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中世からの伝統技術を今に伝える ドイツ木組みの家街道

ロマンティック街道やメルヘン街道をはじめ、ドイツではテーマごとにさまざまな観光ルートが整備されている。本特集で取り上げるのは、ドイツの伝統的な木組みの建物が立ち並ぶ「ドイツ木組みの家街道」。中世からの街並みが残っていたり、木組みの家が現代の生活に馴染んでいたり、この街道はありとあらゆる表情を見せてくれる。この木組みの家の魅力に光を当てるとともに、木組みの家街道上にあるぜひ訪れてみたいエリアをピックアップ! (文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

ドイツ木組みの家街道

昔も今も木組みの家が魅力的な理由

ドイツらしい建物といえば、美しい木組みの家が挙げられるだろう。木組みは、モミやトウヒなどの木材を水平もしくは斜めに組んで骨格を造り、その隙間を粘土やレンガで埋めて壁を造る建築技術だ。地域ごとに特徴はあるものの、ドイツ全土や周辺の国々に見られる伝統建築である。

木組みの家が建てられるようになったのは14世紀ごろ。ドイツには森林が多く存在し、粘土も豊富であり、木組みの家に必要な資材が手に入りやすかった。人口増加に伴い、できるだけ容易で安価に建てられる住宅への需要を背景にして、木組みの家は各地で建てられるようになったのである。一方で、安価な粘土は洗練された建築資材とはいえず、貧しさと結びつくものでもあった。そのため、人々は壁に色を塗ったり絵を描いたりすることで、人から貧しいと思われないようにしたのだという。さらに木彫りや碑文を添えるなど、木組みの家の装飾はいっそう創造的で豊かになっていく。

19世紀になっても農村部では木組みの家が主流だったが、その後の近代化によって衰退する。しかし天然素材を使っていることや壁の蓄熱性など、サステナビリティの観点から、昨今あらためて木組みの家が注目されている。木組みの家を改築したり新しく建てたり、その技術はしっかりと継承されており、現在ドイツにはおよそ250万棟の木組みの家がある。

「ドイツ木組みの家街道」(Deutsche Fachwerkstraße)は、そんな木組みの家を未来へとつなげていくために、100以上の都市が協力して組んだ観光ルートだ。次項目では、木組みの家街道のおすすめスポットをご紹介。地域ごとの多様性が反映された木組みの家を見に出かけよう。

参考:Planet Wissen「Handwerk: Fachwerkhäuser」、『ドイツの家と町並み図鑑』(エクスナレッジ)、CAPAROL「Zauberhaftes Fachwerk」、ninasfachwerkliebe.de

木組みの家のタイプは3つ

ニーダーザクセン様式

ゾーストのHaus zur RoseゾーストのHaus zur Rose

北ドイツで広く見られるタイプ。柱の間隔が短い。梁の色は黒、壁の色は白がスタンダード。ユニークな装飾が施されている建物も多い。

フランケン様式

ローテンブルクのマリエン薬局ローテンブルクのマリエン薬局

斜めに重なる聖アンデレ十字架、円形のロゼットなど、遊び心のある装飾が特徴。アレマン様式と共に、梁は赤や茶色を基調としていることが多い。

アレマン様式

エスリンゲンの旧市庁舎エスリンゲンの旧市庁舎

明確な構造線と柱の間隔が広いのが特徴の一つ。木組みの家街道では「ネッカー川~黒い森・ボーデン湖」、アルザス地方やスイスでもよく見られる。

北から南まで100都市以上!木組みの家街道へ出かけよう

1990年に開通したドイツ木組みの家街道は、北から南まで100都市以上が参加し、八つのルートで構成されている。鉄道や車での旅はもちろん、サイクリングロードが整備されているところも多い。近隣の人は週末に少しずつ訪ねてみるのも◎。今回は選りすぐりの都市を取り上げる。

参考:Deutsche Fachwerkstraße、Reisereporter「Die Deutsche Fachwerkstraße führt entlang der schönsten Häuser」、WEB.DE「Das sind die schönsten Altstädte Deutschlands」

ドイツ木組みの家街道マップ

木組みの家の名所ぞろい エルベ川~ハルツ地方 19都市/全長1083km

最も美しいといわれる木組みの家街道。何世紀も前に建てられた木組みの家々を至る所で見ることができる。所有者、住民、自治体それぞれが木組みの家の価値を理解し、愛情を持って歴史的建築物の保存に力を入れている。

クヴェトリンブルク
Quedlinburg

クヴェトリンブルク

ハルツ地方のクヴェトリンブルクは1000年以上の歴史があり、かつてハンザ同盟にも加盟していた。80ヘクタールに2000軒以上の木組みの家が立ち並び、ユネスコ世界遺産にも登録されている必見スポットだ。

アインベック
Einbeck

アインベック

アインベックの木組みの建物は、色鮮やかな彫刻やロゼットの装飾が特徴的。また古くからビールの街としても知られ、写真のようなアーチ型の入口のある木組みの建物でビールが醸造されていた。

フランケン様式を堪能できる ヴェスターヴァルト~マイン川 10都市/全長182km

フランケン様式の木組みの家が多く立ち並ぶこのルートでは、史跡やかつての公国の居城、交易地点、クナイプで有名な温泉エリアなどを巡る。フランクフルト郊外にある人気野外博物館「Neu-Anspach Hessenpark」もこのルートに入っている。

リンブルク
Limburg an der Lahn

リンブルク

木組みの家が所狭しと並ぶ曲がりくねったリンブルクの旧市街は、このルートのハイライト。特にフィッシュマルクトは撮影スポットとして人気。七つの尖塔を持つリンブルク大聖堂(St. Georgs-Dom)もお見逃しなく。

イトシュタイン
Idstein

イトシュタイン

見どころの一つは、1615年に建てられたフランケン様式のキリンガーハウス(写真左)で、現在は市立博物館になっている。黒と青と黄色を基調とした「傾いた家」や、1170年からこの街を見守る「魔女の塔」にも行ってみよう。

中世の繁栄が垣間見える ライン川~マイン川・オーデンヴァルト 12都市/全長235km

ヘッセン州南部を巡るこのコースでは、1450~1550年頃に建てられた後期ゴシック様式の木組みの家を中心に見ることができる。多様な装飾や精巧にデザインされた窓など、中世における都市の繁栄が垣間見える。

ミヒェルシュタット
Michelstadt

ミヒェルシュタット

この街で見逃せない木組みの建物は、1484年に建てられた後期ゴシック様式の市庁舎。かつては裁判所として機能し、面取りされた切妻屋根と美しい出窓が中世独特の雰囲気を醸し出している。

