年前に比べると、約43.5%も高くなっている。

【ガス】
BDEWによると、一戸建ての家に住み、年間ガス消費量が2万kWhの場合、標準世帯向けの1kWh当たりの電力価格は、2021年には7.06セントだったが、今年4月には13.77セントとなった。実に約95%もの増加だ。

欧州の代表的なガス卸売市場であるダッチTTFプラットフォームによると、2021年1月1日には1メガワット時当たりのガスの価格は約20ユーロだったが、ロシアのウクライナ侵攻開始後の今年3月7日には、一時214.4ユーロにはね上がった。ドイツの家庭の約50%がガス暖房を使っている。したがって、卸売価格の高騰は来年多くの家庭が受け取る今年の精算書の請求額を、大幅に引き上げると懸念されている。

今後ドイツはロシアからパイプラインで送られているガスへの依存度を減らすために、カタールや米国から船で輸送される液化天然ガス(LNG)の輸入量を増やすが、LNGの値段はロシアからのガスよりも高い。万一ロシア政府が、欧州連合(EU)へのガス供給停止に踏み切った場合、ガス料金はさらに高騰する。

【自動車用燃料】
ADACによると、ガソリンエンジン用の燃料スーパーE10の1リットル当たりの価格は2021年3月には145.4セントだったが、今年3月には初めて200セント台を突破し、206.9セントになった。42.2%の上昇だ。ディーゼルエンジン用の軽油は、1年間で131.5セントから62.7%も増え、214セントになった。

エネルギー価格と食料価格の高騰により、今年4月、ドイツの前年同月比の消費者物価指数は7.4%に達した。過去41年間で最高のインフレ率である。

ショルツ政権のエネルギー手当

市民のエネルギー費用負担を緩和するため、ショルツ政権は今年3月23日にいくつかの対策を発表した。連邦政府はこれに150億ユーロ(1兆9500億円・1ユーロ=130円換算)を投じる。

まず電力コストの上昇の一因である再生可能エネルギー促進助成金(EEG-Umlage)を今年7月1日付で廃止する。これまで大半の市民・企業が電力を消費するごとにこの助成金を支払っていたが、今後は連邦政府の予算でまかなわれる。

さらにショルツ政権は全ての納税者に、エネルギー手当として300ユーロを支払うほか、子どもがいる家庭には養育補助に1人当たり100ユーロが追加される。また失業者など困窮者には、100ユーロのエネルギー援助金を倍増して200ユーロを支給する。困窮者への基礎援助金も、来年1月1日から引き上げる予定。

最も大きな影響を受けるのは、低所得層だ。連邦系統規制庁によると、2020年に市民が電力料金を滞納したために一時的に通電を止められたケースは、約36万件に上る。その意味で、失業者らに重点を置いて援助を行うことには意味があると思う。

またショルツ政権は、6月1日から3カ月間にわたり自動車燃料にかけられているエネルギー税を引き下げることで、ガソリン1リットルの価格を30セント、ディーゼル用の軽油1リットルを14セント安くした。これは郊外に住み、毎日大都市の職場に車で通勤している人や、トラックを使う運送会社に配慮した対策だ。

読者の皆さんの中には、すでに「9ユーロチケット」を買った人も多いだろう。6月から3カ月間、バスや地下鉄、市電、Sバーンなどの地域の公共交通機関を月9ユーロで利用できる。車ではなく公共交通機関を使う人が増えれば、ガソリンや軽油の消費量が減り、二酸化炭素(CO2)の排出量も減るので一石二鳥だ。

ヒートポンプ普及には膨大なコスト

ただしショルツ政権は、エネルギー費用の引き上げにつながる政策も予定している。例えば2024年以降に暖房器具を新設する場合には、使用するエネルギーの最低65%は再エネにすることが義務付けられる。これは、ガス暖房器具の新設の禁止を意味する。

政府はこの法律により、再エネによる電力を使ったヒートポンプを普及させることを目指している。ヒートポンプは、空気中の熱などを集めて暖房として使うが、電力コストが増加することは確実。ヒートポンプの購入には1万5000~3万ユーロもかかる。また、伝統的なアルトバウの住宅にヒートポンプを導入すると、新築の住宅よりもコストが高くなる。

