マックス・ラーべ(Max Raabe)とパラスト・オ ーケストラ(Palast Orchester)といえばドイツ人で知らない人はいないと言い切ってもいいかもしれない。舞台で見る彼はポマードでなでつけたオールバックの髪形とえん尾服、直立不動の姿勢で決して感情を表さない。(「曲の持つ力で感情を表現することができるから、表情などで気持ちを表さなくてもいい」という)ゴージャスな12人のバンドを従えて艶やかなバリトンで歌い上げるのは1920年代~30年代初頭の流行歌や風刺小唄のカバー。唯一無比なるバンドが当時のままに音色を奏で始めれば、気分はすっかり黄金の20年代へタイムスリップする。ナチスドイツに「退廃芸術」のらく印を押され、闇に葬り去られようとしたこれらの歌曲の掘り起こしを続けるパラスト・オーケストラが結成されて今年で20年になる。今月末には2回目の来日公演を控えるマックス・ラーベ氏にベルリンでインタビューしました。(編集部)
パラスト・オーケストラ結成まで
── 1920年代~30年代の雰囲気そのままにオーケストラ演奏で歌うパラスト・オーケストラが結成されて20年ということですが、そもそも誰のアイデアだったのですか。
マックス・ラーベ(以下R):そもそもはピアニストと自分2人だけの短いプログラムでスタートしました。その後、学友とともに小さいバンドで活動するようになって、レパートリーも広がる内に、ふとある時、「1920年代、30年代の編成そのままのオーケストラがあったらいいよね」という話になりました。たまたま、その当時のダンスホールで演奏する際に使われたA4サイズくらいの、もうすっかり黄ばんだ楽譜が見つかり、30分くらいの短いプログラムを組んで演奏するようになりました。
── 最初から他の人が思い付かないようなユニークなことをやろう、という思惑があったのですか?
R:1985年にベルリンに出てきた時に、自分達が今やっているような音楽をやっているようなオーケストラがないことに驚きました。何たってこの音楽はベルリンに欠かせないと思っていましたし、皆タイトルも知っている、時にラジオでも流れたり、古い映画でもたびたび耳にして誰もが知っているメロディーだったから。もちろんピアノで演奏 する人はたまにいたけど、ぜひオーケストラで演奏したいといつも思っていました。
── パラスト・オーケストラと名付けたのは?
R:私が名付けました。20年~30年代は映画館、劇場、キャバレーとありとあらゆるものにパラスト(宮殿)という名前が冠せられました。巨大かつゴージャス、エレガントでモダンなものを!という動きがあり、パラストと呼ぶことでそのイメージを喚起しようとしたんですね。そこで皮肉を込めて、自分達のオーケストラ名にパラストとつけました。もちろん宮殿なんて持っていないんですけどね。
── こんなに成功するとは20年前に予想しましたか? あるインタビュー記事で、シャレのつもりだったと読みましたが…。
R:最初は学生のダンスパーティーで演奏するだけで、学生の間の余技と考えていました。メンバーの誰もが4、5年で終わると思っていたんじゃないですかね。卒業したらオペラ歌手とか管弦楽オーケストラの団員になってとか、それぞれ思っていました。ただ音楽を学ぶ身としてはアルバイトに洗車とか芝刈りとか音楽に関係のないことではなくて、純粋に音楽で収入を得られるというのはすごく贅沢だと思ったし、喜びでもありました。
── いつ頃「これならいける」という感触をつかんだんでしょう?