ミルテンベルク
Miltenberg

ミルテンベルク

「マイン川の真珠」ともいわれるミルテンベルク。市場広場「Schnatterloch」は、色鮮やかな木組みの家が並び、まるで映画のセットのよう。ランドマークのミルテンブルク城も訪れて。

南西ドイツの多様性が楽しめる ネッカー川~黒い森・ボーデン湖 31都市/全長798km

南西ドイツを周遊するこのルートでは、それぞれの魅力溢れる31の都市で、フランケン様式とアレマン様式の木組みの建物を堪能しよう。また肥沃な農地とブドウ畑、広大な森林や渓谷……と田園風景と自然を楽しめるのもポイントだ。

ショルンドルフ
Schorndorf

ショルンドルフ

ダイムラーの生誕地として知られるショルンドルフは、ヴュルテンベルク地方で最も古い街の一つで、ほとんどの建物が築300年以上を誇る。写真は、同地で最も美しい木組みの家といわれている「Dr. Palm'sche Apotheke」。

ゲンゲンバッハ
Gengenbach

ゲンゲンバッハ

黒い森(シュヴァルツヴァルト)で最も美しい木組み造りの街の一つ。1905年に街並み保存のための都市計画条例が制定され、古くから景観を守ってきた。クリスマス時期は市庁舎が世界最大のアドベントカレンダーになることでも知られる。

歴史を受け継ぎ、未来へ住み継ぐプロジェクト現代の「暮らしの場」としての木組みの家

木組みの家のような歴史的建物を「暮らしの場」として選ぶには、ロマンだけでは解決できない課題と、専門的な知識が必要となる。その実現を支えているのが、南ニーダーザクセン州の5都市が連携して行っているプロジェクト「Wohnraum5Eck」だ。歴史を受け継ぎつつ、現代の住まいに求められる快適性をどう叶えているのだろうか。

参考:Wohnraum5Eck、Stadt Einbeck「Wohnraum5Eck」

伝統住宅を未来へつなぐ「Wohnraum5Eck」とは?

数百年の歴史を持つ木組みの家は、現代のパッシブハウス設計に通じる要素を備え、環境負荷を抑えながら快適な室内環境を実現できる点でも高く評価されている。一方で、構造の歪みや現行の建築基準との整合といった問題もある。そうしたなか、ニーダーザクセン州南部で進められている「Wohnraum5Eck」プロジェクトが、伝統的な木組みの家を住まいとして再生する動きを後押ししている。

プロジェクトの中核となるのが、住宅情報プラットフォーム「Hausbörse」だ。家屋の所有者は改修準備が整った物件を簡単に掲載でき、購入希望者は自分の理想に近い物件を探すことができる。これにより、売り手と買い手のマッチングが円滑に進み、歴史的建物の再活用が促されているのだ。 数百年の歴史を持つ木組みの家は、現代のパッシブハウス設計に通じる要素を備え、環境負荷を抑えながら快適な室内環境を実現できる点でも高く評価されている。一方で、構造の歪みや現行の建築基準との整合といった問題もある。そうしたなか、ニーダーザクセン州南部で進められている「Wohnraum5Eck」プロジェクトが、伝統的な木組みの家を住まいとして再生する動きを後押ししている。

安心して始められる改修と暮らしの魅力

木組みの家の改修には、構造補強や伝統工法、断熱性の向上、補助金の申請など、専門的な知識と手続きが不可欠となる。Wohnraum5Eckでは、地域の専門家によるネットワークを通じて、最新情報や具体的な支援を一元的に提供しており、初心者でも安心して改修に取り組める環境が整えられている。また木組みの家に住む魅力の一つが、その多くが歴史地区や街の中心部に位置していること。商店や学校、公共交通といった生活インフラも徒歩圏内にそろっていることが多く、都市的な利便性を享受できるのだ。

木組みの家に住むことは、単なる「古い家の所有」ではない。過去と現代をつなぐ責任と楽しみを引き受け、専門家の助けを借りながら改修を計画し、地域のコミュニティに根ざして暮らしていくことを意味する。Wohnraum5Eckのようなネットワークを活用すれば、個性的な住まいと持続可能な生活が手に入るだけでなく、地域文化の継承にも貢献できる。歴史に学び、現代技術を取り入れ、地域とつながりながら、自分だけの物語を紡ぐ。Fachwerk5Eckの取り組みは、その理想を現実に変えるために背中を押してくれるだろう。

Fachwerk5Eckのリノベーション事例 ❶

ドゥーダーシュタット
建築年:1835年

この住宅改修の大きな特徴は、使っていなかった屋根裏部屋を断熱改修したことで、空間のゆとりと機能性が飛躍的に向上したことにある。建物は3階建て・全6部屋で構成され、平均天井高2.50メートルを確保。上層階はメゾネット構造でつながっており、立体的で開放感のある居住空間を実現させた。最上階からは庭を望むことができ、光や景色を暮らしに取り込む工夫が施されている。また、1階にはバリアフリー仕様のオープンキッチン付きリビング・ダイニングを設置し、テラスや庭へもスムーズに出られるなど、生活動線に配慮した設計となっている。改修期間は約2年。伝統的な構造を活かしつつ、現代の住まいに求められる要素を高水準で備えた好例である。

ドゥーダーシュタット

Fachwerk5Eckのリノベーション事例 ❷

アインベック
建築年:1758年

長らく放置されていた建物を、約2年半をかけて現代的な住環境へとよみがえらせた事例。まずは古い内装や断熱材の撤去から始まり、建築家や職人が連携して構造や素材を見極めつつ、慎重に再構築が進められた。台所では梁の腐食が見つかり、亜麻仁油による保護処理が施された。床材やタイルなどは可能な限り保存され、建物の趣を残しつつ耐久性も確保。断熱性やエネルギー効率を高めるために、最新の断熱材と高性能窓を導入したほか、バリアフリー対応の浴室や、新しい階段・ドアなども、元の建物の個性と調和するよう設計された。さらに、ドイツ復興金融公庫の補助金により省エネ改修も実現。伝統と快適性、そして持続可能性を兼ね備えた再生プロジェクトとなった。

アインベック

 
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木組みの家が立ち並ぶ中世都市歴史の中を歩くディンケルスビュール

フランケン地方に位置するディンケルスビュールは、ロマンティック街道の要所として知られ、中世の街並みが美しく残る街。そんなディンケルスビュールを知らなかったという人も多いかもしれない。知ればきっと訪れてみたくなる、この街の魅力をご紹介する。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

