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ドイツ留学
Sa. 21. Jul. 2018

混乱!NSU裁判と記者席

「Blamage(大失態)!」4月中旬、こんな言葉がミュンヘンのローカル紙の一面に掲載された。

延期された初公判

バイエルン州上級地方裁判所は、4月17日からミュンヘンで開くはずだった極右テロリスト・グループ(NSU=国家社会主義地下活動)に対する初公判を、3週間にわたり延期したのだ。この公判は、犯行グループの唯一の生き残りであるベアーテ・チェーペや、NSUの活動を支えた支援者に対して初めて刑事責任が問われる重要な裁判である。

NSUに射殺されたトルコ人やギリシャ人ら10人の遺族たちは、法廷で事件の解明が少しでも進むこと、そして被告たちに厳しい判決が下ることを期待していた。それだけに、公判をめぐる紆余曲折が遺族たちに与えた失望は大きい。なぜこのような事態が起きたのだろうか。

締め出されたトルコのメディア

事の起こりは、バイエルン州上級地方裁判所が裁判を傍聴する記者席の配分を行った際に、被害者の大半がトルコ人であることに配慮せず、事務的に処理しようとしたことだ。トルコでは、この事件に対する関心が非常に高い。しかし、トルコのメディアが気付いた時には、50人分の記者席は申し込んだ順番に割り当てられ、1席も残っていなかった。あるトルコの新聞は、記者席の配分の開始を伝える裁判所のメールを、ほかの記者よりも20分遅れて受け取ったと主張している。さらに一部のドイツ人記者が、裁判所の広報課から、ほかの記者よりも早く「まもなく傍聴希望者の募集が始まる」という「予告」を受けていたこともわかった。

トルコでは「外国のメディアを差別する措置だ」として、怒りの声が強まった。同国の新聞社だけでなく政府も、トルコのメディアに裁判を傍聴させるよう求めた。

犠牲者の大半がトルコ人だったことを考えれば、彼らが怒ったのは、もっともである。さらにNSU事件は、通常の刑事事件とは異なる。捜査当局は、一連の殺人事件を極右による計画的なテロとは考えず、外国人の犯罪組織の抗争という見込み捜査を行った。このため、11年間にわたって犯人グループが野放しにされ、被害者が続出した。連邦刑事局、憲法擁護庁などの捜査機関にとって、戦後最大の不祥事の1つである。世界中が注目しているこの事件の裁判で、トルコのメディアが締め出されたのだ。

連邦憲法裁に提訴

ドイツ連邦政府もトルコとの外交関係の悪化を懸念して、同国のメディアが傍聴できるよう配慮することを希望した。だが同裁判所のマンフレート・ゲッツル裁判長は、規則の変更を拒否。その理由は、ドイツが法治国家であり、司法の独立を重視していることである。裁判所が外国政府やメディアの圧力に負けて、傍聴に関する規則を変更した場合、「法の独立が侵された」と批判される恐れがあったためである。

このため、トルコの新聞社は「記者席の割り当て方法は、外国のメディアを差別するもので、憲法違反」と主張し、カールスルーエの連邦憲法裁判所に提訴。憲法裁は4月12日に原告の主張を認め、バイエルン州上級地方裁判所に対し、トルコのメディアに最低3席を与えるか、記者席の配分をやり直すように命じた。

しかし、憲法裁の決定が下ったのは金曜日。日本ならば週末返上で働くところだが、ドイツの裁判所職員は週末に仕事はしない。4月15日の月曜日から初公判の期日までは、2日しかない。バイエルン州上級地方裁判所は、準備のための時間が足りないと判断してか、初公判を5月6日に延期した。4月17日の初公判へ向けて心の準備をしていた遺族たちは、傍聴席をめぐる事務的なトラブルのために裁判が延期されたことで失望しているに違いない。

遺族たちの苦悩は続く

遺族たちの中には、公判によって家族が殺された日の記憶がよみがえると考えて、心の重荷に苦しんでいる人々もいるだろう。遺族たちは、「殺されたトルコ人は犯罪組織の一員ではないか」と考えた警察によって、執拗に尋問された。被害者が犯人扱いされたのである。今なお怒りに震える遺族たちにとっては、初公判が3週間延長されたことは、「精神的な拷問」がさらに続くことを意味する。

トルコのメディアが公判を傍聴できるようになったことは喜ばしい。しかし、今回の混乱によって、バイエルン州だけでなく、ドイツの国際的なイメージに傷が付いたことは間違いない。バイエルン州上級地方裁判所は、多くのトルコ人がNSU事件の犠牲になったことに配慮して、初めからトルコのメディアのための席を確保しておくべきだった。連邦憲法裁判所から命令されて、初めてトルコのメディアに傍聴させるというのでは、あまりにも情けない。

もちろん司法の独立は尊重されるべきだが、裁判官と言えども社会の構成員であることには変わりない。市民感情や、国際関係を完全に無視して良いというものではない。

ドイツ人の悪い点の1つは、法律や規則を重視するあまり、感情への配慮が欠ける場合があることだ。記者席をめぐる今回の茶番劇は、そのことを露呈したと言えるのではないか。裁判所には猛省を促したい。

3 Mai 2013 Nr.953

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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