R:うまく受け入れられるといいなあといつも願っていましたが、最初のコンサートで聴衆が感激してくれたのを見て、「これでいいんだ」と確信しました。古い曲を新しくモダンにアレンジするのではなく、当時のままに演奏するスタイルが良かったのだと思います。そして少しずつ、着実に前に進んでいくことができました。
音楽スタイル
── そのユニークさゆえにライバルの出現を許さなかったわけですね。

昨年の来日時のスナップショット
R:外国ではプラハにも同じようなバンドがありますし、英国のパサデナ・オーケストラは成功を収めています。ただし、ドイツでは私たちがドイツのレパートリーを独自のスタイルで演奏した初めてのグループで、後に続こうとしたグループはパラスト・オーケストラ、そして私のスタイルをコピーしたので成功しませんでした。聴衆はコピーよりはオリジナルを聴きたがったんですね。このスタイルは、 真面目な演奏と自嘲とを混ぜてうまく綱渡りする必要があるんです。
── スタイルの話が出ました。「マックス・ラーベ」あってのパラスト・オーケストラですが、皮肉っぽさがにじみ出るマックス・ラーベという舞台上の人物と、素顔の自分を比べてやりにくいと感じることはありませんか。
R:実際の自分とは距離ができるし、街を歩いていても皆が「どうせ横柄な奴だろう」と思って話し掛けてこないから、いいですね。(笑)舞台で自分は演技をしているわけではないけれど、「マックス・ラーベ」という人物像を誇張したり、強調したり…、でも友人たちからは「素顔は昔から変わらないね」と言われています。ずっと歌手になりたいと思っていましたし、自分がやっていて、楽しいと思えることで食べていけるのは幸せなことです。他のことを職業にしていたら、きっと飢え死にしていたんじゃないですかねえ。(笑)
── パラスト・オーケストラの音楽にはどのような思いが込められているのでしょうか?歌われている曲の中には「堕落音楽」として、当時ナチス政権によって禁止された曲もありますね。
R:演奏が禁止されたものもありますが、これは詞などの中味が問題だったわけではなく、作詞家・作曲家がユダヤ人だったがゆえでした。これらの歌を歌うときには必ず、作った人の名前を読み上げますが、それには葬り去られようとしたそれらの人々の名を再び蘇らせたい、そして弾圧を受けた作曲家たちへの償いをしたいという気持ちを込めています。
── 音楽の方向性を変えようと思ったり、ソロ活動をメーンにしようと思ったことはありませんか?
R:今やっている音楽が自分に合っているし、まだまだ興味は尽きないので、別なことをやりたいと思ったことはありません。家では音楽はあまり聴かないのですが、もともとクラシック音楽出身なので、聴くとしたらもっぱら室内楽。チームで何かを作り上げるのが好きですし、自分もオーケストラも年々変貌しています。レベルもますます高くなっていますし、決して停滞したりしていないので、無理矢理何かを変えようとは思いません。そうだ、今月末の来日公演に合わせて、日本で発売されるCDのボーナストラックとして日本語の歌も3曲(「白い船のいる港」「野球小僧」「夜来香(やらいしゃ)」)収録しました。まずメロディーを聞いて、詞を訳してもらって選曲しました。もちろんドイツ語の曲を歌うようには正確に解釈はできないのですが、それはきっと日本人がシューベルトの曲を歌うのと同じではないでしょうか。
── ご自身で作詞・作曲もされていますが、インスピレーションはどこから得ているのでしょうか。ひょっとして 「TOKIO HOTEL」などからもですか?
R:自分で曲を作る場合には「まず先に詞ありき」です。テキストのアイデアがあって、それにリズムをはめこんでいく。そしてその詞とリズムが失われないようにして全体を作り上げるわけです。言葉遊びも含めて歌詞が自分にとってはまず重要です。メロディーから考えて歌詞を作ろうとするとメロディーとマッチすることはまずないですね。(笑)
── オーケストラから「こんなの演奏できないよ」なんて突き返されたりすることもあるのですか?
R:自分の楽曲についてはオーケストラの他の誰よりも厳しく判断しています。出来たと思っては捨てる、の繰り返しで最後に残るのはほんのわずかです。(残りは1%くらいですか?)いや1%よりも少ないですね。(笑)
── オペラ歌手のように毎日練習されるのですか?
