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ロンドンのゲストハウス
Fr. 13. Dez. 2019

サッカー大国の現場の最前線でドイツサッカーを支える日本人

サッカー王国ドイツ。この国で活躍する日本人選手に対する注目は、年を追うごとに膨らんでいる。そして、ドイツに挑戦の機会を求めてやってくる日本人の数もまたしかり。ここでは、生活の中にサッカーが根付くこの国で、選手というあり方以外で、ドイツサッカーを支える日本人にスポットライトを当てる。彼らの目から見たドイツサッカーのリアルとは。そして、彼らがドイツサッカーに魅了される理由とは……?

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治療院 Rigatoa Germany 院長
吉崎 正嗣 Masatsugu Yoshizaki

吉崎 正嗣さん

サッカークラブには、選手が最高のパフォーマンスを発揮できるようコンディションを整え、フィジカル面の様々なトラブルに対してケアを行うスタッフがいる。「スポーツ(アスレチック)トレーナー」「メディカルスタッフ」などと呼ばれる彼らは、ときにマッサージや鍼灸によって肉体の疲労を軽減させて故障を未然に防止し、またあるときは選手のフィジカルコンディションを上げるためのトレーニングメニューを組む。試合や練習中に負傷者が出てしまった場合は応急措置を行い、ドクターと連携してその後のリハビリをサポートしたりするなど、その役割は多岐にわたっている。

吉崎正嗣はこれまで、Jリーグの複数のクラブにスポーツトレーナーとして勤務し、日本サッカーの最前線で選手たちのパフォーマンスを支えてきた。サッカーは、膝や足首を酷使するスポーツで、長年現役を続けている選手は誰しも身体のどこかに痛みを抱え、その痛みと戦いながら日々ピッチに立っている。吉崎はそんな選手たちの拠り所となり、彼らの肉体的ダメージを和らげ、戦いの場へと再び戻っていくための精神的エネルギーを与え続けてきた。

そして吉崎は現在、デュッセルドルフの地で欧州で奮闘する選手たちの戦いを支えている。

吉崎のトレーナーとしてのキャリアは鹿島で始まった。中京大学を卒業した吉崎は、はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得し、鹿島アントラーズにトレーナーを派遣していた治療院で勤めるようになる。

「もともとは教員を目指していたんです。でもいつからか、世界を相手に戦うトップアスリートをサポートする仕事に就きたいと思うようになりました。トレーナーは経験と腕がものをいう専門職。一つのことをコツコツと積み上げていく自分の性に合っていました」

アントラーズでトレーナーとしての基礎を学んだ吉崎はその後、治療院の上司だった冨田友也氏に誘われ、同氏が立ち上げた株式会社リガトアに入社。ザスパ草津(現・ザスパクサツ群馬)、東京ヴェルディなどのトレーナーを歴任し、実直な人間性と確かな腕でJリーガーたちの信頼を勝ち取って行った。

そんな吉崎に転機が訪れたのは、2013年。リガトアがデュッセルドルフにクリニックを開設することになったのだ。きっかけは、ブンデスリーガでプレーする日本代表選手の「ドイツにも日本人のトレーナーがいてくれたらいいのに」という何気ない一言だった。

情報を集めてみると、日本とドイツでは身体のケアの考え方や手法に大きな違いがあることが分かった。例えば、ドイツの選手は日本人選手のようにウォーミングアップやクールダウンを念入りに行わない。練習後は、ストレッチもせずにさっと切り上げてしまう。マッサージについても、日本では筋肉が凝り固まっている部位に深く指を入れ、揉みほぐしていくのが通常であるのに対し、欧州のトレーナーはオイルを身体に浸透させることを重視して、皮膚の表面を撫でるようなマッサージを行う。こうしたギャップに多くの日本人選手が戸惑いを感じており、中には万全のケアを受けるために、わざわざ日本からトレーナーに来てもらう例もあったという。

