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ロンドンのゲストハウス
Do. 21. Nov. 2019

喜怒疲楽のカヌー旅日記 父なるライン川を漕ぐ 吉岡 嶺二カヌー旅マップ

Mainz – St.Goar
ライン川の観光コースを進む

名ワインを生むぶどうは酸っぱかった

2012年7月1日7時、マインツを出発。対岸のマイン川との合流点に向かって架かるテオドール・ホイス橋は後方に去り、すぐに500キロの標識を過ぎた。

6年前、ほんのわずかだが、下流域を漕いだことがある。欧州縦断の旅をした際、ベルギーからオランダに入ってアムステルダムに向かう運河の入口が分からず、停泊していたネーデルライン川の水上警備艇に漕ぎ寄せた。なんと警備艇が私を乗せてカヌーを曳行し、案内してくれたのである。はるか下流での思い出だが、ドイツのライン川でも思わぬハプニングが待ち受けているかもしれない。

切れ目なくぶどう畑が続いていく。前方に市街地が見えてきた。左岸にビンゲン、右岸にリューデスハイムを望みながら、遊覧船の発着場がある右岸に漕ぎ着けて、観光客の群れの中に加わった。昼間からバンド演奏で賑やかなつぐみ横丁を通り抜け、ゴンドラリフトの乗り場に向かった。長い行列に並ぶよりも、歩いた方が良さそうだ。それも遊歩道ではなく、ぶどう畑の中を行ってみよう。ラインガウ地方特産のリースリングの畑だ。まだ小豆大の実を摘んで噛んでみた。うん、酸っぱい! 結局、中腹から見下ろしただけで降りてきてしまった。

昼食にしようとカフェに入る。普段は明るいうちから飲むことはないのだが、郷に従ってワインを1杯。禁を犯しての再出発となった。

期待はずれのローレライ

岩壁を伝って進むと、随所に古城が見えてくる。遊覧船がひっきりなしに行き交い、左岸には高速列車ICEが走り抜けていく。ならばチビ舟にだって魂がある、艇首に日の丸を掲げ、威風堂々の航海だ。ちょっぴり古めかしいが、なんとも痛快な気分ではないか! と、意気込んだものの、やはり急流は手強い。ライン川は水位の高低差が少ないため、ロック(閘門)はないが、その分、水の勢いが激しい。特にこの辺りは水深が浅いのか、所々で通せんぼをするように横一文字に膨れ上がった白いうねりが押し寄せてくる。横倒しにならないよう両腿をしっかりと船腹に押し付けて姿勢を保ち、緊張しながら1つずつ波を乗り越えた。

期待を寄せていたローレライは、素通りした。1つ先の岩壁を回った所にあると思っていたのだが、振り返った岩壁に「LORELEY」の文字を見付けて気が付いた。その昔の船の難所、水の精ローレライが船乗りたちを水底に引きずり込もうと待ち構えていた場所だったというが、眼前の姿は「麗し乙女」ではなく、ごつごつしたあばた面、しかも厚化粧を隠すように一部に網が被せてある。語源通り、「待ち受けている岩」に過ぎなかった。

ローレライ
ローレライを難なく通過して、少し生意気を言った。
翌日厳しいお仕置きが待っているとも知らず……


沈みゆく夕陽に映えるライン川を望む

17時15分、ザンクト・ゴアールの船着場に到着。回り込んだ先に小さなスロープがあったので、滑り込むように上陸できた。対岸のザンクト・ゴアールスハウゼンに向かうフェリー利用客用の待合所がある。と言っても、コンクリート製のシェルターのようなものだが、くもの巣だらけで、ほとんど使われていない様子だった。

最高の寝ぐらが見付かった。町の中心マルクト広場を通ってラインフェルス城方面へ山を登った。荒れ果てた古城だが、一角がホテルになっていて豪華なレストランの建物もある。大奮発してディナーといこうか。ラフな身なりが気になりつつ、中へ入ってみる。が、断られた。ドレスコードがあるのかと尋ねてみると、そうではないと言い、奥へ案内された。そこで納得、テーブルは満席だった。それでも、店内の窓側から夕陽に映えて輝くライン川を眺めることができた。

 
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吉岡 嶺二吉岡 嶺二(よしおか・れいじ)
1938年に旧満州ハルビンに生まれる。早稲田大学卒業後、大日本印刷入社。会社員時代に、週末や夏休みを利用して、カヌーでの日本一周を始める。定年後はカナダ、フランスやイギリスといった欧州でのカヌー旅行を行っている。神奈川県在住。74歳。
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