ジャパンダイジェスト

坂本あゆみ 監督インタビュー 第64回 ベルリン国際映画祭 FIPRESCI受賞映画『FORMA』

日本映画界に新星が現れた。その人は、坂本あゆみ監督。長編デビュー作となる『FORMA』が、 第64回ベルリン国際映画祭にてFIPRESCI(国際批評家連盟賞、各部門から選出される特別賞)を受賞したのだ。過去のベルリン国際映画祭において、初監督作品が本賞を受賞したのは史上初。映画のタイトルとなったラテン語の"FORMA"という言葉は、「本質」という意味を持つ。 坂本監督は、人間が本質的に持っている悪意や心の闇を、現代日本に生きる女性2人を通して斬新な手法で描いた。映画祭での公開初日の翌日、自身の映画や人間観について、坂本監督がみずみずしい言葉で語ってくれた。(取材・文:中村真人)

Ayumi Sakamoto
坂本あゆみ
Ayumi Sakamoto

1981年2月16日生まれ。熊本県出身。高校卒業後、映画監督を目指し上京。塚本晋也監督の作品に多数参加し、演出・撮影・照明技術を学ぶ。その後、照明技師となり、様々な作品の光の演出を手掛ける。現在、映像作家として、ミュージックビデオやドキュメンタリー、ライブ、インスタレーションなどの映像を演出する。本作が長編初監督作品。

撮ることで、生きていることの罪悪感を浄化したい

ベルリンに来られたのは今回が初めてですか?

海外の映画祭に参加するのも、ベルリンに来たのも初めてです。今回の映画祭ではオープニング作品、そして大好きなラース・フォン・トリアー監督の『Nymphomaniac』を観ました。日本の映画館はいつも静かなので、ここでは雰囲気や熱気を肌で感じることができ、面白かったですね。メイン会場でのオープニングセレモニーにも参加させていただき、それはもう圧倒されるほど素晴らしい世界でした。

一方で、ベルリンの街はまだ少ししか見られていません。今回借りているアパートの近くをうろうろしたり、タクシーの中から『ベルリン・天使の詩』(ヴィム・ヴェンダース監督)に出てくる女神像を見上げたり、(ユダヤ人犠牲者を慰霊する)つまずきの石のところを通ったり……。

今回、ベルリン国際映画祭のフォーラム部門に出品された『FORMA』は、昨夜が初上映でした。観客の反応はいかがでしたか?

実は本当に緊張していて、心ここにあらずというか、気が気でなかったんです(笑)。上映後にQ&Aも控えていましたから。日本ではなかったところで笑いが起きることが何度かありましたが、皆さん淡々とじっくり観てくださっているようには感じました。

FORMA

最後のQ&Aでは多くの質問が出ましたね。

質問の内容は、日本で受けるものと大差はありませんでした。「こんなに不幸なのが日本なのですか?日本のOLってこうなんですか?」といった質問を受けましたが、反対に私が別の国の不幸な人々を描いた映画を観ても、それがその国のすべてだとは考えないと思うんです。私は、人間の根本的な姿というのは変わらないと思っているのですが、社会のある部分を切り取って忠実に再現することを追求したので、そういう質問が出てきたのは、逆にリアルに描けたからではないかとプラスに考えています。

本作は完成までに、実に6年掛かったとうかがっています。

まず4年程掛けて、別の撮影の仕事の合間に脚本家の仁志原了さんと一緒に脚本を作りました。2011年にこの映画の撮影をし、そこから編集作業を別の仕事の合間に少しずつ行いました。その後、体調を崩してしばらく作業を休んだ時期もありましたが、最終的に13年1月に完成披露となり、撮影から2年経って、ようやく皆さんにお見せすることができました。

映画監督になるまでの道のりを聞かせてください。

高校卒業後、映画監督を目指して熊本から上京し、塚本晋也監督のスタッフとして何作品かの制作に参加させていただきました。映画作りについて監督から直接得たものは大きいですね。

