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ミュンヘン・インターナショナル・スクール
Fr. 24. Nov. 2017

世界を動かすビジネスリーダーに聞く!ドイツ発グローバル時代を生き抜くチカラ

海外進出が、大企業だけではなく、中小企業や個人にとっても必要不可欠な選択肢となっている時代。欧州の中心部に位置する地の利を活かして、ドイツを活躍の拠点としているビジネスパーソンが見いだした海外での挑戦の意義や魅力とは?

第4回

データ分析サービスで世界市場に挑戦
プルデンシア・マーケティング・リサーチ代表

湯川 久美子湯川 久美子
Dr. Kumiko Gnibba-Yukawa

プロフィール


1970年生まれ。武蔵工業大学工学部電子通信工学科 中途退学(3年後期)。1993年渡独。ビーレフェルト大学経済学部経営学科卒業。コンサルティング会社 KPMG に戦略コンサルタントとして入社。FBC ビジネス・コンサルティング社と提携し、欧州市場調査のフリーのプロジェクトマネージャーとして活動しながら、博士論文を執筆し、ビーレフェルト大学経済学博士号を取得。2007年 Prudentia Marketing Research Ltd.
を共同設立。

VWの排ガス不正、難民問題、英国EU離脱、世界経済を揺るがすような大事件が続発している欧州。その中心に位置するドイツで、日系企業もまた難しい舵取りを迫られている。そんな変化と成長に富んだ市場を、データ分析によって可視化し、クライアントのビジネスを支えるのがプルデンシア・マーケティング・リサーチ代表、湯川久美子さん。

道を切り開くチカラ

ドイツのビーレフェルト大学で経済学博士号を取得した後、得意とするデータ分析力を武器に、市場調査や知的財産権関連の案件のサポートをする会社プルデンシア・マーケティング・リサーチを起こしたのが2007年のこと。「誰にも反対されずに拍子抜けしました。反対されているのには慣れているのに」と、当時を振り返った湯川さんは笑う。

漠然とした海外への憧れから、ペンフレンドの住む英国へ一人旅に出ようとして、親に反対された高校時代。アルバイトをして貯めたお金で格安チケットを購入し、強行突破。女子高生はアエロフロートに乗り込み、ソ連(当時)経由で英国に降り立った。「初めての共産圏でのカルチャーショックが大きかったので、英国滞在は快適そのもの」だったそうだ。

日本の製造業が世界に羽ばたいたバブル絶頂期。ならばと、高校は外国語科だったが、工学部を受ける決意をし、周囲を驚かせる。男子学生ばかりの教室で、成績優秀者として一目置かれる存在になるも、突然、大学を中途退学する。「大学を辞めようと思ったのは、3年の後期でした。もう単位は取得していたし、卒業できることは分かっていたので、それを証明する必要はないと思ったのです」。大学側から猛反対されたその決断を、「若気の至り」と一言でまとめることもできるかもしれない。しかし、「大学後の進路、その後の安定した人生までレールが見えた気がして、そのレールを走るより、自分でレールを敷きたい」と、未踏の道を自分で切り開こうとする強い意志が、今の湯川さんを形作っている。

自分の武器を見極め、磨くチカラ

大学を辞めた湯川さんは、海外の大学への留学を次の目標に定めた。英語圏は大学の授業料が高いからと排除。貯金とアルバイトで留学生活を送れる魅力的な国・・・・・・という条件にマッチしたのがドイツだった。10カ月間日本でドイツ語を学び、大学入学の前提条件を満たした。「ドイツ語が得意じゃなくても、数式を見れば意味が分かるので」、数学的なアプローチをするというビーレフェルトの経営学科を志願し、渡独から2カ月で入学許可を得る。「受験勉強を経験している日本人は、試験勉強には慣れているから」と、戦略的に学期末試験に臨み、学友と議論を交わす有意義な大学生活を送るが、留学生活が大変でないわけがない。「何度も(大学を)辞めちゃおうかと思いました」「でも、日本で中退しているので、ここで頑張るしかない。投げ出したらだめだ」と自分を鼓舞。「それ(大学中退)がなかったら、卒業できなかったかもしれない」と、大学中退という過去は糧となった。

自分でレールを敷くために留学したドイツ。「大学生活は本当に自由でしたが、どの業界の、どの分野を自分の専門にするかで、日本よりももっと狭いレールが敷かれる」ことになる。職業が細分化されているドイツ社会では、スペシャリストが尊重されるのだ。修士課程でオペレーションズ・リサーチを専攻した湯川さんは卒業後、自分の専門分野を生かそうとコンサルタント会社に入社。しかし、ここで任されたのは日本企業へのアプローチ。必要なのは、数学的なアプローチではなく、正しい敬語と日本的ビジネス習慣。丸5年間、日本に帰らずにいた湯川さんは、「日本企業と関わる仕事をしたいけれど、これは出直さないとだめだ」と退職。悔しい思いをバネに博士課程に進学し、論文を執筆。その傍らで、「ビジネスマナーや敬語を学びなおし」、フリーランサーとして市場調査の仕事を始め、データ分析という武器に磨きをかける。

歩む道のりを楽しむチカラ

湯川さんとラインホルト・デッカー教授
湯川さんと、恩師(Doktorvater)であるビーレフェルト
大学のラインホルト・デッカー教授(副学長、経営学者)。
手にしているのは共著した論文が掲載された雑誌。

起業してから、もうすぐ10年。多くの企業のサポートをしてきた湯川さんだが、「こういう海外進出サービスのようなものが、無くなれば一番良いと思っている」。それは、時に遠回りをして、人とは違う道を進みながら、自分なりの「成功の型」を模索してきた湯川さん自身が、自分の肌で感じ取る情報の大切さを実感しているから。「全ての道はローマに通ず」、湯川さんも世界市場への進出を目指して再び道を探し、道がなければ自分で新しい道を開拓するという挑戦の最中にいる。「自分の得意分野を生かせて、世界市場をターゲットにできるニッチ分野について、気分が悪くなるほど考えています」。目下、取り組んでいるのは知的財産権分野のデータを元にした分析サービスやマッチング。

これから海外へ挑戦しようとするならば、「強みは日本で作るべき」と湯川さんは言う。「これ」という専門性や武器があれば、語学が出来なくても世界に通用する。市場としてのドイツの魅力については、「流動的だけど、目が離せない市場」と分析。「移民の増加や難民問題もありますが、彼らが成功しようと思ったら起業するのが一番」。欧州におけるドイツの影響力は相対的に増し、新しいものが生まれる場所になる可能性もある。悲観されがちな欧州だが、「プルデンシア(ラテン語:先見の明)」の湯川さんの分析は、未来への可能性に開かれている。「目的に辿り着くまでの道の方も楽しんでいるのかもしれませんね」と、最後に自己分析した。

 
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