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メルツ政権成立から100日 政策に厳しい評価

キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)が連立し、メルツ首相(CDU)が率いる政権が誕生してから100日が過ぎた。経済学者の間ではこの政権の政局運営について批判的な意見が強い。

9月23日、ドイツ連邦議会第21期第26回本会議に出席したメルツ首相(CDU)9月23日、ドイツ連邦議会第21期第26回本会議に出席したメルツ首相(CDU)

2%の成長率を目指す

メルツ氏は野党時代から、経済政策、特に税制問題を得意とする政治家として知られてきた。彼は「過去の政権の政策の失敗のために、今ドイツは停滞している。私は、ドイツを再び尊敬される国に作り変える」と宣言して、最初の100日間にさまざまな政策を打ち出した。メルツ氏の目標の一つは、企業の競争力を強化することによって、マイナス成長から脱却することだ。ドイツの2023年の実質GDP成長率はマイナス0.9%、2024年もマイナス0.5%だった。今年の成長率は、トランプ関税の影響などにより0%と予想されている。メルツ氏は、さまざまな改革措置によって、同国の成長率を2%に回復させると述べている。

同氏が重視しているのが、公共投資だ。例えばメルツ氏は、政府にGDPの0.35%を超える財政赤字を禁止している債務ブレーキという憲法規定を改正し、国債でまかなう5000億ユーロ規模のインフラ特別予算を設置した。この予算を使って、鉄道、道路、橋梁、医療施設、病院、学校など老朽化したインフラを更新したり、デジタル化を促進したり、化学、鉄鋼業などの脱炭素化を実施したりする。メルツ氏は、「極力借金を避ける」という財政政策の原則を180度転換した。

例えばメルツ政権が発表した2025年度の連邦予算は5030億ユーロだが、その内23%にあたる1157億ユーロがインフラへの投資に充てられる。このうち、約46%が国債でカバーされる。さらに債務ブレーキの改正によって、GDPの1%を超える防衛支出については、無制限に国債を発行できるようにした。これによってドイツは、北大西洋条約機構(NATO)に対して約束した通り、2035年までに防衛支出の対GDP比率を5%に引き上げる。これらの措置はドイツの産業界、防衛産業、建設業界などから歓迎された。

2025年7月21日、メルツ首相は大手銀行と電機・電子メーカーのCEOたちと共に、「Made for Germany」プロジェクトを発表した。首相によると、61社の企業が、連邦政府との協議の結果、2028年までにドイツに6310億ユーロを投資することに合意。首相は「インフラ近代化の柱は、民間投資。企業の競争力を改善し、産業立地ドイツへの信頼感を取り戻す」と説明した。投資対象事業の例としては、製造業で利用されるAIに関するイノベーションが言及されたが、その他の具体的な投資内容は公表されなかった。

競争力回復のために企業減税

7月19日、メルツ政権は「企業競争力を改善するための、税制面での投資即時プログラム」を施行させた。まず投資ブースターと名付けたプログラムにより、2025年7月1日~2027年12月31日までに企業が購入した設備への投資額について、法人税の課税対象額からの控除を加速する。機械などを購入した年以降の毎年の控除率を30%に引き上げる。

企業減税も実施する。現在ドイツは法人税など、企業の収益に課税される税率が世界で最も高い国の一つだが、メルツ政権は2028年以降、法人税を5年間にわたり、毎年1ポイントずつ減らす。企業の収益への税率は、29.93%から25%に下がる。

さらに不況に苦しむ自動車産業を支援し、BEV(電池だけを使う電気自動車)の普及加速を目指す。メルツ政権は、企業が今年7月1日~2027年12月31日の間にBEVの新車を購入するために支出する費用について、企業の法人税の課税対象額からの控除率を最初の年に75%に引き上げた。

また製造業、農林業の電力税率を、欧州連合(EU)が許可している最低税率に引き下げるほか、エネルギー消費量が多く、国際競争にさらされている企業約2000社の産業用電力価格を一時的に引き下げる。ドイツの産業界からは、「電力価格が中国や米国に比べて高いことが、企業の国際競争力を減らしている」という批判が出ているからだ。

最大の難関は社会保障改革

メルツ氏は今年後半から、企業の国際競争力を強化するために社会保障制度の抜本的な改革を実施する方針だ。しかしSPD左派は、国民に痛みを与え、所得格差を拡大する政策には反対する可能性が高い。SPD左派の政策には、ほかにもメルツ氏の政策とは相容れない点がある。例えばSPDは「2027年に300億ユーロの歳入不足が生じるので、この穴を埋めるために富裕層に対する新しい税金を導入することも検討するべきだ」と主張しているが、CDU・CSUは猛反対している。インフラ特別予算が適用される部門を除けば、通常予算は相変わらず火の車だ。

経済学者の間でも、メルツ政権の最初の100日間の政策について批判の声が強い。ifo経済研究所は、今年8月に700人の経済学者を対象にアンケートを実施。その結果、「メルツ政権の最初の100日間の経済政策は良くなかった」もしくは「非常に悪かった」と答えた経済学者の比率は42%で、「良かった」と答えた経済学者の比率(25%)を大きく上回った。29人の経済学者が「メルツ政権が行った経済政策の中で、良かったものは一つもない」と答えた。メルツ首相は、最大の難関である社会保障改革を断行できるだろうか。これが当面のドイツの政局の最大の焦点だ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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