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ブチャの住民虐殺で欧米がロシアを強く非難

戦慄すべき映像が世界中を駆け巡った。ウクライナ政府と欧米諸国は、「ロシア軍がキーウ(キエフ)近郊の街で多数の市民を虐殺した」と非難している。

4日、ブチャを訪問し、地元の市民と話すゼレンスキー大統領(中央)4日、ブチャを訪問し、地元の市民と話すゼレンスキー大統領(中央)

住民410人が虐殺される

現場は、キーウから北西25キロのブチャ(人口約2万4000人)。この街は3月上旬からロシア軍に占領されていたが、3月下旬にウクライナ軍が奪回した。4月2日に同市に入ったウクライナ国土防衛隊のオレクサンドル・ポーレビスキ氏は、道路のあちこちに住民の遺体が横たわっているのを見たという。ウクライナ軍の車両は、道に捨てられた遺体を避けて走らなくてはならなかった。一部の住民は手を背中の後ろで縛られており、後頭部を銃弾で撃ち抜かれていた。

ある家族の遺体は、一箇所に遺棄されていた。妻と息子の身体の一部が、土から突き出ている。夫の遺体には拷問を受けた後の傷があった。ロシア軍が司令部としていた建物の地下には、手を縛られて膝と頭を撃たれた遺体が、18体見つかった。自転車に乗っていて撃ち殺された男性、車の中で殺された母親と子ども。一部の遺体は、燃料をかけられて焼かれていた。

ブチャのアナトーリ・フェドルク市長は、「410人の市民の遺体が収容された」と語っている。ウクライナ政府のウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、4月4日に現場を訪れて生存者たちの話を聞き、悲痛な表情を見せた。彼は4月3日に行ったビデオ演説で、「これはロシア軍による民族虐殺(ジェノサイド)だ。なぜ無抵抗の市民たちが射殺され、拷問を受けなくてはならないのか?」と怒りをあらわにした。

国際調査団の派遣を要求

彼はブチャだけではなく、ロシア軍が占領したほかの地域でも残虐行為が行われていると危惧している。NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」も、「ウクライナ市民から、ロシア軍による民間人の射殺、性暴力、金品の略奪などの犯罪行為について多数の報告を受けている」と伝えた。

ウクライナ政府は国際犯罪裁判所(ICC)に対し、ブチャなどにおけるロシア軍の戦争犯罪を捜査するよう要求した。同国政府は4月4日に欧米の記者団に現地を訪問させ、殺害された市民の遺体の一部を公開した。現場の状況を記録させるためだ。ニューヨークタイムズは4月4日に衛星写真の分析結果を公表し、「ロシア軍がブチャを占領した3月11日以降、それまでなかった11人の遺体と見られる物体が、道路に現れている」と報じた。対するロシア政府は、「わが軍はウクライナ市民に全く危害を加えていない。ブチャの映像は、ウクライナ軍が演出したものだ」と反論している。

第二次世界大戦中のオラドゥール、ベトナム戦争中のソンミ村、ボスニア内戦中のスレブレニツァのような虐殺が、21世紀の欧州で繰り返されつつある。ICCは一刻も早く調査団をウクライナに送り、犯罪の証拠を収集するべきだ。国際社会は虐殺を行った兵士たちや、軍の責任者を処罰しなくてはならない。

独仏の対ロシア政策を批判

ブチャでの惨劇が暴露されたことで、ドイツやフランスなど、プーチン大統領に懐柔的な態度だった国に対する風当たりが強まっている。ゼレンスキー大統領は4月3日のビデオ演説で、両国を厳しく非難した。

「北大西洋条約機構(NATO)は、2008年のブカレストでの首脳会議で『ウクライナは将来のNATO加盟国』と述べた。だがこれは外交的な言辞にすぎなかった。実際にはドイツとフランスの反対によって、ウクライナのNATO加盟は拒否された。ロシアを刺激したくないという、独仏の愚かな恐れが原因だ。両国は、ウクライナのNATO加盟を拒否すれば、ロシアを懐柔しておとなしくさせられると思い込んだのだ」

さらに同氏は「14年間にわたる独仏の融和政策と誤算が、ロシアのウクライナ侵攻、そして今回の戦争犯罪につながった。私は、アンゲラ・メルケル前首相と、フランスのニコラ・サルコジ元大統領をブチャに招く。お二人には、拷問を受けたウクライナの男女に会ってほしい」と述べ、両国に矛先を向けた。

メルケル氏はこの声明に対し、ブチャでの虐殺を非難し、ロシアの野蛮な侵略戦争を終わらせるための国際的な努力を支援すると述べながらも、「2008年にウクライナのNATO加盟に反対したことは正しかった」と述べ、当時の決定を正当化している。

一方フランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領は、4月4日に「ロシアから直接ガスを輸送するパイプライン、ノルドストリーム2の建設に尽力したことは誤りだった。プーチン大統領の真意を見抜けず、東欧諸国などの警告を受け入れなかった」と述べ、対ロ政策の失敗を認めた。これは、駐独ウクライナ大使アンドリー・メリニク氏が3日に「シュタインマイヤー大統領は、プーチン大統領が仕掛けたクモの巣に絡めとられている」と批判したのに答えたもの。シュタインマイヤー大統領は、シュレーダー政権の連邦首相府長官、メルケル政権の外務大臣として、ロシアとの緊密な経済関係を構築した責任者の一人。大統領が過去の政策の誤りを公に認めたのは、極めて異例だ。

もう一つの焦点は、ドイツのロシアからのガス輸入だ。4月5日の時点では、ショルツ政権はガスの即時輸入禁止に反対している。虐殺により、ウクライナや東欧諸国からは「ドイツはいつまでロシアに多額の金を払い続けるのか」という批判が高まることは確実だ。ドイツ政府は、ますます苦境に追い込まれつつある。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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