ハーベック経済気候保護大臣は、ヒートポンプの普及数を現在の約100万台から2030年までに600万台に増やすことを目指している。脱ロシアとCO2削減のための費用が、政府、企業、市民の肩に重くのしかかることは避けられそうにない。

最終更新 Mittwoch, 15 Juni 2022 17:36
 

スウェーデンとフィンランドがNATO加盟申請

ロシアのウクライナ侵攻は、欧州の政治地図を大きく塗り替える。スウェーデンとフィンランドの北大西洋条約機構(NATO)への加盟申請は、そのことをはっきり示している。両国は5月18日に、NATOのシュトルテンベルク事務総長に申請書を手渡した。これらの国々は、長年にわたり軍事同盟に加わらず中立を維持してきている。だが2014年のロシアのクリミア併合によって、プーチン大統領の対外政策が攻撃性を強めたと判断し、NATOの軍事演習に参加するなどして協力関係を深めてきた。

5月3日、ドイツを訪れたスウェーデンのアンデルソン首相(右)とフィンランドのマリン首相(左)5月3日、ドイツを訪れたスウェーデンのアンデルソン首相(右)とフィンランドのマリン首相(左)

ウクライナ侵攻が引き金

両国の背中を押したのが、今年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略である。スウェーデンとフィンランド政府は、「この戦争は、欧州の地政学的状況を決定的に変化させた。もはや後戻りはあり得ない」と説明する。両国の国民の間でも、ウクライナ戦争勃発後は、NATO加盟に賛成する市民の比率が増えた。

二つの国が脅威を感じるのも、無理はない。ロシア軍が戦術ミサイル・イスカンダルを配備しているロシアの飛び地カリーニングラードは、スウェーデンからバルト海を隔てた目と鼻の先である。スウェーデン軍は数年前から、バルト海での国籍不明の潜水艦による活動に神経を尖らせていた。

フィンランドはロシアの隣国。同国は1939年11月から旧ソ連との間で「冬の戦争」と呼ばれる苛烈な戦いを経験した。ソ連はフィンランド軍の3倍の兵力を投入して同国に侵攻したが、約13万人の戦死者を出して苦戦。フィンランドは国家の独立を維持できたものの、国土の約10%に当たる南東部・カレリア地峡のソ連への割譲を余儀なくされた。

集団自衛権という「保険」

当然NATO加盟申請にはリスクもある。プーチン政権は、「両国の加盟申請は誤りであり、ロシアへの脅威を高める」と警告している。プーチン大統領は、NATOがさらに拡大することを防ごうとしていた。だがウクライナ侵攻によって、スウェーデンとフィンランドを刺激し、逆にロシアの隣国(フィンランド)がNATOに加盟することになった。プーチン大統領にとっては、オウンゴール(自殺点)である。

だがスウェーデンとフィンランドがNATOに加盟できれば、北大西洋条約第5条が規定する、集団自衛権の原則が適用される。つまり一国がロシアに攻撃された場合、ほかの加盟国は自国への攻撃と同等に見なして、反撃する義務が生じる。ロシアは米国の核戦力と対たいじ峙することになるので、NATO加盟国への攻撃を思いとどまる可能性が強い。したがってNATO加盟は、欧州で最も重要な「保険」なのである。

ウクライナも、NATOへの加盟を強く希望していたが、ドイツやフランスの反対で実現しなかった。メルケル前首相は、ソ連の一部だったウクライナをNATOに加盟させることは、プーチン大統領を強く刺激すると懸念し、2008年のNATO首脳会議でウクライナの加盟に反対したとされる。その結果、ウクライナは今ロシアの侵略戦争の犠牲となりつつある。

スウェーデンとフィンランドにとっては、一刻も早くNATOに加盟することが重要だ。その理由は、ロシア西部の戦闘部隊がウクライナに投入されており、スカンジナビアを攻撃する余力がないからだ。それでも両国は、申請から正式加盟までの間にロシアから攻撃される場合に備えて、英国との間で二国間の相互防衛協定を結んでいる。