もう1つ、自分にとって大変ラッキーだったのは、プロデューサーの谷中史幸さんと出会えたことです。初めて台本を見せたときは、私自身の映画を撮る態勢が熟しておらず、撮らせてもらえませんでしたが、谷中さんの判断でOKが出た後は、自由にやらせてもらえました。芸術性、作家性を大事にしてくださったのです。こういうケースは稀だと思います。デビューしたいという人はたくさんいると思いますが、日本では若手の監督に対する支援がありません。商業性の強いプロデューサーの下では、どうしても様々な制約があり、自分が本当に撮りたいものとの折り合いを付けていくのが大変です。もちろん自分の気持ちは大切ですが、プロデューサーの存在は大きいと思いました。

坂本あゆみ監督(右)と谷中史幸プロデューサー
映画『FORMA』の坂本あゆみ監督(右)と谷中史幸プロデューサー

『FORMA』を撮影した際のエピソードを1つ教えてください。

実は、ラストシーンは別の設定を考えていました。撮影最終日の前日の深夜になって、谷中さんがそのことを根本から問うような意見を伝えてきたんです。「今ですか!?」と、私は唖然としました(笑)。眠れずにずっとそのことを考えていたのですが、翌朝現場に立って何テイクか撮っているうちに、自然とラストシーンが見えたというか、映画自体がラストシーンを作ったという瞬間が生まれたんです。スタッフ全員がそう感じたと思います。結果的に当初考えていた設定とは違うものになりました。様々なタイプの監督がいると思いますが、私はいかに芝居が"リアルな現実"になるかを目指していて、その集大成がラストシーンに向かったという感じです。

なぜ、この作品のタイトルが示す「人間の本質」や「心の闇」というテーマに取り組もうと思ったのですか?

私が映画を撮る理由の1つに「罪悪感」があります。生きていることに対して、すごく罪悪感があるのです。肉を食べたり、他人を傷つけたりと、人は生きているだけで加害者の立場からどうしても逃れられない。ものすごく人類を憎んでいるんです。殺し合ったり、睨み合ったり、動物をいじめたり……。かといって自分は完全な菜食主義者ではないし、いろいろな犠牲を生み出すことから逃れられない。自分もそのような人類に属するということの罪悪感ですね。それを浄化したいという気持ちが、何かを撮り、表現する行為に繋がっています。でも、憎んでいる反面、愛してもいるので、そのバランスを取るのは自分にとって難しい。この矛盾した気持ちを映画に投影できたら良いなと思います。

人物の造形で心掛けたことは?

大まかに言うと、多面的、客観的に描くようにしました。1人の主人公で押し切るのではなく、リアリティーの追及も含めて、いろいろな場面から切り取っていく話にしたいと思いました。多くの映画では、重要な登場人物が冒頭で説明されてから始まりますが、実際の日常生活では突然会う人っていますよね。それが映画の中で起きたら面白いなと思いましたし、説明ばかりしている映画に対しての反抗心も少しありました。

その意味では、観客の多くが意表を突かれ、ストーリーの中で重要な鍵を握っているのが長田修という役柄だったと思います。

多面的に描くに当たって、長田役は最初の構成の段階から決まっていました。突然、変な男が現れるという……。長田役のノゾエ征爾さんは普通の人と変な人の境目すれすれのところを絶妙に演じてくださいましたね。撮影の前にいろいろな話をして、人物を固めていく上で決めた結果ですが、素晴らしい演技をしてくださり、助けられました。主人公の女性2人の芝居もレベルが高く、リアルに演じてくださいました。

この映画でもう1つ特徴的だったのが、カメラを固定しての長撮りです。特にクライマックス・シーンは圧巻でした。

シーンを短くしてしまうと、どうしても「説明」になってしまうんです。私は説明をしたいのではなく、その人物の裏にある想いを描きたかった。例えば公園のシーンでは、子どもの頃はただ楽しい遊び場だった公園が大人になったら楽しめなくなったり、ブランコに乗っている2人がやがて悲劇を迎えてしまうなど、様々な感情や不可避の運命が凝縮されていると思うのですが、短くしてしまうと「公園にいた」という事実にしかなりません。人によっては長いと感じるでしょうし、それも理解できますが、私にとってはどうしてもあの長い尺が必要だったんです。観客の皆さんには、多分ボディーブローのように効いているとは思います。ありがたいことに、作品の長さは最初から気にせず作っていました。

