ジャパンダイジェスト

世界を動かすビジネスリーダーに聞く!ドイツ発グローバル時代を生き抜くチカラ

海外進出が、大企業だけではなく、中小企業や個人にとっても必要不可欠な選択肢となっている時代。欧州の中心部に位置する地の利を活かして、ドイツを活躍の拠点としているビジネスパーソンが見いだした海外での挑戦の意義や魅力とは?


第20回

本の国ドイツで日系出版業に挑む
まほろば社 編集者

まほろば社 編集者溝口真帆氏
Mizoguchi Maho

プロフィール


雑誌編集者として講談社に約10年勤務した後、2014年に渡独。ミュンヘンを拠点にフリーランス編集者として活動する。2017年にまほろば社(MahorobaVerlag)を立ち上げた。著書に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。www.mahoroba.de

もし故郷の味をドイツでもっと手軽に食べられたら……。2017年、そんな願いを叶えてくれる1冊の本が出版された。レシピ本『ドイツで楽しむ日本の家ごはん』を作ったのは、ミュンヘンのまほろば社という産声を上げたばかりの出版社。言わずと知れた本の国ドイツで出版業に挑戦する、同社編集者の溝口真帆氏にその熱い思いを聞いた。

まずは挑戦してみるチカラ

2014年、結婚を機に東京からミュンヘンに移り住んだ溝口さん。それまで10年務めた出版社を退職し、渡独と同時にフリーランサーになった。「フリーの編集者として働き続けたいと思う一方で、日本の作家さんの本をドイツの人に読んでもらいたいという強い思いがありました。そこで、まずはエージェントの仕事にもトライすることに」

エージェントの仕事は、日本の本をドイツへ、ドイツの本を日本へと売り込むこと。同じ出版業界といえども、それまで編集者として腕を磨いてきた溝口さんにとって、初めてのことだらけだった。「コネクションもノウハウもなくドイツ語も不十分で、なかなか結果を出せませんでした。それにエージェントは仲介するだけで、翻訳家や装丁を決めるのは出版社の仕事。熱心な編集者を探すのも大変で、これでは理想的な形で本が出せないこともあると気づいたんです。だったら自分でやろうと思い、出版社を立ち上げるという夢ができて。ただ、すぐに始めるのは非現実的なので、そのまま試行錯誤を続けていました」

誘いに乗っかるチカラ

それから2〜3年が経ち、出版社を始めるチャンスは思いがけないところからやってきた。「ツイッター上に、ドイツに住む日本人同士のゆるいつながりがあって。ある日のツイッターで、魚の干物や納豆作り、『メットヴルストはねぎとろ風に食べられる』といったアイデアで幾人かで盛り上がり、そういったレシピがまとまった本があればいいのにね、という話になりました。私はその会話には加わっていなかったのですが、もしこれを本にするなら編集者はミュンヘンの溝口さんだね、ということで、すぐに連絡が来て」

その日すぐに専用のチャットができ、編集者、カメラマン、漫画家……など、その道のプロとしてドイツで働く日本人同士でブレインストーミングが始まった。「本作りに必要なメンバーが奇跡的に揃っていて、レシピ本以外にもこんなことができるんじゃないか、などさまざまなアイデアが出ました。そこで、本を出すなら母体があったほうが良いので、実は出版社をやりたいと思っていたという話をしたんです。そしたら皆さん、すぐに乗ってくださって。そうして誕生したのがまほろば社でした。まほろば社はフリーランスの人が集まって、自分のできることをできるときに、というスタイルでそれぞれ仕事をしています。ただし、ミュンヘン、ベルリン、フランクフルトなど、住んでいる場所はバラバラ。実際に全員で集まったのはたった2回で、基本的にはチャットでのやり取りだったため、できるだけ丁寧なコミュニケーションを心掛けました」

自分のペースを保つチカラ

ドイツで楽しむ日本の家ごはん
『ドイツで楽しむ日本の家ごはん』(まほろば社)には、
ドイツで手に入る食材で作れる和食レシピが満載。
公式ウェブサイトで購入可

そうして1年かけて本が完成し、早速インターネットや日系のお店で販売されるようになった。「メンバーに恵まれ、本づくりはスムーズにいきました。問題はどうやってさらに売っていくか。ドイツの一般的な流通に乗せることはまだ難しいので、安定した販売ルートを拡大する方法を日々模索中です。けれど、こうして挑戦することは楽しい部分でもあると感じています。また読者から、ドイツの暮らしにちょっと疲れてしまった人を支えてくれる本だ、という声も寄せられました。まさにまほろば社が目指していることなので、とてもうれしかったですね」

その後、同書のドイツ語版も出版し、ドイツ人の読者もできたという。さらに、日本の作家による絵本も出版。「今後、まほろば社は二本柱になっていくだろうと考えています。1つは在独邦人の役に立つ実用書を出すこと。あまり部数は多くないかもしれませんが、読者に深く届く本をシリーズ化していきたいです。もう1つはドイツで知られていない日本作家の本を、質の高い翻訳と装丁で出版すること。いずれ書店にもコンスタントに並ぶようにすることが目標です。まずは続けることが大事なので、あきらめずにやっていけたら」 ビジネスが軌道に乗るまで、しばらくはまほろば社とフリーランス編集者の二足の草鞋で、徐々に出版業へ比重を移していくという溝口さん。自身のペースを保ちつつも、その揺るがない思いで、今後さらに多くの本をドイツに住む日独の読者に届けていくのだろう。

 
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