歴史の中を歩くディンケルスビュール

中世へタイムトラベル

中世へタイムトラベル

ディンケルスビュールへの入口は、重厚な塔と門。旧市街にはカラフルな木組みの家がいくつも立ち並び、曲がりくねった路地を歩けば、まるで中世へタイムトラベルしたかのような気分に。欧州屈指の美しさを誇る旧市街は、美術史家たちから「ドイツで最も保存状態のいい中世都市の一つ」として評価されている。ロマンチックな街角や活気溢れる市場など、さまざまな場所を探索してみよう。

それぞれの季節に魅力いっぱい

それぞれの季節に魅力いっぱい

年間を通じて楽しめるのは、ディンケルスビュールの魅力の一つ。春は街中が花々に包まれ、7月は歴史的なお祭り「Kinderzeche」、9月には遺産が公開される「Dinkelsbühler Denkmaltag」、11月は魚の収穫祭「Fisch-Erntewoche」が1週間にわたって開催、そしてアドベントシーズンは街全体がクリスマス一色に光り輝く。そのほかイベント情報は、公式ホームページをチェック!

800年の歴史が息づく街

800年の歴史が息づく街

要塞の壁に住んでいるといわれる「壁の精霊」(Mauergeist)を探したり、博物館「歴史の家」(Haus der Geschichte)で魔女裁判について学んだり、800年の歴史が息づくディンケルスビュールならではのアクティビティも人気だ。歴史がそのまま現代につながっているこの場所は、まるで街全体が野外博物館のよう。自分の足で歩いて、その歴史を五感いっぱいに体感しに行こう。

INFO

Touristik Service Dinkelsbühl

Touristik Service Dinkelsbühl

Altrathausplatz 14, 91550 Dinkelsbühl
Tel: 09851-902-440
Email: このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください
www.tourismus-dinkelsbuehl.de

 

ワーホリ・留学以外の選択肢シリーズ 1 実技と理論をじっくり学べる
ドイツの職業訓練
「アウスビルドゥング」

アウスビルドゥング

ドイツに住んでみたい……。そんな思いを抱く人の多くは、まずワーキングホリデー制度や語学留学を思い浮かべるかもしれない。しかしドイツにはそれ以外にも、職業訓練やボランティア活動、オペア留学、フリーランスなど、さまざまな形で滞在する方法がある。本シリーズでは、そんなドイツにおけるさまざまな滞在方法や制度、その実体験をご紹介。第1回は、実技と理論をバランスよく学びながら手に職を付けることができる、ドイツの職業訓練制度「アウスビルドゥング」に注目してみよう。 (文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

参考:www.ausbildung.de、Bundesagentur für Arbeit「Situation am Ausbildungsmarkt 2023/24」

アウスビルドゥングとは?

アウスビルドゥング(Ausbildung)とは、ドイツにおける職業訓練制度であり、特定の職業に必要な知識と技能を体系的に学ぶもの。約330の国家認定職業が存在し、修了時には試験を経て正式な職業資格を取得することができる。学術的な一般教育とは異なり、実務に直結した専門教育である点が特徴。2023/24年度の統計では、43万2000人がアウスビルドゥングを行っており、外国人研修生の割合も年々増加している。修了後は、研修先から仕事のオファーを受けることも少なくなく、さらに大学進学や専門的な継続教育を通じてキャリアアップを図ることも可能だ。

主な形式として、デュアル型(Duale Ausbildung)、学校型(Schulische Ausbildung)、およびデュアル・スタディ(Duales Studium)の三種が存在する。デュアル型では、訓練生は企業での実務経験と職業学校での理論教育を交互に受ける。学校型は専門学校での学習を中心に、一部実習が組み込まれる形式であり、特に福祉・医療・IT分野に多い。デュアル・スタディは大学での学術教育と企業での実務経験を組み合わせた制度であり、学士号と職業資格を同時に取得できる。

訓練期間は形式と職種により異なるが、デュアル型と学校型はいずれも通常2〜3年半程度。デュアル・スタディは3〜4年程度が一般的であり、より高い学術的要件が求められる。報酬面では、デュアル型とデュアル・スタディでは企業から月数百ユーロの給与が支払われる。一方、学校型では多くの場合、報酬は支給されず、学費が発生することもある。また、子育てや健康上の理由がある場合にはパートタイムでの訓練(Teilzeit-Ausbildung)も認められており、その場合は通常より6〜12カ月長くなる。

アウスビルドゥングで人気の職業

女性

男性

アウスビルドゥングを受ける人の年齢層

アウスビルドゥングを受ける人の年齢層

アウスビルドゥングを受ける外国人の割合

アウスビルドゥングを受ける外国人の割合

ドイツで手に職を付ける!私たちのアウスビルドゥング奮闘記

なぜ職業訓練を選んだのか?言葉や文化の壁はどう乗り越えたのか? その先のキャリアは?実際にデュアル型アウスビルドゥングを経験した日本人の方々に、そのリアルな体験を伺った。

30歳からスタート
物流のプロを目指して

お話を聞いた人

M.Sさん

ドイツ人パートナーとの同居を機に渡独し、ノイスにて物流・ロジスティクスのアウスビルドゥングを修了。現在は、サプライチェーンコーディネーターとして日系企業に勤務。

Qアウスビルドゥングを選んだ理由は?

ドイツで使える資格が欲しいと思ったことと、ドイツ語の語学力向上のため。その背景には、ドイツ人と結婚し、ドイツ人家族の一員としてここで生活するという決意がありました。ロジスティクスの職業訓練を選んだのは、渡独する直前まで勤めていた会社が、港湾サービスを提供する海運会社だったことから、この業界に興味を持っていたためです。

Qどのように準備を進めましたか?

まずは語学学校に通い、A1からC1のコースを修了しました。文書でのやり取りが多い商業分野では、最低B2レベルのドイツ語が推奨されているようですが、実際にはアウスビルドゥングを始めた当初、C1レベルを持ってしても授業についていくことが非常に難しく感じました。

C1合格後は、アウスビルドゥングの求人をウェブサイトでひたすら探して応募するという段階へ。応募した日系企業で面接を受けさせてもらえることになり、やる気だけでも伝えるために短期インターンシップを自ら提案しました。惜しくもコロナ禍により、1週間の予定だったインターンシップは3日間で打ち切りになりましたが、後日、採用通知を受け取ることができました。

口頭面接試験用の勉強道具口頭面接試験用の勉強道具

Q研修先での仕事内容や、職業学校での授業内容は?

