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ロンドンのゲストハウス
Mi. 17. Jul. 2019

リュプケ氏暗殺事件 - 極右による政治的テロの衝撃

シリアなどからの難民支援に前向きだったヘッセン州の地方自治体の責任者が自宅で殺害された事件は、ネオナチによる犯行である疑いが強まり、ドイツ社会に強い衝撃を与えている。

殺害されたヴァルター・リュプケ氏の葬儀がカッセルの教会で執り行われた殺害されたヴァルター・リュプケ氏の葬儀がカッセルの教会で執り行われた

「民主社会への挑戦」

ヴァルター・リュプケ氏(65歳)は、6月2日にカッセル区長ヴォルフスハーゲン市の自宅のテラスで頭部を銃で撃たれて殺害された。ヘッセン州警察の特捜本部は同氏の衣服のDNA鑑定を基に、カッセル市在住の45歳のドイツ人(シュテファン・E)を殺人の疑いで逮捕した。

カールスルーエの連邦検察庁は、「ドイツの民主主義体制を揺るがす悪質な政治テロの可能性がある」として、6月16日以降この事件を担当することを発表。連邦検察庁が捜査を引き継いだという事実は、この事件の重大性を示す。ドイツでは通常殺人、強盗などの暴力事件は地方検察庁が担当する。ただし極右・極左によるテロなど、政治的な背景を持ち、憲法と議会制民主主義に基づく国家の枠組みに影響を与える犯罪については、連邦検察庁が捜査する。検察庁は「銃を発射する音がした後、現場から急発進した車が2台あった」という証言があることから、Eの単独犯行ではなく共犯者がいる可能性についても捜査している。

容疑者は極右組織に深く関与

Eは1980年代から極右組織のメンバーと接点を持つ、筋金入りのネオナチだ。彼は20代の頃から外国人を標的とする犯罪を繰り返しており、その名前は過激勢力の監視を担当する連邦憲法擁護庁のデータバンクに登録されていた。

たとえば、Eは1992年にヴィ―スバーデン駅で外国人をナイフで刺して重傷を負わせたり、1993年にはヘッセン州の亡命申請者の居住施設の近くで爆弾テロを試みた。Eはパイプ爆弾を仕掛けた車に放火して外国人たちを殺傷しようとしたが、爆発物が炸裂する前に消火されたため未遂に終わった。Eはこの事件のために実刑判決を受けている。彼は極右政党・ドイツ国家民主党(NPD)に一時加盟していたほか、ヘッセン州の極右団体「コンバット18」とも接点があった。

ただし、2009年以降目立った活動をしていなかったため、憲法擁護庁は彼に注目していなかった。同庁は「ドイツには暴力的なネオナチが約1万3000人いる。全員を24時間監視することは不可能だ」と説明している。捜査当局は、Eが2009年以降もインターネットを通じてほかの極右勢力との結びつきを強め、思想を過激化させていったものと見ている。

被害者は難民支援に積極的だった

リュプケ氏暗殺事件の背景には、2015年の難民危機がある。同氏はキリスト教民主同盟(CDU)の党員で、1999年から10年間にわたってヘッセン州議会の議員を務めた。2015年にメルケル首相が超法規的措置として、シリア難民の受け入れを決めたとき、リュプケ氏はキリスト教徒の相互扶助の精神に基づき、難民受け入れを支持した。彼は同年10月14日にヘッセン州の難民居住施設で開かれた住民集会で、難民支援について理解を求めたが、会場にいた右翼グループ・カギーダ(ドレスデンで創設された右翼団体・欧州のイスラム化に反対する愛国者=ペギーダのカッセル支部)のメンバーから罵倒された。このときにリュプケ氏は「われわれの祖国ドイツは、住むに値する国だ。しかしここに住む場合、ドイツで重要な価値を守らなくてはならない。この価値を守りたくない者は、いつでもドイツから出て行って良い。これはすべてのドイツ人に与えられた自由だ」と反論した。

これ以降、リュプケ氏はソーシャルメディアの世界でネオナチの激しい攻撃に曝された。極右勢力が彼の発言を収録したビデオをFacebookに発表すると、リュプケ氏は、誹謗中傷するメールを300通以上送り付けられた。そのなかには殺害を予告するメールも含まれていたため、彼は一時警察官による警護を受けなくてはならなかった。極右勢力は、リュプケ氏を「裏切者」、「欧州のイスラム化と非民主化に加担する敵」と呼び、彼の自宅の住所と電話番号もネット上で公表した。

Eはネット上で、「現在の政権を駆逐しなければならない。さもなければ、死者が出るだろう」と発言していた。

ほかの自治体首長にも殺害予告

リュプケ氏の暗殺以降、ネット上では今回の事件を「当然の報い」と高く評価する極右勢力の書き込みが氾濫しているほか、難民支援に積極的なケルンのヘンリエッテ市長などほかの地方自治体幹部にも殺害予告のメールが送られている。多くの自治体関係者にとって、極右のヘイトスピーチや脅迫に曝されるのは日常茶飯事となっている。ドイツでは旧東独のネオナチ集団NSU(国家社会主義地下運動)が、2000年からの7年間に外国人9人・ドイツ人警察官1人を射殺したり、爆弾テロや強盗を繰り返したりするという事件が2011年に明らかになったばかり。

極右の暴力犯罪のエスカレートの背景には、右翼政党の躍進やネット上での難民、イスラム教徒、ユダヤ人に対するヘイトスピーチの拡散により、社会の粗暴化が進みつつあるという事実がある。ドイツ政府は社会の劣化、政治的暴力犯罪の増加に歯止めをかけることができるだろうか。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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