R:普段は調子が良くないなと思ったら2~3分練習するし、いいな、と思ったら1日中なまけています。(笑)コンサート前は声帯を温めるために練習しますね。ただ、主な仕事は頭の中で次のプロジェ クトの構想を練ったりすることで、声の維持という点ではあまり重きを置いていません。
── 20年の歩みを振り返っていかがですか?
R:名誉欲に食いつぶされたり、絶対に成功してやろうという気持ちは決してありませんでした。目の前のプロジェクトを一つ一つ達成するということを繰り返した結果、1992年に出した「Kein Schwein ruft mich an」(作詞作曲マックス・ラーベ)(電話が鳴り続けるとうっとうしいけれど、鳴らないと淋しいという内容をユーモラスに歌ったもの)がドイツとオーストリアでヒットし、名前が知られるようになって、これは可能性があるんじゃないかと思いました。
海外での成功
── ドイツ国内だけでなくロシアやウクライナ、米国など海外でも高い評価を得ています。成功の理由はどこにあると思われますか?
R:まずは楽曲の持つ力であり、強さでしょうか。そしてオーケストラの演奏も優れていること。聴衆を見ていると、私たちではなく、私たちがやっている音楽を信じてくれているというのを感じます。成功の理由は自分では説明がつきませんが、多くの国で受け入れられていることを素直にうれしいと思っています。

── 昔の曲のカバーがメーンですが、いつか新たに歌う曲がなくなっちゃうんじゃないかという懸念はありませんか?
R:確かに最初は演奏できる曲が十分ないことを心配していたのですが、あまり有名ではないけれど素晴らしい、心躍るような曲をそのたびに発見することがあって、今やレパートリーは400曲以上を数えます。きっとこれからもこんな調子で続いていくのでしょう。
── イッセー尾形さんとの交友を通じて、昨年初めて来日公演を行ったわけですが、イッセーさんには出会った瞬間から分かり合えるものを感じたのでしょうか?
R:お互い控えめな人間だから(笑)、グループ交際から徐々に徐々に近づいていった感じでした。イッセーさんはとても愛すべきキャラクターの持ち主ですね。(年初の尾 形さんのベルリン公演でも飛び入りで日本の曲を歌われたそうですね)3小節のとっても短い節回しです。
── 日本と日本の聴衆の印象はいかがでしたか?
R:空港から街中に向かう途中で、緑の濃さに驚き、ドイツで見慣れている自然との違いをはっきり感じました。着いてからはすぐに温泉につかって、ゆっくりと日本に慣じんでいきました。日本の風呂文化、食文化は素晴らしいですね。日本の聴衆も、行く前には周りから「控えめだよ」と聞いていたけれども、実際には会場で心温かい歓迎を受けました。特にドイツ、日本と反応の違いは感じませんでしたね。
── 来日も間近に迫りましたが、期待されていることはありますか。
R:まずは、うまく公演が成功することですね。その他はおまけというところでしょうか。公演に来てくださる皆さんに会えるのを楽しみにしています。
Photo © Frank Eidel
Max RAABE(マックス・ラーべ)1962年リューネンに生まれる。教会の合唱団からスタートし、20歳の時にベルリン芸術大学オペラ科に入学。同窓生とともにパラスト・オーケストラを結成し、1987年に初演。 92年に出した「Kein Schwein ruft mich an」の大ヒットで一躍全国に名前が知られるように。今年は結成20周年の節目の年としてドイツのみならず、米国、アジアでツアーが予定されている。
日本公演
5月25日(金)大阪・中央公会堂
5月26日(土)東京・第一生命ホール
ドイツ公演の詳細は www.palastorchester.de
インタビュー後記
会う前から緊張でドキドキ、どうしようどうしようと思っていたところに、現れたのはテレビの画面で見るのと全く同じ(背の高さは190cmくらいでしょうか)ラーベさんでした。穏やかな語り口にうっとりと聞きほれる間もなく、瞬く間にインタビューの時間は過ぎ去ってしまいました。残念です。



インベスト・イン・ババリア
スケッチブック















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