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ベルリン・フィルデビュー記念インタビュー 指揮者・山田和樹さんの呼吸から生まれる音楽

今世界中のクラシックファンをとりこにしている指揮者の山田和樹さん。今年6月12日(木)~14日(土)に行われるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の公演で、客演指揮者としてデビューを果たす。日本人指揮者では故小澤征爾さん、佐渡裕さんに続く快挙だ。山田さんはベルリン・フィルのホールでどんな音楽を生み出すのか……公演を1カ月後に控えた5月中旬、マエストロにお話を聞いた。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

山田和樹さん

山田和樹さん

1979年生まれ。2009年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、国内外の楽団で活躍する。近年は、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団やバーミンガム市交響楽団の音楽監督を務め、2026年に東京芸術劇場の芸術監督(音楽部門)、ベルリン・ドイツ交響楽団首席指揮者兼芸術監督に就任予定。ベルリン在住。
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──いよいよベルリン・フィルのデビュー公演ですね!ずばり今のご心境は?

いや、緊張していますよ……。心づもりや準備はしなければいけないものの、考えると緊張するからあまり考えないようにしているというのが正直なところです。僕は日本で指揮を勉強して、海外に出たのはちょうど30歳のときでした。海外で仕事をするようになって、ベルリン・フィルとかウィーン・フィルの名前がおぼろげながらも頭に浮かんではいました。でもあくまで僕の目標は、指揮を続けること、音楽を続けること。だからこんなに早く自分にチャンスが来るとは思っていなくて、サプライズでしたね。ベルリン・フィルの指揮台に立てるのは、年間を通しても何十人もいるわけではないですし。まさに「まな板の鯉」です。

ベルリン・フィルは、技術力やアンサンブル力、オーケストラの機能性と全てにおいて洗練されていると思います。ウィーン・フィルが伝統に重きを置く一方で、ベルリン・フィルは伝統がありつつ革新的でもある。カラヤンと長く関係を築いてきて、ずっと世界のトップオーケストラだった。それが代々バトンタッチされながら、脈々と続いてきたという流れがあります。そんななか革新的な部分で象徴的だったのが、コロナ・パンデミックのときでした。2020年3月にロックダウンになりましたが、ベルリン・フィルは「それでも何か方法を見つけるんだ」といって立ち上がり、5月1日にはネット上で無観客公演をしたんですね。自分たちがやらなければ、ほかのオーケストラが追随できないという気構えを見せてくれた。まさに、今のクラシック界をリードする存在なんです。

──今回のプログラムが組まれた背景や、各作品の聴きどころについて教えてください。

デビュー公演ではありますが、僕の意見を取り入れてくれたプログラムになっています。僕は長年フランスのテリトリーでやってきたので、フランス音楽でデビューしたいという思いがありました。それでサン=サーンスの交響曲第3番という名曲をやらせてもらうんですけど、意外なことにベルリン・フィルは10年この曲をやっていないんです。だからこれはいい機会だと思いました。サン=サーンスはとても敬虔なクリスチャンで、この曲も宗教的な面が強くオルガンが入っている。そのオルガンとベルリン・フィルのサウンドでどんな表現になるのか、というのが聴きどころですね。

それから、フランス音楽のカラフルなサウンドに似ている作品として、イタリアの作曲家レスピーギの「ローマの噴水」を選びました。ローマ3部作のうちの一つで、一番地味と思われがちなんだけれど、僕はその中で最も好きな曲です。噴水の水が散ったりしぶきが上がったり、それが光に当たって色を放ったり。朝、昼と時が経過し、最後にたそがれていく。それがすごく感動的で、僕が思い浮かべる世の中の美しい音楽の10本の指に入る曲です。ベルリン・フィルの力でその色彩の豊かさを表現できたらいいなと思います。

そして、水のテーマのつながりから武満徹の「ウォーター・ドリーミング」が決まりました。日本を象徴する作曲家であり、彼の作品を紹介できるいい機会でもある。武満さん自身もフランス音楽にすごく影響されていたから、これもまた色彩豊かな曲です。だから、今回の公演はとてもカラフルなプログラムになったと思います。

──現在、音楽監督を務めるバーミンガム市交響楽団(CBSO)の演奏会では、山田さんのお茶目な姿を目にすることも多いですが、どんな楽団ですか?