ドイツのショルツ首相は、5月4日にスウェーデンのアンデルソン首相とフィンランドのマリン首相がドイツを訪れた際に、「われわれは、両国が迅速にNATOに加盟できるように支援する」と約束した。ショルツ氏は、「スウェーデンとフィンランドがNATOに正式に加盟するまでの時期にも、国連憲章と欧州連合(EU)条約に基づいて、両国を守る」と付け加えた。

焦点は2年後の米国大統領選

ただしスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請がすんなり認められるわけではない。トルコが「両国は、PKK(クルド労働党)などのテロ組織を支援している」として、加盟に反対しているからだ。両国は、テロ組織を支援していないと反論している。

NATOの間では、「トルコの反対は、米国製兵器の購入をめぐる交渉の材料を増やすためだ」という見方が強い。トルコは米国製のステルス戦闘機F35の購入を希望しているが、ロシア製のS400対空ミサイルの導入を決めたことから、バイデン政権はトルコのF35購入に反対の立場だ。つまりトルコはスウェーデンとフィンランドの正式加盟への反対を取り下げる代わりに、米国製のF35型戦闘機の購入をバイデン政権に認めさせようとしているのである。トルコが両国の加盟に同意するのは、時間の問題と思われる。

それよりもNATOにとって重要なのは、2024年の米国大統領選挙の行方だ。この選挙でトランプ氏が大統領に再選された場合、米国はNATOへの関与を再び減らす恐れがある。ロシアのウクライナ侵攻はNATOの結束を強めたが、欧州政局への関心が低いトランプ氏の再選は、NATOに深刻な影響を与えるだろう。トランプ氏は、かつて米国がNATOを脱退する可能性すら示唆したことがある。いつの日かウクライナで戦火がやんでも、ロシアの脅威は残る。

つまりドイツを初めとする欧州諸国は、今こそ「米国が助けてくれなくても、自分たちを守れる能力」を身に着けなくてはならない 。

最終更新 Donnerstag, 02 Juni 2022 09:09
 

ドイツ・ウクライナが和解へ まず外相がキーウ訪問

ドイツ・ウクライナ両政府の関係には、約3週間にわたり軋あつれき轢が生じていたが、改善の兆しが見えてきた。5月10日には、ベアボック外務大臣がキーウを訪れてゼレンスキー大統領と会談した。ロシアのウクライナ侵攻開始後、ショルツ政権の閣僚がキーウを訪れたのは初めて。米英や東欧諸国に比べて、大幅に遅れた。

10日、キーウでゼレンスキー大統領と会談したベアボック外務大臣(奥右から2番目)10日、キーウでゼレンスキー大統領と会談したベアボック外務大臣(奥右から2番目)

この訪問の最大の目的は、ウクライナ政府に改めて連帯を約束し、4月中旬以来ぎくしゃくしていたドイツとの関係を修復したいという意志を示すことだった。

ウクライナが独大統領を「門前払い」

関係を悪化させたのは、ウクライナ政府が4月12日にドイツのシュタインマイヤー大統領のキーウ訪問を拒絶したことだ。同氏はポーランドのドゥダ大統領、バルト三国の大統領と共に、4月13日にキーウを訪問する予定だった。ところが、その前日に5人の大統領の訪問を準備していたポーランド政府大統領府に、ウクライナ政府が「シュタインマイヤー大統領の訪問は望まない」と通告してきたのだ。ほかの4人の大統領は予定通りキーウを訪れ、ゼレンスキー大統領とがっちり手を組む写真を全世界に公表した。ドイツだけが「仲間外れ」にされた。

