Hanacell

森の墓地で出会った20世紀

Eメール 印刷

3月末の晴天の平日、シャルロッテンブルク地区に住む筆者の長年の知人、メヒティルトさんに連れられて近くのヘーア通り墓地に行くことになった。ここに眠る彼女の家族のお墓参りに加えて、著名人の墓を案内してくれるという。以前から約束していたことが、ロックダウン中に実現することになった。

ザウズーレン湖の周りに広がるヘーア通り墓地
ザウズーレン湖の周りに広がるヘーア通り墓地

奥に五輪競技場が見える入り口から敷地に入り、階段を降りて行くと、背の高いマツの木がそびえる並木道が続く。墓地というより森の中に紛れ込んだかのようだ。「この並木は後になって植えられたものだけど、向こうにオークやマツの巨木が見えるでしょう。あれはもともとここにあった森の古い木よ」。地図を見ると、墓地はグルーネヴァルトの森の北端にほぼ接している。さすがWaldfriedhof(森の墓地)という別称を持つだけのことはある。

メヒティルトさんの両親と、5年前に亡くなった夫のルートヴィヒさんのお墓の前に立った。ここは日本式に手を合わせてお参りをする。この墓地にはベルリン市の名誉墓が51もあることで知られる。まず案内されたのはクラウス&パウラ・ボンヘッファーの墓。著名な神学者ディートリヒ・ボンヘッファーの両親だ。長年プロテスタント教会で働いていたメヒティルトさんにとっても特別な人物だという。「彼はナチスに殺されたのでお墓がないの。それで私は、彼を生んだ母親を想ってボンヘッファーの生誕100年の誕生日にここへ友だちとお墓参りに来たことがあるのよ。後年バイロイト音楽祭(ワーグナーの作品上演で有名)に行ったら、休憩時間に政治家のクラウス・フォン・ドホナーニを見かけたので、『以前あなたのおばあさまを想ってお墓参りをしました』と話しかけたら喜んでくださって……」

ホルスト・ブッフホルツのお墓
ホルスト・ブッフホルツのお墓

人物関係をすぐに理解できなかったが、こういうことだ。ディートリヒの姉クリスティーネの結婚相手が、後に反ナチ抵抗運動に参加し、処刑されたハンス・フォン・ドホナーニ。彼らの息子である長男クラウス(1981~89年までハンブルク市長)と、世界的な指揮者となった次男クリストフ・フォン・ドホナーニにとっては、目の前に眠るパウラ・ボンヘッファーが祖母になる。

彼らの家系図や政治的立場、さらに愛好していた音楽をたどっていくだけでも、ドイツ史の深奥へと引き込まれていく想いがする。続いて、バリトン歌手のディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、ダダイストの画家ジョージ・グロス、1970年代にドイツ赤軍に殺害された弁護士のギュンター・フォン・ドレンクマン……。

俳優のホルスト・ブッフホルツの墓の前で、メヒティルトさんがポツリと言った。「この人は晩年とても貧しいなかで亡くなったの。この墓石もおそらく彼の家族が買ったものではないはずよ」。墓石に飾られた代表作である映画「ワン・ツー・スリー」の写真を見ながら、いろいろな人生があるものだと思う。彼らが歩んだ20世紀の激動の歴史とは対照的に、お墓はザウズーレン湖の畔で静かに佇んでいた。

インフォメーション

ヘーア通り墓地
Friedhof Heerstraße

シャルロッテンブルク地区にある市立墓地。1921年から24年にかけて当時の造園主任エルヴィン・バルトの設計により、この地区で最初の宗派を超えた墓地として生まれた。1936年のベルリン五輪に際して大きな変更が加えられ、例えば礼拝堂の高い屋根はスタジアムへの視界の邪魔になるという理由で平らにされた。

オープン:毎日7:00〜20:00(10〜3月は8:00〜18:00)
住所:Trakehner Allee 1, 14053 Berlin
電話番号:030-28471710

「ワン・ツー・スリー」
One, Two, Three

1961年に制作されたアメリカ映画。監督はヴィリー・ワイルダー。東西冷戦の真っ只中、コカ・コーラ社の西ベルリン支店長を軸に、本社の社長令嬢と、彼女と恋愛関係に陥る東ベルリンの共産主義者の若者(ホルスト・ブッフホルツ)が繰り広げるドタバタコメディー。壁で東西が分断される直前、ブッフホルツがオートバイに乗ってブランデンブルク門をくぐり抜けるシーンは象徴的だ。

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作

amazon 中村真人 書著