1~2年目は、週2回学校へ通い、そのほかの平日はフルタイムで勤務。3年目は週に1回のみ学校へ行き、研修先への出勤日と労働時間が増えました。研修先では、1年目は海上貨物部の輸入部と輸出部、2年目は航空貨物部の輸入部で従事。3年目は、倉庫部にて二つの顧客を専門に任されることに。職場にはアウスビルドゥング担当者が2人いて、相談があればいつでも気軽に尋ねることができ、1年ごとにフィードバックを設ける時間もありました。

職業学校では、ロジスティクスや国際輸送、規制や保険など幅広い内容を学びました。定期的に試験や課題があるため、プライベートな時間はほぼ勉強していた記憶があります。

Qアウスビルドゥングで楽しかったことは?

社会へ出て約10年後、思いもよらず再び学生として新しいことを学べる状況に喜びを感じました。またアウスビルドゥングを通じ、友人が増えたこともうれしかったです。印象に残っているのは、校外学習の一環として、ドイツとオランダの職業学校生を対象とした物流競技大会に学校代表者として参加したこと。1泊2日の長期戦で、一つの課題にグループで取り組み、最終的にプロの審査員たちに判定され勝者を決めてもらいます。

大会で出された課題は、ドイツからシンガポールへの産業機器の輸送を、効率性かつサステナビリティに着目し、費用、輸送距離、納期に合わせた移動時間、ボリューム、二酸化炭素排出量なども計算した上で、ベストな輸送法を2ページの資料と共に4分間でプレゼンするというものでした。このシチュエーションは、まさに新規のお客さんへのプロジェクト提案を疑似体験するためのものです。結果としてチームで優勝し、トロフィーと表彰状を持って帰ることができました。

オーバーハウゼンでの遠足の様子職業学校のクラスメートと先生で卒業直前に訪れた、オーバーハウゼンでの遠足の様子

Q反対に、大変だったことは?

文化の違いで驚くことは山ほどありましたが、アウスビルドゥングに着目して言うと、日本とは授業体系が全く違い、発言しなければ授業態度が悪いとみなされることでしょうか。研修生は自ら考え、いくつもの答えを導き出し、時にはグループディスカッションをします。日本と違う授業スタイルに感銘を受けると共に、慣れるまでにずいぶん時間がかかりました。

Qこれからアウスビルドゥングをする人へのアドバイス

アウスビルドゥングは専門性に着目しているため、始める前に、本当にその分野を学びたいのか真剣に考えることが大切だと思います。あとは忍耐と努力が、最後の試験まで導いてくれるのではないでしょうか。長期でかつ給料が非常に少ないため、事前に十分な貯金をしておくことと、周りの人の応援や理解は大きな助けになります。トライアンドエラー、自分を信じて前へ進んでください。

研修先からもらったお花就業最終日に研修先からもらったお花

ソーセージが好きだから
毎朝3時起きでも頑張れる

お話を聞いた人

Kさん

ソーセージが好きすぎて渡独。ワーキングホリデー制度を利用してドイツに1年間滞在した後、2024年から肉屋でのアウスビルドゥングを開始。

Qアウスビルドゥングを選んだ理由は?

もともとソーセージを食べることが大好きで、ソーセージの本場であるドイツに関心を持ちました。ワーキングホリデー制度で渡独した1年間は、ドイツ語を学びながらオクトーバーフェストやクリスマスマーケットなど、ドイツ各地のおいしいソーセージを堪能。しかし、ドイツで働くつもりはなく、1年たったらすっぱり日本に帰るつもりでした。

そんななか、ドイツで知り合った日本人の方からアウスビルドゥングのことを聞き、それがきっかけで自分でもこの制度を調べ始めることに。ソーセージが好きでドイツに来たので、もしアウスビルドゥングをやるなら肉屋以外に選択肢はありませんでした。

研修先のまかない、ソーセージとフライドポテト研修先のまかない

Qどのように準備を進めましたか?

アウスビルドゥングについて調べると、ビザ取得のためにB1レベルの語学証明が必要だと分かり、ドイツ語の勉強に力を入れました。外国人局にアウスビルドゥング用の滞在許可証を申請し、実際に企業と契約を結ぶまで4カ月ほどかかったと思います。

研修先探しでは、インターネットの求人サイトからもたくさん応募しましたが、ネットの求人は返信が来るまでに1週間〜1カ月かかることも多く、なかなかテンポ良くやり取りが進みませんでした。今の研修先は、直接訪問した後にメールで履歴書を送りました。その後、2日間のProbearbeit(試用労働)をして、本採用に至りました。

Q研修先での仕事内容や、職業学校での授業内容は?

研修先

  • 豚の半身の解体
  • 鶏の解体
  • 豚肉・牛肉を分類する作業
  • 清掃など

職業学校

  • 数学
  • ドイツ語
  • 英語
  • 栄養学
  • 調理実習:実際の肉屋で提供されるような肉料理をグループワークで作ります
  • 体育:周りは16〜20歳の子がメインなので、体育はついて行くのに必死です

Q1日のスケジュールや生活リズムを教えてください。

研修先
3:00 起床
4:30 家を出る
5:00 出勤
7:00&9:00 小休憩
12:00 昼休憩(1時間)
残りの業務を片付け、清掃して終了
14:00 買い物
15:00 帰宅
シャワー・家事など
18:00 自由時間
19:00 就寝
職業学校
3:00 起床、テスト勉強など
6:00 家を出る
7:45 1時間目開始
(朝食休憩1回・小休憩1回)
12:45 午後の授業開始
16:00 授業終了(終了時間は曜日による)
帰宅、テスト勉強や家事など
18:00 自由時間
19:00 就寝

Qアウスビルドゥングで楽しいことや、大変なことは?

楽しいことは、何といってもおいしいソーセージが食べられることです。また、自分の仕事を褒めてもらえたり、自分で自分の変化に気づくことができたとき、うれしいです。あるとき上司が、数あるソーセージやサラミを見分けるのが難しいと感じていた私に、製品を覚えられるようにとオリジナルのノートを作ってくれました。このノートは今でも宝物です。

大変だったのは、やはり言葉の壁。特に最初の1カ月は「大変だった」という一言では言い表せないほど辛かったです。上司や同僚と目を合わせて話すと緊張してしまい、余計に話せなくなってしまうことも……。アウスビルドゥング1年目が終わった今でも緊張しますが、少しずつ慣れてきています。あとは基本的に肉体労働なので、ものすごく疲れます。肉体・精神の両方が追い込まれるなかで、どちらにも筋肉がムキムキついていくのを日々感じています(笑)。

研修先にて、肉を解体する様子研修先にて、肉を解体する様子

Qアウスビルドゥング後の進路は?

