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水間 博明水間 博明   HIROAKI MIZUMA
ファゴット奏者、指揮者、作曲家

1982年に京都市立芸術大学卒業後、渡独。83年、デトモルト音楽大学卒業。同年から2年間、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の「カラヤン・アカデミー」で研鑽を積み、同団と数多くの共演をこなす。96年、マーストリヒト音楽大学大学院指揮科を首席で卒業。88年からケルン放送管弦楽団の首席ファゴット奏者。98年から作曲活動を開始。現在は同団の首席オーボエ奏者、吉田智晴、首席クラリネット奏者アンディ・マイルスと共に木管トリオ「トリオ・ダンシュ・デ・コロン(TRIO D'ANCHES DE COLOGNE)」の活動も展開中。www.triodecologne.com

これまでに挑戦したことのない楽器はホルンとオーボエくらいのもの、という無類の楽器愛好家の水間さん。音楽の道に入られたきっかけは何ですか?

実家の5件隣りの郵便屋さんが趣味でハーモニカを教えていて、そこに6歳頃から習いに行っていたんです。その方がすごく丁寧に教えてくれたので、音楽が大好きになりました。その後、小学4年生で地元の合唱団に入り、中学ではそれまでなかった吹奏楽部を立ち上げてトランペットを吹きました。高校に入ってからはクラリネットを始めたのですが、1年も経たないうちに先輩より上達してしまってね。それでも先輩は威張っているから、面白くないなと思って辞めました。そうしたらある日、廊下で吹奏楽部の先生とすれ違い、「ファゴットを吹かせてやるから戻ってこい」と言われて。それで始めたら、病み付きになってしまったんです。

クラリネットは吹けば大体当たりの音が出るけれど、ファゴットは全然当たらない。ちょっとした口のバランスと呼吸の使い方が音を左右する。これは難しいけれどやりがいのある、面白い楽器だと思いました。

大学卒業後、ドイツで音楽を続けようと思われたのはなぜですか?

元々、芸術大学に入った理由は音楽の先生になりたかったからなんです。それまで情熱的な良い先生ばかりに恵まれていたので、自分もそんな先生たちに憧れて。しかし大学2 年生の頃から、やはり芸大に入ったからにはプロになりたいという野心が出てきましてね。そこで、やはりオーケストラ数が多く就職率も高い、さらにはクラシック音楽の本場でもあるという理由で、ドイツに決めました。

世界最高峰のオーケストラの1つ、ベルリン・フィルとの出会いは?

デトモルトでの教育があまり納得できるものではなかったので、ベルリン・フィルのコンサートを聴きに行き、その場でレッスンを申し込みました。そうしたら翌日来るよう指示され、当日、試しに10分ほど演奏すると、その場で「ベルリンで練習する気はあるかね?」と聞かれました。その翌日にベルリン・フィルの首席演奏者たちが見守る中でテストを受け、5分も演奏しないうちに合格を言い渡されたんです。本当に良いチャンスをいただきました。

ベルリン・フィルとの共演、そしてカラヤンの印象はいかがでしたか?

ベルリン・フィルでは、すべてが別格です。一般のオーケストラでは、団員が集まるとざわついてしまうのですが、ベルリン・フィルの人々が集まると、場の空気が精妙になります。さらにカラヤンが来るとみんな学校の生徒になったようにびしっと姿勢を正し、彼が小言を言うと「ヤ-(Ja)!」と元気に返事をします。さらにカラヤンが指揮棒を振る時、そこから出てくる音は本当に重厚です。地響きがして、鳥肌が立つほどです。感動で涙が出てきて、楽譜が読めなくなるんですよ。彼とは、一緒にブラームスの交響曲第3 番やローエングリンなどの楽曲を演奏しましたが、その度に「生きてて良かった!」と思いました。

プロのファゴット奏者になった後、指揮、作曲と、さらに活動の幅を広げられていますね。

音楽を追求すればするほど、大きなことをやりたくなり、指揮者はオーケストラの中で最もやりがいのあるポジションだと思ってね。まずはファゴット奏者として自立し、時間に余裕ができたら指揮を勉強してみようと考えました。そしてプロの楽団に所属し、30歳になった頃から真剣に学校を探しました。その当時、所属するケルンの楽団に、マーストリヒト音楽大学のヤン・ストゥーレン学長が指揮を振りに来ていたので、彼に頼んで試験をしてもらい、見事合格。そこでのレッスンはとても楽しく、最後にはプロの楽団も振らせてもらいました。

でもその後、実は指揮より作曲の方が楽しいということを発見してしまったのです。指揮は完成した楽曲を基に振るけれど、作曲はすべて自分の心の中から出るものを表現するので、その時の心の状態がそのまま反映されるところが面白くて。

日本の民謡や祭りのお囃子を想起させる曲を手掛けていらっしゃいますが、作曲する際には日本を意識していますか?

そうですね。日本の曲が好きですし、和の旋律とハーモニーを使ってヨーロッパで演奏することで、日本の文化をヨーロッパに紹介したいという思いもありますから。ただ今は木管トリオを中心に活動しているので、作曲はお休みして編曲に重点を置いています。


木管トリオ「トリオ・ダンシュ・デ・コロン」。
左から吉田さん、水間さん、マイルスさん

その「木管トリオ」について教えてください。

まず、所属オーケストラの中でアンサンブルをしてみたいと思い、木管五重奏を考え付きました。ただ、オーボエとクラリネットはすぐに決まったのですが、ホルンとフルートは適当な奏者が見付からなくて、結局3人でトリオを組むことにしたんです。レベルが高い仲間なので、完璧なハーモニーができるのではないかと期待し、一度録音してみることに。そして自分たちの音楽と世界的に有名なトリオのものを聴き比べてみると、自分で言うのもおかしいですが、彼らより上手かったんです! それでCDを作り始めました。

トリオの演奏会をすると、3分の1くらいのお客さんがCD を買ってくれます。普通は観客数の10分の1程度売れたら良い方と言われるので、皆さんが私たちの音楽に満足してくださっているんだな、ということがよくわかりました。それで活動の幅を広げようという話になり、今では毎年、日本で演奏旅行をしています。でも、トリオの主な活動はCD制作。この先4、5年くらいはトリオの活動を続け、CDをあと10枚くらい作りたいと思っています。

水間さんにとって、音楽の醍醐味とは何ですか?

音楽にはゴールがありません。追求すれば必ず答えが見付かり、そこからさらに疑問が沸いてきて、また追求する。これが醍醐味ですね。常に自分の音楽に批判的に、妥協を許さず、反省と努力を重ねて自分の心を磨いていけば、必ず良い音楽が生まれると思います。そこで大切なのは、どれだけ純粋な気持ちで音楽を愛し続けられるかということです。

将来的には、音楽を介して聴く人と幸せを分かち合いたいと思います。自分の音楽でいかに多くの人を幸せにできるか、それが目標です。

これからも愛情たっぷりの音楽を通して、幸せの輪を広げていってください! ありがとうございました。

インタビュー・構成:編集部 林 康子

「トリオ・ダンシュ・デ・コロン」コンサート情報

日時:2010年11月19日(金)19:30~
曲目:モーツァルト「キラキラ星変奏曲」、
   バッハ「インヴェンション・シンフォニア」、
   三上次郎「秋の序奏」など
料金:12ユーロ
場所:Palais Wittgenstein
   Bilker Straße 7-9, 40213 Düsseldorf
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