シュタインマイヤー大統領は、ドイツで最高位の政治家である。その訪問を前日に断るのは、外交的な「侮辱」に等しい。ショルツ首相はウクライナの決定について、「etwas irritierend」(いくらかいら立っている)という言葉で不快感を表現した。ショルツ氏は公共放送ZDFとのインタビューで記者からキーウを訪問しない理由を問われ、「シュタインマイヤー大統領がキーウ訪問をできなかったからだ」と説明。連立与党の関係者たちからも、「ウクライナ政府は最低限の外交上の儀礼も守らないのか」と強い非難の声が上がった。

ウクライナ政府は、訪問直前にシュタインマイヤー大統領に「門前払い」を食わせた理由について沈黙している。だが同国関係者の発言から、ウクライナ政府が同氏を「ドイツの政治家の中で、最もロシアに親しい人物の一人」と見ていることは確かだ。

社会民主党(SPD)のシュタインマイヤー大統領は、ロシアのプーチン大統領の「刎ふんけい頸の友」、シュレーダー元首相の派閥に属する人物だった。政治的な地盤は、シュレーダー氏と同じニーダーザクセン州。1999~2005年までシュレーダー政権で連邦首相府長官を務め、メルケル政権では2005~2009年と、2013~2017年の2度にわたり外務大臣を務めた。

シュタインマイヤー氏はこの二つの要職にあったときに、ロシアからドイツへガスを直接輸送するパイプライン、ノルドストリーム1と2の建設プロジェクトを強力に推し進めた。ウクライナ、ポーランド、バルト三国は、「ロシアはこのパイプラインを政治的な武器として使うから、プロジェクトを進めるべきではない」と警告したが、シュタインマイヤー氏は耳を貸さなかった。彼はシュレーダー元首相の「欧州の安全保障は、ロシアをパートナーとしなくては成立し得ない。貿易関係を緊密にすることによって緊張を緩和し、戦争の再発を防ぐ」という方針を忠実に実行した。

ウクライナは大統領を「親ロシア派」と批判

このため在ベルリンのウクライナ大使メルニク氏は「シュタインマイヤー大統領は長年にわたり、ロシアと密接なネットワークをクモの巣のように構築した。現政権で要職に就いている多くのドイツ人が、このクモの巣に絡めとられている」と批判した。

シュタインマイヤー大統領は、ベルリンでロシア人の音楽家が参加する慈善コンサートを企画したが、メルニク氏は「ウクライナで多くの市民が殺されているときに、このような行事を企画するのは無神経だ」として、参加を拒否。「シュタインマイヤー大統領は、プーチン大統領に対して『ドイツは私が仕切る』というメッセージを送るためにこのコンサートを企画したのだ」と指摘した。

シュタインマイヤー氏は、2014年にロシアのクリミア半島併合を批判したものの、「この問題は将来国際法の枠内で処理するべきだ」と述べ、融和的な態度を示した。メルケル政権は、このわずか1年後にノルドストリーム2の建設を承認し、ウクライナ政府をあぜんとさせた。

ウクライナが和解提案

つまりウクライナ政府は訪問拒否により、「シュタインマイヤー氏は、ドイツの融和的な対ロシア政策を築いた責任者の一人」という強烈なメッセージを全世界に送った。ちなみにシュタインマイヤー大統領は4月4日、「ノルドストリームの建設を推進したのは誤りだった。私はプーチン大統領の本質を見抜くことができなかった」と述べ、過去の対ロ政策の失敗を認めている。

ただしロシア軍と戦っているウクライナ政府にとって、欧州連合(EU)の重鎮ドイツとの間にわだかまりを持ち続けるのは、得策ではない。ショルツ政権は4月26日にゲパルト対空戦車50両など、重火器のウクライナへの輸出を許可する方針を明らかにした。ゼレンスキー大統領は5月5日にシュタインマイヤー大統領に電話をかけ、同氏だけではなくショルツ政権の全ての閣僚をキーウで歓迎するという意志を伝えた。両国の関係は修復へ向かう。

だがこの訪問拒否騒動は、ロシアのエネルギーの「甘いわな」に取り込まれたシュレーダー政権・メルケル政権の「過去」が、現在の欧州政局に大きな影を落としていることを浮き彫りにした。

最終更新 Donnerstag, 19 Mai 2022 08:29
 

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