独断時評


社会の格差是正を求めた有権者

1月末にヘッセン州とニーダーザクセン州で行われた州議会選挙では、二つ驚かされたことがあった。

一つは、ヘッセン州で与党キリスト教民主同盟(CDU)が、得票率を前回の選挙に比べて12ポイントも減らしたことだ。コッホ首相がミュンヘンでの外国人による暴力事件をきっかけにして、「犯罪を犯す外国人が多すぎる」と発言したことは、保守的なドイツ人の間にすら不快感を呼びおこし、選挙戦術としては逆効果だった。このためCDUが苦戦することは予想していたが、まさか30万人もの有権者が、同党に背を向けるとは思えなかった。この結果、社会民主党(SPD)が得票率を7ポイントも増やすことになった。

もう一つの驚きは、左派政党「リンクス・パルタイ」が、どちらの州でも「5%条項」の壁を乗り越え、初めて議会入りしたことである。二つの州で、合わせて38万人が、この小さな政党に票を投じたのだ。同党の前身は、もともと旧東ドイツの政権党から生まれたPDSだが、同党は今回の選挙で、旧東ドイツだけでなく旧西ドイツでも支持者を増やしていることを示した。同党が正式に発足したのは、昨年の6月。結党から1年も経たないうちに、州議会入りを果たしたことになる。有権者たちは今回の選挙で、「我々が求めているのは格差を肯定する社会ではなく、格差の削減、社会的公正の実現である」というメッセージを送った。

シュレーダー前首相は、「失業者数が大幅に減らないのは、社会保障コストが高すぎるからだ」として、建国以来最も大がかりな社会保障改革を実行した。公的年金の支給年齢を引き上げ、健康保険のカバー範囲を減らし、失業者への国の援助金を大幅に削った。その一方で、法人税を大幅に引き下げ、企業利益の増大に貢献した。高コスト体質という「ドイツ病」を本格的に治療するためである。それは、グローバル化した経済の中で生き残る体力を、ドイツに与えることでもあった。

ドイツでは昨年から失業者数が大幅に減り、景気回復の予兆が見え始めていた。だが多くの庶民は、シュレーダー前首相が着手した社会保障の削減に不安感を抱いている。社会保障の削減は、富める者と貧しい者の間で格差が開くのを是認することである。

現在SPDは、シュレーダー氏の改革路線を見直し、「我々は弱者を切り捨てる党ではない」というイメージ作りに必死だ。ウプシランティ候補がヘッセン州で票を伸ばすことができたのも、シュレーダー色を極力薄めたからである。有権者には、CDUがシュレーダー路線の継承者と映ったのである。

社会の格差是正や労働組合の強化を求めるリンクス・パルタイが議会入りを果たしたのは、「アメリカやイギリスのような資本主義が、ドイツにはびこるのはごめんだ」と考える市民の共感を集めたためである。今回の選挙結果は、シュレーダー改革への庶民の反発が、いかに大きいかを如実に示したと言えるだろう。「ドイツ病」を治療する作業には、しばし待ったがかかるかもしれない。

8 Februar 2008 Nr. 700

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:45
 

ノキア撤退と労働コスト

フィンランドの携帯電話メーカー、ノキアがドイツ北西部のボーフム工場を閉鎖し、2300人が路頭に迷うことになった。このニュースを聞いて、私は「ドイツ病はまだ治っていない」と強く感じた。

工場閉鎖の最大の理由は、ドイツの労働コストが他の国に比べて高いことである。ノキアは今月、ルーマニアに6000万ユーロを投じて新しい工場を建設する。そこでは約3500人分の新しい仕事が生まれる。ルーマニアの労働コストは、旧西ドイツのおよそ10分の1。携帯電話の分野ではグローバルな価格競争が激しい。ノキアのようにいま黒字を出しているメーカーでも、市場の状況にすばやく対応してコストを1ユーロでも他社よりも安くしなければ、直ちに売れ行きが悪化し、赤字に転落しかねない。

このためノキアの経営陣は、「ボーフムの工場では人件費が高すぎるために、価格競争力の強い製品を作ることができない」と判断して、労働コストが安い東欧に生産施設を移転するのだ。これでドイツには、携帯電話の生産施設は一つもなくなった。典型的な「産業の空洞化」である。

政治家の間では、ノキアに対する批判の声が高まっている。その理由は、同社がボーフムに工場を置き、雇用を確保する代償として、連邦政府と州政府からおよそ9000万ユーロの補助を受けてきたからである。「これだけの資金援助を受けながら、人件費が安い地域に生産拠点を移して2300人を解雇するのでは、補助金泥棒ではないか」と考えるドイツ人は多い。ボーフムは、南ドイツの都市に比べると雇用情勢が厳しく、工場閉鎖は地元経済にとって大きな打撃である。