いつか自分のお店を開きたいです。

Qこれからアウスビルドゥングをする人へのアドバイス

ドイツ語に関しては、資格取得のための勉強だけではなく、ネイティブとの日常会話も織り交ぜてやっておくべきだったなと強く思います。私は元来の豆腐メンタルということもあり、1年目は辛い日も多々ありました。でも、アウスビルドゥングを通して根性がついたと思うので、並大抵のことには怖気付かなくなってきた気がします。軽い気持ちでおすすめできる選択肢ではありませんが、興味のある人は飛び込んでみても良いのではないでしょうか!

アウスビルドゥング開始までのステップ

アウスビルドゥングを始めるまでには、語学や企業への応募など、さまざまな準備が必要となる。ここではデュアル型アウスビルドゥングを参考に、研修開始までのステップを確認しよう。

STEP 1
情報収集と研修先探し

  • 自分の興味、適性、将来のビジョンを考え、希望する職業の研修先を探す
  • 各企業の応募条件や開始時期を確認。デュアル型の開始時期は通常8月または9月
  • 求められる学歴や語学力、身体的条件などを調べる

STEP 2
応募書類の作成

  • Lebenslauf(履歴書)
    学歴、職歴、スキルを簡潔に記載
  • Anschreiben(志望動機書)
    なぜこの職業か、なぜこの企業かを書く
  • Zeugnisse(証明書類)
    卒業証明書、語学証明(B1以上推奨)などを添付• 必要に応じて翻訳・認証を取得

STEP 3
研修先への応募、面接

  • 希望する研修先へ応募する。メールや電話での問い合わせのほか、直接訪問して応募書類を渡すのも有効
  • 面接や適性試験に招待されることもある
  • 企業によっては短期インターンを義務付けられることもある

STEP 4
訓練契約の締結

  • 採用が決まったら「Ausbildungsvertrag」(訓練契約)を結ぶ
  • 訓練期間、勤務日と休日、給与、退職条件など、契約内容をしっかり確認する

STEP 5
ビザ・生活準備(ドイツ国籍以外の場合)

  • アウスビルドゥング用の滞在許可証(Ausbildungsvisum)を申請
  • 必要な書類:訓練契約書、語学証明、賃貸契約書、健康保険の加入証明など
  • 住居、保険、銀行口座などの生活基盤を整える
  • 手続きには数カ月かかることもあるため、早めに準備する
 

課題山積みのドイツで新政権発足 メルツ首相が目指すドイツの未来像

5月6日、連邦議会選挙から約2カ月を経て、フリードリヒ・メルツ氏率いる新政権が発足した。ドイツは2年連続のマイナス成長を記録し、トランプ関税でさらなる逆風が吹く一方で、ウクライナ支援でも欧州をリードすべき立場にあるなど、ほかにも課題が山積みだ。そんな危機的な状況のドイツで、新政権はどのようなビジョンを掲げているのだろうか。メルツ政権の立ち位置について、本誌「独断時評」でおなじみの熊谷徹さんに教えていただいた。 (文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

監修:熊谷 徹さん Toru Kumagai
1959年東京生まれ。元NHKワシントン特派員。1990年からフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン在住。ドイツ、欧州の政治経済、安全保障問題など、幅広い分野で執筆している。著書は29冊。本誌では「独断時評」を連載中。
www.facebook.com/toru.kumagai.92

保守本流の政治家 フリードリヒ・メルツはどんな人物か?

メルツ首相

第10代ドイツ連邦首相
フリードリヒ・メルツ
Friedrich Merz

1955年、ノルトライン=ヴェストファーレン州ザウアーラント東部の都市ブリーロンに生まれる。ボン大学で法律を学び、1989~1994年に欧州議会議員を務めた後、連邦議会議員へ転身。2009年に一度政界を離れるも、2021年に再び議席を得て政界復帰。2022年からキリスト教民主同盟(CDU)党首を務めている。私生活では、裁判官の妻シャルロッテ・メルツ氏との間に3人の子どもがいる。

2018年、バイエルン州とヘッセン州の州議会選挙でキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が大幅に得票率を減らしたことを受け、アンゲラ・メルケル元首相がCDU党首から退くことになった。その次期党首選に立候補していた12人のうちの1人が、フリードリヒ・メルツ氏だ。メルツ氏は、2002年にメルケル氏と意見が対立して院内総務から駆逐され、2009年には議員も辞めており、いわばメルケル氏の不倶戴天ふぐたいてんの敵ともいえる存在。2018年の党首選には敗れたものの、2022年に念願の党首の座を射止めた。

メルツ氏は経済界と太いパイプを持ち、社会保障サービス縮小や規制緩和を主張するネオリベラル的な姿勢で知られている保守本流の政治家。今年2月の連邦議会選挙前には企業への法人税の減税を打ち出し、経済界からも期待を集めた。しかし、所信表明演説では安全保障や軍事問題、外交に重点を置き、得意なはずの経済問題、社会保障改革、難民問題については踏み込まなかった。社会民主党(SPD)と連立を組まざるを得なかったために、メルツ氏が理想とする政策をなかなか打ち出せなかったのである。

5月6日の首相指名投票では、1回目で落選するという、戦後ドイツでは前代未聞の事態が発生。CDU・CSUまたはSPDの議員の少なくとも18人がメルツ氏への投票を拒んだことを意味する。秘密投票なので造反者は不明だが、論壇ではSPD左派が造反したと推測されている。早くもSPDとの不協和音が表面化した。その背景には、絶対に極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)と協力しないという内部規則があるにもかかわらず、メルツ氏が今年1月に難民規制決議においてそれを破ってAfDの賛成票を容認したことがある。また、選挙期間中には「債務ブレーキを修正しない」と言っていたにもかかわらず、3月に方針を転換。発言を翻したことが党内外で批判されている(詳しくは今号「独断時評」を参照)。

このようにメルツ氏は、就任早々指導力を問われており、これからの4年間は険しい道のりとなりそうだ。次の項目では、そんなメルツ氏、そして新政権が掲げる政策と課題について解説する。

参考:フリードリヒ・メルツ氏公式ホームページ、本誌1086号「独断時評:メルケル首相の後継者は誰か? 注目のCDU 党首選挙」、本誌1235号「独断時評:難民規制決議でメルツ氏がAfDの支援を容認