バーミンガム市は2023年に財政破綻を宣言し、実は市からCBSOへの資金援助は一切ありません。そんな状況でも英国人の気質からなのか、CBSOの楽団員たちはとてもパワフルでポジティブ。一言でいうと、僕に音楽の楽しさを教えてくれる楽団です。クラシック音楽には、例えば楽譜通りに音符を伸ばさないといけないとか、ルールがたくさんありますよね。でもCBSOは、これをやっちゃいけないというルールを忘れさせてくれて、自由に音楽を楽しめる。今日どこでも演奏が録音されたりライブ配信されたり、そういう意味ではリスクは取りづらいのですが、リスクを一緒に取ってくれる仲間ともいえます。彼らがストレートに向き合ってくれるから、僕もストレートになれて楽しくなる。そうすると彼らも楽しくなって、僕ももっと楽しくなれる。「ハイリスク・ハイリターン」ではあるのですが、今のところ心配するどころか、ますます進化していると感じています。

CBSOのコンサートで指揮台に立つ山田さんCBSOのコンサートで指揮台に立つ山田さん

──今年4月、2026/27シーズンからベルリン・ドイツ交響楽団(DSO)の首席指揮者兼芸術監督に就任することが発表されました。どのようなお気持ちですか?

大変なことになりました。もちろんベルリン・フィルのデビューもものすごく大変なことなんだけれど、それはあくまで演奏会が一つあるということ。つまり演奏会を成功させることに集中すればいいんです。でもどこかのオーケストラの指揮者になるということは、1回の演奏会を成功させるだけではなくて、長い目で関わっていくということ。家族になるということでもあり、リーダーになるということでもある。指揮者は文字通り指し示す役割をしていて、100人の楽団員を引き連れて道案内をしなければいけないんです。道が二つに分かれていたら、どちらかを選ばなければならない。選んだ先にがけがあって、みんな死んじゃうかもしれない。だから、責任も勇気も必要なんですね。

ドイツのオーケストラでの芸術監督は、初めてのポスト。恥ずかしながらドイツ語ができないので、オファーをもらったとき、率直に「ドイツ語できなきゃダメだよね?」って聞いて。そしたらDSOの方は「今のままでいい、今のあなたに来てほしいんだから」みたいに言ってくれたんです。うれしかったですね。それから自分や家族が生活しているベルリンに仕事場ができるのはとても幸運なことで、この業界では珍しいこと。かのカラヤンでさえベルリンではホテル住まいで、家はザルツブルクでしたからね。指揮者にとっても、それは新しい世界になるのかなと思います。

もちろん音楽が一番大事で、演奏会にはたくさんのお客さんに来てもらって、感動してもらうことが僕の仕事です。そのことに責任の重さを感じていて、果たして自分にできるのだろうかと……。でもこういった話を受けて頑張れるパワーは10年後にはきっともうなくて、今の40代半ばがラストチャンスだと思っています。

──最後に、山田さんが指揮者として大切にされていることを教えてください。

指揮者は、コミュニケーションを通じて音楽をつくっていく職業。オーケストラは指揮棒で動いているわけではなくて、棒を通じた指揮者の呼吸が伝わって動きます。何事も極度に緊張していたりすると、難しい場面ってありますよね。オーケストラは見透かす能力が高いから、取り繕うとしてもバレちゃうんです。だからこそ自分の心をオープンにして、呼吸が通っていることが大切だと思います。

一つのオーケストラに出会うということは、一度に100人の人に出会うわけで、そこから物語が始まります。どう展開されるのか全く決まっていない白紙の物語です。今回のベルリン・フィルとの物語も、どうなるのか本当に分かりません。もちろんデビューが良くなかったら、2回目はない。これまでも1回で終わってしまったオーケストラがたくさんあります。でもたとえ1回きりだとしても、あまり先を考えすぎず、精一杯今の自分で向き合っていきたいですね。

「指揮者の呼吸がみんなと共有できたとき、うまくいくんです」(山田さん)「指揮者の呼吸がみんなと共有できたとき、うまくいくんです」(山田さん)

ベルリン・フィルのコンサート情報

日時: 6月12日(木)20:00、13日(金)20:00、14日(土)19:00
※現地時間
会場: ベルリン・フィルハーモニー
指揮: 山田和樹
演奏: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
曲目: オットリーノ・レスピーギ 交響詩「ローマの噴水」
武満徹 ウォーター・ドリーミング
エマニュエル・パユ(フルート)
カミーユ・サン=サーンス
交響曲第3番ハ短調「オルガン付き」
セバスティアン・ハインドル(オルガン)
www.berliner-philharmoniker.de 14日はデジタル・コンサートホールでライブ配信予定!
詳しくはこちらから
 
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