ドイツの人件費が高いのは、年金保険や健康保険、失業保険、介護保険などの社会保障コストが高いためである。経営者は従業員の社会保険料の半分を負担しなくてはならないので、人を雇うと付随コストが肩にのしかかる。かつて高福祉国家だったことを反映して、人件費は世界でもトップクラスだ。一方、法定労働時間は世界で最も短く、有給休暇の日数は世界で最も多い。大企業では、労働組合の代表が監査役会に出席できるなど、労働者にはさまざまな権利が認められている。シュレーダー前首相が減税を始めたとはいえ、法人税もかつては欧州で最も高かった。環境税などのために、電力代も欧州で1、2を争う高さである。

米国や日本とは違って、ドイツ政府が国民のためにさまざまな安全ネットを張り、自由競争の荒波から手厚く守っているのは、大変結構なことだ。だがこの独特の経済システムが、労働コストを高くし、グローバル企業が工場を閉鎖して、人件費がより割安な国へ逃げる原因となっている。この症状を、私は「ドイツ病」と呼んでいる。ボーフム工場の従業員は、ドイツ病の犠牲者である。

社会保障制度の改革によって、労働コストは下がる方向にある。しかし、その効果が本当に現れるのは、10年から20年先のことだろう。1990年代後半まで改革を真剣に行わず、高い労働コストを放置してきた政治家たちにも、責任の一端はあるのだ。

1 Februar 2008 Nr. 699

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:45
 

燃え上がる外国人論争

昨年ミュンヘンで二人の外国人が、ドイツ人のお年寄りに激しい暴行を加えて重傷を負わせた事件は、ドイツ社会と外国人の関係をめぐる大きな論争に発展してきた。

戦争中にナチスはユダヤ人や外国人を虐殺し、迫害した。このことに対する反省から、戦後の西ドイツ政府と社会は、外国人に対して寛容な政策を取ってきた。例えば「祖国で政治的な理由から迫害されている」と主張する亡命申請者には、とりあえず滞在を許した。トルコなどから流れ込む労働移民たちには、ドイツ語をマスターしたり憲法への忠誠を誓ったりすることを強要しなかった。

西ドイツ人たちは、ナチスが行った外国人に対する迫害があまりにもひどかったことから、戦後は自分たちの価値を外国人に押しつけることをためらったのである。数十年間にわたり、こうした態度が「先進的」と思われてきた。マスコミも、刑法犯の中に外国人が占める比率が高いことを、あえて強調することを避けてきた。外国人に対する市民の反感を煽らないための配慮である。

ところが、いまや多くの大都市で、外国人の若者がドイツ人を罵倒したり、暴力をふるってけがを負わせたりする事件が目立ち始めている。この結果、ドイツ社会の堪忍袋の緒は切れ、「外国人による犯罪」について正面から議論することが、もはやタブーではなくなったように見える。ミュンヘンの事件以降、外国人による暴力事件に関する統計が頻繁に公開されるようになってきた。

例えば、ニーダーザクセン州犯罪学研究所のクリスティアン・プファイファー氏は、14歳から21歳までの若者による暴力事件について調査を行った。彼は「外国人や、外国人だったがドイツに帰化した市民が、青少年による犯罪の中に占める割合は大都市では43%に上る」と主張している。彼は2万人を超える青少年に対して、匿名を条件に「どのような違法行為を行ったか」というアンケート調査を行った。その結果、「他人に暴行を加えたことがある」と答えたのは、ドイツ人回答者の中では14%だったのに対し、トルコ人の間では27%、旧ユーゴ移民の間では24%、ロシア系の若者の間では23%だった。このため同氏は、「外国人の若者の間では、ドイツ人よりも暴力に走る傾向が強い」と結論づけている。

さらに連邦内務省は、昨年末にドイツに住むイスラム教徒について行った調査の結果を発表し、「この国に住むイスラム教徒の若者の4人に一人は、暴力に訴える傾向を持っている」と指摘した。

これまで「路上で暴力の犠牲になった」というと、ネオナチに襲われる外国人を思い出すことが多かった。だがミュンヘンの事件をきっかけに、この状況が一転して、多くの市民が外国人に路上で襲われることに不安を抱くようになったのだ。

最近の論調を見ていると、「自分の国で外国人に罵倒されたり、暴力の犠牲になったりするのはもうごめんだ」と主張する例が目立つ。戦後はあまり見られなかった傾向である。当分の間は外国人問題が台風の目となるだろう。外国人に対するドイツ人の視線が、厳しくなる可能性もある。

25 Januar 2008 Nr. 698

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:45
 

若者による暴力を減らすには

私は18年前からミュンヘンに住んでいるが、比較的治安が良い町だという印象を持っていた。それだけに、昨年暮れにこの町で起きた暴力事件には、強い衝撃を受けた。

ギリシャ人とトルコ人の若者が地下鉄の車内で煙草を吸っていたので、ドイツ人のお年寄りが喫煙をやめるよう注意した。すると二人の外国人は、お年寄りに殴る蹴るの暴行を加え、頭蓋骨陥没などの重傷を負わせたのである