ポイントごとにしっかり解説メルツ新政権の政策と課題

メルツ政権がこれまでに打ち出した政策は、それぞれが「改革」ともいえる大胆なものばかりだ。ドイツが成長力を回復させるには何が必要なのか、政策によってドイツはどのように変わるのか。主要な閣僚をピックアップしながら、メルツ政権の政策と課題を探っていく。

参考:本誌1239号「独断時評:メルツ氏が公約撤回 債務ブレーキを大修正」、本誌1235号「独断時評:難民規制決議でメルツ氏がAfDの支援を容認

ポイント 1
「債務ブレーキ」の修正で財政政策の大幅転換

メルツ氏の施策で評価されている点の一つは、政権発足前の今年3月に「債務ブレーキ」を修正したことである。これは、連邦政府に国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字を禁じる憲法上の規定だが、今回の修正によって一定の支出については例外的に制限が解除された。具体的には、軍備拡張のため、防衛支出のうちGDPの1%(約440億ユーロ、7兆400億円、1ユーロ=160円換算)までは通常予算でまかない、1%を超える部分を無制限に国債でカバーすることができるようになった。さらに、インフラ特別予算として5000億ユーロ(約80兆円)を計上し、こちらも債務ブレーキの対象外とされた。メルツ氏をはじめCDUはこの修正に反対していたが、SPDと緑の党が要求。最終的にメルツ氏は公約を破って、修正に踏み切った。ドイツの経済成長率の低さは、資本ストックへの投資が不足していることが原因であると考える経済学者もいる。そうしたなか、債務ブレーキの修正によって資本を確保したことは、財政政策の根本的な転換につながり、メルツ氏の一つの英断であったと評価する声もある。一方では、公約を破ったことで「国民を欺いた」という批判の声も少なくない。

旧連邦議会3月18日、旧連邦議会で債務ブレーキ修正の採決前に演説するメルツ氏(中央)

ポイント 2
GDP成長率を2%に回復させ……られるか?

ドイツでは深刻な景気後退により、自動車産業をはじめとした企業の収益性が悪化している。こうした状況を打開すべく、メルツ氏は法人税を5年かけて、現在のおよそ30%から25%まで下げることを公約に掲げている。同時に、今年も0%と予測されているGDP成長率を2%まで回復させ、ドイツ企業の価格競争力を改善することも約束。さらに、企業の社会保険料負担も収益率を引き下げているとして、長期失業者の支援条件を厳格化するなどの社会保障改革も検討している。しかしこれらの政策全てについて、SPDの同意を得ることは困難と予想されており、メルツ氏の経済改革が成果を生むかどうかは未知数だ。

ポイント 3
政策の実行にはSPD左派のコントロールが重要

メルツ氏が首相指名投票の1回目の投票で選ばれなかった理由は、とりわけSPD左派との意見の食い違いが大きいとみられている。またラース・クリングバイルSPD共同党首が、SPD左派を掌握しきれていない表れともいえる。同氏はSPD右派に属しているが、左派を代表するサスキア・エスケン共同党首は今回の組閣においてポストを与えられなかった。この人事に対して、SPD左派の議員の不満が強まっている。今後もさまざまな政策について、SPD左派をいかにして同意させるかは、クリングバイル氏のみならず、メルツ政権にとって重要な課題となりそうだ。

財務大臣・副首相
ラース・クリングバイル
Lars Klingbeil
SPD

1978年、ニーダーザクセン州ゾルタウ生まれ、ミュンスター育ち。学生時代にゲアハルト・シュレーダー元首相の選挙事務所で働いていた経験がある。地方議員を経て、2009年から連邦議会議員。2021年からSPDの共同党首を務めている。2029年の連邦議会選挙では首相候補になることが期待されている、次世代のSPDの担う人物の一人。 ラース・クリングバイル

ポイント 4
欧州で一番強い軍隊を目指す

ドイツを含む欧州連合(EU)加盟国にとって、2022年にウクライナに侵攻したロシアに対する抑止力を強化することが喫緊の課題だ。2024年のドイツの防衛支出はGDPの2.1%であり、北大西洋条約機構(NATO)の目標である2%を達成した。しかし、トランプ米政権はそれを5%に引き上げることを要求しており、NATOのルッテ事務総長もあらためて最低3%は必要だと主張。その意味でもドイツが債務ブレーキを修正したために、防衛予算をGDPの3%に引き上げることが可能になった点は大きな転換点だといえる。そうしたなか、メルツ氏は所信表明演説で、ドイツ連邦軍を「欧州で通常戦力では最も強い軍隊にする」と明言している。

ポイント 5
兵役義務のための準備開始

昨年、自主性に基づく兵役を2025年5月から導入することが閣議決定されたことは記憶に新しい。18歳以上の男女全員に政府が質問票を送り、健康状態や、兵役に就く用意があるかどうかを問い、健康診断などの結果から適性ありと判断された者は予備役として登録される。なお、男性は回答義務があり、応じない場合は罰金が科せられる。現在、ドイツ連邦軍は18万人いるが、少なくとも2万人の増員が必要とされている。ただし、防衛予算を大幅に引き上げたとしても、平和主義的な傾向が強いドイツの若者に対する入隊の説得は、難航が予想される。

国防大臣
ボリス・ピストリウス
Boris Pistorius
SPD

1960年、ノルトライン=ヴェストファーレン州オスナブリュック生まれ。弁護士として働いた後、オスナブリュック市長、ニーダーザクセン州議会議員を務め、ショルツ政権時に国防大臣となる。メルツ政権の閣僚の中で唯一、前政権から同ポストを引き継いでいる。同氏は兵役復活の必要性を訴えており、2011年にドイツで兵役が停止されたことは間違いだったとも述べている。 ラース・クリングバイル

ポイント 6
フランスとの関係性を再び重視

シュレーダー元首相とメルケル元首相は、EUの中ではフランスとの関係が最も重要だとして、フランスの歴代大統領と密接な関係を築いてきた。ところが、ショルツ前首相はあまりフランスとの関係を重要視しなかった。これはEUの中でも批判されてきた点の一つだ。一方のメルツ氏は、首相就任直後にフランスのマクロン大統領に会いに行くなど、関係強化をアピール。フランスの核抑止力をドイツを含むほかのEUの国々に広げるという案に対して、ショルツ首相は反対の立場だったのに対し、メルツ首相は前向きな姿勢を示している。さらに仏・英・ポーランドの首脳と共にウクライナの首都キーウまでゼレンスキー大統領を訪問するなど、欧州の結束を強めることについて努力していく姿勢も見られる。

