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ロンドンのゲストハウス
Mi. 22. Jan. 2020

アゲンダ2010を修正せよ! SPDシュルツ候補の野望

メルケル首相とプーチン大統領
社会民主党(SPD)の連邦首相候補マルティン・シュルツ氏

今年9月の連邦議会選挙へ向けて、社会民主党(SPD)の連邦首相候補に選ばれたマルティン・シュルツ氏が、大胆な戦略を打ち出した。彼は、2003年にSPDのゲアハルト・シュレーダー前首相が断行した雇用市場改革プログラムを修正し、富の再配分を強化する方針を明らかにしたのだ。

「アゲンダ2010」を批判

「アゲンダ2010」と呼ばれるこの改革で、シュレーダー氏は失業者への国の給付金を切り詰め、長期失業者の数を大幅に削減することに成功した。さらに彼は社会保障サービスの切り詰めによる、労働コストの削減、人材派遣業などの規制緩和など、企業の利益を増大させる政策を次々に打ち出した。この政策は、財界だけではなく、キリスト教民主同盟(CDU)からも高い評価を受けた。

2009年に表面化したユーロ危機にもかかわらず、ドイツ経済が絶好調であった理由の一つは、シュレーダー改革によって労働コストの伸び率を他国に比べて、低く抑えることに成功したからだ。

だがシュルツ氏は、「ドイツでは所得格差が拡大する一方で、不安定な仕事しか持てない人が増えている。これは、過去に社会の主流派が犯した過ちの結果だ。我が党も過ちを犯した。だが、我々はそのことに気づき、過ちを修正しつつある」と述べた。つまり、彼は「アゲンダ2010」が過ちだったとして、この改革プログラムを批判しているのだ。彼は、中高年の失業者のための援助金の支給期間を延長する方針を打ち出しているが、なぜ、この点を問題視しているのだろうか。

市民に公平な労働政策を求める

シュレーダー改革以前のドイツには、失業者給付金(Arbeitslosengeld)と失業者援助金(Arbeitslosenhilfe)という二つの援助金があった。前者は税引き前の年収(上限6万2000ユーロ)から社会保険料と税金を引いた額の60%~67%を、最長32カ月支給し、後者は失業者給付金の支給期間が過ぎた後に、手取り所得の53%~57%を支給。その期間は、無期限だった。

シュレーダー氏は「失業者への援助が手厚すぎるので、賃金の低い仕事につきたがらず、失業者でいる方が良いと考える人が多い」として、これらのシステムを廃止。彼は、第一次失業者給付金と第二次失業者給付金という二つの給付金を導入した。前者は税引き前の年収から社会保険料と税金を引いた額の60%~67%を支給するが、その期間を18カ月に短縮。以前のシステムに比べて、14カ月も短い。18カ月が過ぎると、失業者は第二次失業者給付金(ハーツIV)を受け取ることになるが、その金額は当初西独で毎月345ユーロ(4万1400円・1ユーロ=120円換算)、東独では月331ユーロ(3万9720円)と定められた。これは、生活保護とほぼ同じ水準である。

2005年に誕生したメルケル政権は、シュレーダー改革では失業者に対しあまりにも厳しいと考え、2008年に58歳以上の失業者に対する第一次失業者給付金の支給期間を24カ月に延長した。さらにハーツIVの金額も若干引き上げられた。

シュレーダー改革は、長年企業に勤めた後に解雇された失業者も、ほとんど働いていない若年失業者と同様に、生活保護と同水準の援助金しかもらえないシステムを生んだ。このことは、特に中高年の労働者層のSPDに対する怒りを増幅させた。彼らは長年にわたり失業保険制度に保険料を払い込んでおり、若年労働者と同じ扱いを受けるのは、不当だと感じたのだ。

シュルツ氏は、これらの政策が社会の不公平感を強めていると主張。彼は期限付き雇用契約についても批判の目を向けている。ドイツの雇用契約は、原則として無期限だったが、シュレーダー氏は規制緩和によって、企業が期限付きの雇用契約を締結しやすいようにした。シュルツ氏は、企業が期限付きの雇用契約を締結できる条件を、これまでにより厳しくする方針を打ち出している。

ワーキングプアと右派ポピュリストに歯止めを

ドイツの雇用統計上の失業者数は、2005年には486万人だったが、2012年には290万人に減った。だがその一方でシュレーダー改革は、低賃金労働者を増加させた。2011年の時点で、ミニジョブなどの仕事に就いているものの、給料が低くて生活できないためにハーツIVを受け取っていた市民の数は、286万人に達している。シュレーダー改革は、ドイツにも米国や日本同様のワーキングプア問題を生んだのだ。

シュレーダー改革に対しては、旧東独を中心に抗議の声が上がった。SPDは州議会選挙だけで次々に惨敗。シュレーダー氏は2005年の連邦議会選挙でも敗北して、政界を追われた。1998年の連邦議会選挙でのSPDの得票率は約40%だったが、2009年には23%という史上最低の得票率を記録。党内の左派勢力はSPDを去って、「リンケ」を創設した。

シュルツ氏に対する有権者の反応は、上々だ。公共放送ARDが2月初めに行った世論調査によると、「もしも首相を直接選ぶとしたら、シュルツ氏を選ぶ」と答えた回答者は50%に達し、メルケル氏(34%)を上回った。SPDに対する支持率も、前月に比べて8ポイント増えて28%となった。逆にCDU・CSUは支持率を3ポイント減らした。

シュルツ氏は、アゲンダ2010の修正によって、右派ポピュリズムの躍進に歯止めをかけられるだろうか。

 

熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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