2012年の冬、冨田氏に「ドイツに事務所を開こうと思うが、行ってくれるか?」と聞かれた吉崎は、「行かせていただきます」と即答した。 もちろん、彼を頼る日本国内の選手たちを置いていくことになる。それに対しては申し訳なさを感じたが、一方で日本流のケアがサッカーの本場欧州でどこまで通用するのか試してみたいという思いがあった。そして何より、世界で戦うアスリートをサポートするという自分の夢にいよいよ近づくことができるという高揚感が吉崎の背中を押した。

ドイツに渡ってすぐは、右も左も分からず試行錯誤の毎日だった。周辺国も含め、Jリーグ時代から吉崎の腕を信頼している選手も何人かはいたものの、クリニックの維持運営費を考えればそれだけでは心許ない。しかし、施術を行えるのが吉崎一人しかいないことを考えると、宣伝広告を派手に打って手を広げ過ぎれば、大切にすべきお客様に対するサポートが万全でなくなる恐れがある。

そこで吉崎は、アスリートではない一般の顧客からの施術依頼も受け付ける一方で、自分を信頼して任せてくれている選手を徹底的にサポートしようと決めた。選手の中には身体のケアにそれほど熱心でない選手もいるが、アスリートにとって身体のケアがどれほど大切か、ときには治療用ベッドを抱えて出向いてケアの重要性を説き、身体で実感してもらった。

こうした吉崎の熱意と真剣さが目に留まったのだろう。ヘルタ・ベルリンに出向いたある日、同クラブに所属するコートジボワール代表選手であるサロモン・カルーが「俺にもマッサージをしてほしい」と言ってきた。当時ドイツや英語がそれほど得意でなかった吉崎にとっては、まさに自分の腕だけが頼りだった。もちろん自信はあった。その一方で「日本流のマッサージが欧州のトップリーグでプレーする外国人選手に受け入れられるのか?」と半信半疑な想いも抱えていた。しかし、彼の心配は施術後のカルーの言葉によって杞憂に終わる。

「とても良かったよ。それで、来週はいつ来るんだい? いま予約するよ」

吉崎には、モットーにしていることがある。それは「身体のケアは心のケアでもある」ということだ。

スポーツトレーナーの仕事は、ただ単に身体を揉みほぐし、フィジカルコンディションを整えることだけではない。選手に安心感を与え、緊張感や疲労感から心身を開放させてあげることが大切なのだ。そのためには、腕の良さという技術的な要素もさることながら、選手が何を考え、どういった重圧やストレスを抱えているのかを読み取る洞察力と、緊張を和らげ、次の戦いに向けて心身のコンディションを高める、人間的な温かみと包容力が必要となる。

「もちろんトレーナーは万能ではありません」と吉崎は言う。「自身のコンディションに対する意識が高くない選手に無理強いをすることはできませんし、どんなにしっかりケアをしていても怪我を完全に防ぐことはできません。自分にできることは、選手に寄り添い、信頼されることだけです。『このトレーナーに任せれば大丈夫』と思ってもらえる関係を築くことができれば、後は自分がベストを尽くすだけですね」

吉崎がドイツに来て3年が経った。口コミもあってクリニックの評判は上々だ。アスリートからの要望も増え、吉崎は毎週のように出張に出掛ける多忙な日々を送っている。 「良いトレーナーは、身体だけでなく心にも触れるんです。その域にまで達するには、まだまだですが……。欧州の最前線で奮闘するアスリートの心身をサポートする仕事ができる自分は、本当に幸せ者ですよ」 そう言って笑う吉崎の眼もまた、世界を相手に戦う男の眼だった。

(文中敬称略)

 
柳田 佑介(やなぎだ・ゆうすけ)
公益財団法人日本サッカー協会登録仲介人
1977年チリ・サンティアゴ生まれ。東京大学法学部を卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)に入構。2008年株式会社ジャパン・スポーツ・プロモーション(JSP)に転職し、日本サッカー協会公認代理人資格を取得。2013年渡独、2015年には当地で独立し、フリーランスとして活動している。

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