マクロン大統領との会談首相に就任した翌日の5月7日、マクロン大統領との会談のために訪仏したメルツ氏

外務大臣
ヨハン・ヴァーデプール
Dr. Johann Wadephul
CDU

1963年、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州フーズム生まれ。法学博士号を取得した後、2000年に同州の州議会議員となった。2009年から連邦議会議員、2018年からCDU/CSU会派副院内総務を務める。対ロシア強硬派として知られる同氏が外務大臣に選出されたことは、ウクライナ支援を積極的に実施していくというメルツ政権の態度の表れともいえる。 ヨハン・ヴァーデプール

ポイント 7
寛容な難民政策から厳しい国境警備へ

ドイツ国内では昨年5月から難民による無差別殺傷事件が計6回起きており、多くの市民が治安の悪化を感じている。反移民を掲げるAfDの支持率を押し上げている理由の一つにもなっており、メルケル政権の時代は非常に寛容だった難民政策を根本的に変える必要性が指摘されている。内務大臣に就任したアレクサンダー・ドブリント氏(CSU)は、ドイツへの亡命を希望する外国人も国境で追い返すと主張。しかし、ドイツの基本法では亡命申請権が認められているほか、EU法(ダブリン協定)にも違反するとして、実行はかなり難しいとみられている。また、ドイツ国内の不法滞在移民を逮捕し、飛行機に乗せて強制退去させるには手間も費用もかかり、警察官や連邦難民移民局の係員の数を増やす必要もあるなど、課題は多い。メルツ政権の難民政策が具体的な成果を生まない場合、AfDがさらに勢力を増す可能性が懸念されている(詳しくは今号の「独断時評」)。

国境の検問所5月15日、バイエルン州のマルクス・ゼーダー州首相(左)と国境の検問所を視察するドブリント内務大臣(右)

ポイント 8
今後10年かけてインフラを整備

ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)とドイツ産業連盟(BDI)は、2024年に「インフラ構築などに約1兆ユーロ規模の投資を行わなければ、ドイツは経済競争力を回復できない」とする報告書を発表していた。そのためメルツ政権は、5000億ユーロのインフラ特別予算を計上することを決定した。この予算は、2025~2034年までの10年間にわたって、送電網、水素製造設備などのエネルギー関連インフラ、鉄道、道路の新設・修理、病院や介護設備、教育機関などの整備やデジタル化の推進などに活用される。また特別予算のうち、1000億ユーロは気候保護や経済の脱炭素化に充てられる予定だ。

デジタル化・国家近代化大臣
カーステン・ヴィルトベルガー
Dr. Karsten Wildberger
CDU

1969年、ヘッセン州ギーセン生まれ。Saturnなどの家電量販店グループを経営するCeconomyのCEO。今年5月にデジタル化・国家近代化省が創設され、初代大臣に選出された。民間企業の社長を起用することで、ドイツのデジタル化が加速されることが期待されている。一方で同氏は行政経験がないため、具体的にどう政策を進めるかが今後の注目点。 カーステン・ヴィルトベルガー

ポイント 9
再エネ拡大の費用効率性を改善へ

メルツ氏は環境政策において、前政権のエコロジー重視から、エネルギーの安定供給やできるだけコストがかからない形での再エネ拡大を重視するとみられる。そのため、CDU/CSUとSPDの連立協定にも、発電設備や送電線の建設を許可するプロセスを簡素化するなど、ビューロクラシー(官僚主義)を減らす方針が盛り込まれた。また、前政権が暖房の脱炭素化のために施行させた「建物エネルギー法」についても、廃止または大幅に変更される。一方で、ドイツの環境団体はメルツ政権が二酸化炭素の削減や気候保護をおろそかにするのではないかという懸念を持っているため、今後メルツ政権を厳しく監視していくとみられる。

経済エネルギー大臣
カテリーナ・ライヒェ
Katherina Reiche
CDU

1973年、ブランデンブルク州ルッケンヴァルデ生まれ。経済気候保護省は2025年5月に経済エネルギー省に改称され、ライヒェ氏が初の大臣を務める。配電事業会社の社長を務めるなど、電力業界出身者が経済大臣となるのは初めて。エネルギー業界の改革の牽引役として、期待がかかっている。 カテリーナ・ライヒェ
 

ベルリン・フィルデビュー記念インタビュー 指揮者・山田和樹さんの呼吸から生まれる音楽

今世界中のクラシックファンをとりこにしている指揮者の山田和樹さん。今年6月12日(木)~14日(土)に行われるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の公演で、客演指揮者としてデビューを果たす。日本人指揮者では故小澤征爾さん、佐渡裕さんに続く快挙だ。山田さんはベルリン・フィルのホールでどんな音楽を生み出すのか……公演を1カ月後に控えた5月中旬、マエストロにお話を聞いた。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

山田和樹さん

山田和樹さん

1979年生まれ。2009年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、国内外の楽団で活躍する。近年は、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団やバーミンガム市交響楽団の音楽監督を務め、2026年に東京芸術劇場の芸術監督(音楽部門)、ベルリン・ドイツ交響楽団首席指揮者兼芸術監督に就任予定。ベルリン在住。
https://kazukiyamada.com

──いよいよベルリン・フィルのデビュー公演ですね!ずばり今のご心境は?

いや、緊張していますよ……。心づもりや準備はしなければいけないものの、考えると緊張するからあまり考えないようにしているというのが正直なところです。僕は日本で指揮を勉強して、海外に出たのはちょうど30歳のときでした。海外で仕事をするようになって、ベルリン・フィルとかウィーン・フィルの名前がおぼろげながらも頭に浮かんではいました。でもあくまで僕の目標は、指揮を続けること、音楽を続けること。だからこんなに早く自分にチャンスが来るとは思っていなくて、サプライズでしたね。ベルリン・フィルの指揮台に立てるのは、年間を通しても何十人もいるわけではないですし。まさに「まな板の鯉」です。

ベルリン・フィルは、技術力やアンサンブル力、オーケストラの機能性と全てにおいて洗練されていると思います。ウィーン・フィルが伝統に重きを置く一方で、ベルリン・フィルは伝統がありつつ革新的でもある。カラヤンと長く関係を築いてきて、ずっと世界のトップオーケストラだった。それが代々バトンタッチされながら、脈々と続いてきたという流れがあります。そんななか革新的な部分で象徴的だったのが、コロナ・パンデミックのときでした。2020年3月にロックダウンになりましたが、ベルリン・フィルは「それでも何か方法を見つけるんだ」といって立ち上がり、5月1日にはネット上で無観客公演をしたんですね。自分たちがやらなければ、ほかのオーケストラが追随できないという気構えを見せてくれた。まさに、今のクラシック界をリードする存在なんです。