綾子(梅野渚)が頭にダンボールを被る冒頭のシーンについて、「日本の何かの習慣なのですか?」と質問した観客がいました(笑)。

冒頭のシーンは最初の構成にはありませんでした。まず綾子の心の闇を抽象的に表したいと漠然と考えていたのですが、ある日、そのアイデアを仁志原さんが持ってきて、すぐには受け入れられなかったのですが、考えていくうちに自分の中で納得することができました。実は、安部公房の『箱男』へのオマージュも少し入っています。スタッフの間では、あのシーンを「箱女」と呼んでいました(笑)。

FORMA

坂本監督は、塚本晋也監督の下で学ばれました。特に影響を受けた監督、また好きな映画監督を何人か挙げていただけますか?

やはり、まず塚本監督ですね。塚本監督がいたから今の自分があると言っても過言ではありません。崇拝し、尊敬しています。パワーに溢れ、「芸術家とはこうあるべきだ」という鏡のような存在です。作風は全く異なりますが、ものを作る人としては、彼から大きな影響を受けました。

作風で影響を受けたとなると、イランのアッバス・キアロスタミ監督でしょうか。日常を決して劇的に描かないというか、「でも日常的なことこそ、実はドラマチックなのだ」というようなことを描いています。初めてイラン映画を観たときの衝撃は、ものすごかったですね。同監督が脚本を書いた『鍵』という作品で、部屋の中で少年が鍵を探すというだけの内容なんです。それまで映画には起承転結があるものだと思っていたので、ただ鍵を探すだけで成立している映画があることに驚きました。高校を卒業した頃、実際にイランに行きたいと思いましたよ。こういう風に映画を撮る国ってどんなところだろうと思ったし、とにかく憧れていました。まだ実現していないですが、いつか行ってみたいですね。

もう1人映画監督を挙げるとしたら?

1人ではなく、たくさん挙げてもいいですか?(笑)。好きな監督の名前を挙げるのは、それだけで楽しいので。ギリシャのテオ・アンゲロプロス監督とポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督です。実は『FORMA』の中にもキェシロフスキ監督へのオマージュがあります。父親役の光石研さんがテレビのスポーツニュースを観ているシーンで、「キェシロフスキ」 が水泳競技の選手名として出てくるんです。まだ誰にも気付かれていませんよ(笑)。あとはラース・フォン・トリアー監督、オーストリアのミヒャエル・ハネケ監督ですね。映画の由香里(松岡恵望子)の部屋は実は私のアパートなのですが、ハネケのDVDボックスが置いてあります(笑)。

最後に、今後の目標を教えてください。

私の主題は、これからもずっと変わらないと思います。人間の偽善、原罪(人が生まれ持ったどうしても 逃れられない罪)、罪深さ。そういうことをもっともっと追求して描き続けていきたいです。またベルリンにも戻って来たいですね。これがスタートラインなので、怠らずに精進していきたいと思います。


『FORMA』あらすじ

ある日、金城綾子は同級生だった保坂由香里と再会する。綾子は由香里を自分の会社に誘い、由香里は綾子の会社で働くようになる。しかし、綾子は徐々に由香里に冷たくなり、奇妙な態度を取り始める。次第に追い詰められていく由香里。綾子には、ある想いがあった。積み重なった憎しみが、綾子の心の闇を深くする。その想いを確認するため、綾子は由香里を呼び出す。交錯する、それぞれの想い……。そして憎しみの連鎖は、どのような結末を迎えようとしているのか。

『FORMA』作品情報

監督・原案:坂本あゆみ
プロデューサー:谷中史幸
脚本:仁志原了
撮影監督:山田真也
ギャファー:竹本勝幸
録音:高橋勝
キャスティング・ディレクター:奏太
キャスト:松岡恵望子、梅野渚、ノゾエ征爾、光石研

2013年 / 日本 / 145分 / ステレオ / ©kukuru inc. /
配給: kukuru(株)
公式ホームページ:http://forma-movie.com/jp/
日本公開:2014年予定

 
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