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どうなる? EUの未来 英国EU離脱後の
ドイツと欧州

ドイツ・EUへの影響は?
難航が予想される移行期間の英欧貿易交渉

2020年1月31日午後11時、英国が欧州連合(EU)を離脱した。今、メルケル政権やドイツの企業経営者たちは、安堵と失望が入り混じった気持ちを抱いている。残り11カ月を切った移行期間で、ドイツおよびEUの未来はどのように左右されるのだろうか。

熊谷徹 Toru Kumagai 1959年東京生まれ。1990年からフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン在住。再統一後のドイツ、欧州の政治経済、安全保障問題など、幅広い分野で執筆している。本誌では毎号「独断時評」(P5)を連載中。www.tkumagai.de

ブレグジットはEUにとって大きな損失

EU側の安堵の理由は、彼らが最も恐れていた合意なしのEU離脱、いわゆる「ハード・ブレグジット」が少なくとも2020年末までは避けられたからである。一時は1月31日に英国がEUと合意できないままEUを離脱し、欧州経済が混乱するという懸念が浮上していた。

だが英国は結局、EUとの合意に基づく秩序立った離脱の道を選択。当面は合意なしの離脱による欧州経済の混乱を回避できた。EU加盟国の首脳たちは、口々に「英国はEUを去ったが、欧州を去るわけではない。これからも良きパートナーであり続けよう」と述べている。

それでもブレグジット後の欧州大陸の雰囲気は沈鬱だ。EUは68年間の歴史の中で、ブレグジットによって初めて加盟国を失った。英国は、EUで最も重要な国の1つだった。ブレグジットによってEUの人口は約5億1200万人から約6665万人減り、GDPも約2兆4237億ユーロ(291兆円・1ユーロ=120円換算)減少。EUの人口は約13%、GDPは一挙に約15%減ったことになる。英国のGDPは、28の加盟国の中でドイツに次いで2番目に大きかった。

ドイツの経済学者ハンス・ヴェルナー・ズィン教授は、「英国のGDPは、EU加盟国のうちGDPが最も小さい20カ国分の経済規模に相当する。つまりブレグジットはEUの小国20カ国が1度にEUを離脱したのと同じインパクトを持っている」と述べている。

焦点はEU・英国間の貿易交渉

さて英国はEU離脱を実現したものの、両者が通商や安全保障などに関してどのような「二国間関係」を結ぶかについては、まだ決まっていない。英国とEUは、2020年2月1日から12月31日までの11カ月の移行期間に、新たな自由貿易協定などを締結しなくてはならない。この移行期間中には、離脱前と同じ条件が適用される。例えば英国企業は、関税を払うことなくEU加盟国に製品を輸出することができる。

英国のボリス・ジョンソン首相は「新しい協定を2020年末までに締結する」として、交渉期間を2021年1月以降に延ばすことを法律で禁じた。EU側に圧力をかけるためである。

EU側は自由貿易協定に関する交渉には、少なくとも3年はかかると見ている。例えば2017年にEUとカナダの間で発効した自由貿易協定(CETA)の交渉には、7年もかかった。CETAの協定書は、約1600ページに達する膨大なものだ。このためEUでは「わずか11カ月間で自由貿易協定を締結するのは不可能。仮に成立したとしても、最低限必要な条件だけを盛り込んだ内容の薄いものになるだろう」という見方が強い。さらに言えば、貿易交渉は移行期間中に話し合わなければならない項目の1つに過ぎない。

英国の「いいとこ取り」を警戒するEU

交渉の中で英国政府は、自国企業ができるだけ容易にEU市場で製品を売れるような環境、さらに外国企業が英国にこれまで以上に投資するような環境づくりを目指すだろう。そのためには、英国の製品にEUの関税がかからないことが重要だ。EUは加盟国ではない国に対しても、例外的に関税を免除することがある。スイスやノルウェーはその例だ。だがその場合の条件は、相手国がEU市民の移住や就職の自由などの原則を受け入れること。ブレグジットに至った最大の理由の1つであるこれらの原則を、ジョンソン政権が受け入れるかどうかは、はなはだ疑問だ。

つまり英国政府は、EUとの交渉の中で、今後EU市民の移住や就職の自由を制限する一方で、自国企業がEU共通市場にこれまで同様にアクセスできるという、自国に有利な条件を要求するかもしれない。

だがEUは、英国に対して「いいとこ取り」は許さない方針だ。ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は、1月31日にドイツの日刊紙に寄稿し「英国が移行期間の後に、今と同じく無制限にEU市場にアクセスすることはあり得ない」と釘を刺している。

EUには、「非加盟国には、加盟国と同じ待遇を与えてはならない」という原則がある。この原則を緩和すると、英国のようにEUを離脱して、EUへの拠出金を払わずにEUと同じ貿易条件を得ようとする国が現われる危険があるからだ。

英国は「欧州のシンガポール」になるか?

もう1つEUが恐れているのは、英国が製品の安全性や環境保護、労働条件、補助金などに関する規則をEUのルールよりも緩和して、外国企業の投資を呼び込もうとすることだ。EUにとって、英国と自由貿易協定を結ぶための前提は、英国がEUと同じ環境保護や製品の安全性、個人情報の保護などに関する基準、つまり「レベル・プレイング・フィールド」の原則を守ること。EUは英国に対して「これまでと同様の規則を守り、公正な競争を行おう」と呼びかけている。

ベルギーの元首相で現在は欧州議会議員のヒ―・フェルホフスタット氏は「将来英国がEUの環境基準や補助金、賃金ルールから逸脱し、外国企業の投資を呼び寄せるためにシンガポールのような国になることは許さない」と語っている。確かに、英国が外国企業にEUよりも潤沢な補助金を出したり、最低賃金を大幅に低くしたりした場合、アジアや米国の企業がEUを素通りして英国に投資する可能性がある。EUが最も恐れているのは、そうした事態である。

妥協を拒否するジョンソン首相

これに対し、ジョンソン首相はブレグジット後に英国の競争力を高めるために、EUの原則から逸脱した基準を導入する方針を示唆している。彼は2月3日に行った演説の中で、「われわれが目指しているのは、法的な自治性を確保することだ。したがって英国は、EUが押しつける基準に唯々諾々と従うつもりは全くない」と述べ、EUの要求をはねつけた。

もちろんジョンソン首相の強硬な姿勢は、貿易交渉を英国のペースで行うための一手段。彼は「交渉が今年末までに終わらなかったら、EUと英国の間にはWTO(世界貿易機関)の原則に基づく関税が導入される」というシナリオをちらつかせることで、EU側を譲歩に追い込もうとしているのだ。そのため12月末が近づくにつれて、ジョンソン首相が態度を軟化させる可能性は残っている。

ブレグジット後の英国とEUの関係が決まるのは、まさにこれからだ。欧州で活動する日本企業も、今から約10カ月間の交渉の行方を注意深く見守っていく必要がある。

EU離脱後の移行期間

 
2020年1月31日 離脱
2020年3月3日 EUとのFTAに関する交渉が開始
2020年6月30日 移行期間延長の同意期限
延長する場合はこの日までに英EU間での同意が必要。
延長期間は最高2年
2020年12月31日 移行期間終了
EUとの交渉は合意に至ったか
YES NO
2021年1月1日EUとの新しい関係が
スタート
2021年1月1日EUとの協定なしに
移行期間が終了

(参考:BBC)

 
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