──今回のプログラムが組まれた背景や、各作品の聴きどころについて教えてください。

デビュー公演ではありますが、僕の意見を取り入れてくれたプログラムになっています。僕は長年フランスのテリトリーでやってきたので、フランス音楽でデビューしたいという思いがありました。それでサン=サーンスの交響曲第3番という名曲をやらせてもらうんですけど、意外なことにベルリン・フィルは10年この曲をやっていないんです。だからこれはいい機会だと思いました。サン=サーンスはとても敬虔なクリスチャンで、この曲も宗教的な面が強くオルガンが入っている。そのオルガンとベルリン・フィルのサウンドでどんな表現になるのか、というのが聴きどころですね。

それから、フランス音楽のカラフルなサウンドに似ている作品として、イタリアの作曲家レスピーギの「ローマの噴水」を選びました。ローマ3部作のうちの一つで、一番地味と思われがちなんだけれど、僕はその中で最も好きな曲です。噴水の水が散ったりしぶきが上がったり、それが光に当たって色を放ったり。朝、昼と時が経過し、最後にたそがれていく。それがすごく感動的で、僕が思い浮かべる世の中の美しい音楽の10本の指に入る曲です。ベルリン・フィルの力でその色彩の豊かさを表現できたらいいなと思います。

そして、水のテーマのつながりから武満徹の「ウォーター・ドリーミング」が決まりました。日本を象徴する作曲家であり、彼の作品を紹介できるいい機会でもある。武満さん自身もフランス音楽にすごく影響されていたから、これもまた色彩豊かな曲です。だから、今回の公演はとてもカラフルなプログラムになったと思います。

──現在、音楽監督を務めるバーミンガム市交響楽団(CBSO)の演奏会では、山田さんのお茶目な姿を目にすることも多いですが、どんな楽団ですか?

バーミンガム市は2023年に財政破綻を宣言し、実は市からCBSOへの資金援助は一切ありません。そんな状況でも英国人の気質からなのか、CBSOの楽団員たちはとてもパワフルでポジティブ。一言でいうと、僕に音楽の楽しさを教えてくれる楽団です。クラシック音楽には、例えば楽譜通りに音符を伸ばさないといけないとか、ルールがたくさんありますよね。でもCBSOは、これをやっちゃいけないというルールを忘れさせてくれて、自由に音楽を楽しめる。今日どこでも演奏が録音されたりライブ配信されたり、そういう意味ではリスクは取りづらいのですが、リスクを一緒に取ってくれる仲間ともいえます。彼らがストレートに向き合ってくれるから、僕もストレートになれて楽しくなる。そうすると彼らも楽しくなって、僕ももっと楽しくなれる。「ハイリスク・ハイリターン」ではあるのですが、今のところ心配するどころか、ますます進化していると感じています。

CBSOのコンサートで指揮台に立つ山田さんCBSOのコンサートで指揮台に立つ山田さん

──今年4月、2026/27シーズンからベルリン・ドイツ交響楽団(DSO)の首席指揮者兼芸術監督に就任することが発表されました。どのようなお気持ちですか?

大変なことになりました。もちろんベルリン・フィルのデビューもものすごく大変なことなんだけれど、それはあくまで演奏会が一つあるということ。つまり演奏会を成功させることに集中すればいいんです。でもどこかのオーケストラの指揮者になるということは、1回の演奏会を成功させるだけではなくて、長い目で関わっていくということ。家族になるということでもあり、リーダーになるということでもある。指揮者は文字通り指し示す役割をしていて、100人の楽団員を引き連れて道案内をしなければいけないんです。道が二つに分かれていたら、どちらかを選ばなければならない。選んだ先にがけがあって、みんな死んじゃうかもしれない。だから、責任も勇気も必要なんですね。

ドイツのオーケストラでの芸術監督は、初めてのポスト。恥ずかしながらドイツ語ができないので、オファーをもらったとき、率直に「ドイツ語できなきゃダメだよね?」って聞いて。そしたらDSOの方は「今のままでいい、今のあなたに来てほしいんだから」みたいに言ってくれたんです。うれしかったですね。それから自分や家族が生活しているベルリンに仕事場ができるのはとても幸運なことで、この業界では珍しいこと。かのカラヤンでさえベルリンではホテル住まいで、家はザルツブルクでしたからね。指揮者にとっても、それは新しい世界になるのかなと思います。

もちろん音楽が一番大事で、演奏会にはたくさんのお客さんに来てもらって、感動してもらうことが僕の仕事です。そのことに責任の重さを感じていて、果たして自分にできるのだろうかと……。でもこういった話を受けて頑張れるパワーは10年後にはきっともうなくて、今の40代半ばがラストチャンスだと思っています。

──最後に、山田さんが指揮者として大切にされていることを教えてください。

指揮者は、コミュニケーションを通じて音楽をつくっていく職業。オーケストラは指揮棒で動いているわけではなくて、棒を通じた指揮者の呼吸が伝わって動きます。何事も極度に緊張していたりすると、難しい場面ってありますよね。オーケストラは見透かす能力が高いから、取り繕うとしてもバレちゃうんです。だからこそ自分の心をオープンにして、呼吸が通っていることが大切だと思います。

一つのオーケストラに出会うということは、一度に100人の人に出会うわけで、そこから物語が始まります。どう展開されるのか全く決まっていない白紙の物語です。今回のベルリン・フィルとの物語も、どうなるのか本当に分かりません。もちろんデビューが良くなかったら、2回目はない。これまでも1回で終わってしまったオーケストラがたくさんあります。でもたとえ1回きりだとしても、あまり先を考えすぎず、精一杯今の自分で向き合っていきたいですね。

「指揮者の呼吸がみんなと共有できたとき、うまくいくんです」(山田さん)「指揮者の呼吸がみんなと共有できたとき、うまくいくんです」(山田さん)

ベルリン・フィルのコンサート情報

日時: 6月12日(木)20:00、13日(金)20:00、14日(土)19:00
※現地時間
会場: ベルリン・フィルハーモニー
指揮: 山田和樹
演奏: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
曲目: オットリーノ・レスピーギ 交響詩「ローマの噴水」
武満徹 ウォーター・ドリーミング
エマニュエル・パユ(フルート)
カミーユ・サン=サーンス
交響曲第3番ハ短調「オルガン付き」
セバスティアン・ハインドル(オルガン)
www.berliner-philharmoniker.de 14日はデジタル・コンサートホールでライブ配信予定!
詳しくはこちらから
 

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