この事件はミュンヘンだけでなく、ドイツ全土で激しい議論を巻き起こした。そのきっかけは、ヘッセン州のローラント・コッホ首相(キリスト教民主同盟=CDU)が行った発言である。彼は「この国には犯罪を犯す外国人の若者が多すぎる」と述べ、ミュンヘンでの事件は、ドイツの外国人政策が破綻したことを示していると指摘した。

コッホ氏によると、戦後ドイツ社会では、文化の多様性を重んじる政策が取られてきた結果、一部の外国人の乱暴な態度まで大目に見られてきた。今回、監視ビデオがとらえた目をそむけたくなるような暴力シーンは、外国人政策が甘すぎ、機能不全を起こしたことを象徴しているというのだ。

この発言の背景を理解するには、ヘッセン州で州議会選挙が迫っていることを見逃がしてはならない。外国人に対する寛容な政策を取るよう、特に強く求めてきたのは、社会民主党(SPD)と緑の党である。Multi-kulti(文化的多様性を重視する姿勢)は、一時リベラルな知識人の代名詞ですらあった。

つまりコッホ氏の発言は、SPDと緑の党への間接的な批判なのだ。そこには「外国人による暴力を減らすには、CDUに政権を任せる必要がある」というメッセージが隠されている。コッホ氏は、SPDと緑の党に対する有権者の支持を減らすために、ミュンヘンの事件を使ったのである。

CDUはこの事件をきっかけに、犯罪を犯した青少年への罰則を強化したり、警告の意味で、若年容疑者を一時的に逮捕する制度を導入したりすることを提案している。だが、刑事罰の強化だけでは犯罪は防止できない。米国や日本には死刑があるのに、凶悪犯罪が大きく減らないことは、その証拠である。外国人を社会に溶け込ませる努力を怠ってきたのは、SPDと緑の党だけではない。コール氏など歴代のCDUの首相たちも、Integrationspolitik(外国人を社会に溶け込ませるための政策)には熱心ではなかった。

経済成長期にこの国にやって来たトルコ人たちは、人材不足を補う労働力としてしか見られていなかった。彼らに言語の習得や資格の取得を義務付け、法律や慣習、民主主義の精神を守るように教える努力は不十分だった。ドイツ社会はいま、そのツケを払わされている。昨年12月の外国人の失業率は18.6%と平均の2倍を超える。所得格差の拡大で最も影響を受けるのは、外国人の若者だ。

彼らを社会に溶け込ませる努力を本格的に行い、希望を持たせなければ、ミュンヘンの事件はこれからも、形を変えて再発するかもしれない。

18 Januar 2008 Nr. 697

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:44
 

どこへ行く、ドイツ経済

読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

昨年の師走は、週末とクリスマス休日がずらりと並んだために、ほとんどのサラリーマンにとっては、有給休暇を取らなくても5日連続して休むことができるという素晴らしい年の瀬だった。ふだんの忙しさから解放されて、ほっとひと息つかれた方も多いのではないだろうか。

しかしながら、油断は禁物。今年のドイツ経済の前途には、暗雲が立ち込めているように見える。その最大の理由は、米国で不動産バブルがはじけたために、サブプライム危機が各国の経済にじわじわと影響を与え始めていることだ。

2000年初頭から、支払い能力の低い市民に貸し出された不動産ローンは不動産価格の下落によってどんどん焦げ付き、不良債権化しつつある。このローン劣化現象は今年、ピークを迎えるものと推測されている。

こうした不動産ローンは、最新の金融工学テクノロジーによって証券化され、グローバル資本市場で投資家に提供された。世界中の銀行や保険会社は、高い利回りを求めて、こうしたサブプライム証券に投資していった。世界中の金融機関のポートフォリオに、悪性のウイルスのように危険度の高い証券が忍び込んでいったのだ。

公的銀行であるIKB産業銀行やザクセン州立銀行が経営破綻の瀬戸際まで追い込まれた背景には、投資担当者が十分にリスクについての審査を行わずに、サブプライム証券に投資していたという事実がある。これからもドイツの金融機関の損失はふくらみ、銀行による貸し渋りの傾向が強まる恐れがある。

ドイツでは昨年から、景気の回復傾向が顕著になり、失業者の数が大幅に減り始めている。だが残念なことに、米国に端を発したサブプライム危機のせいで、国内経済の成長率に再び鈍化の兆しが見え始めている。欧米の中央銀行が年末に金融市場に大量の資金を注入したのも、銀行の貸し渋りによって各国の景気が悪化するのを防ぐためである。

昨年、IKB産業銀行の巨額損失が明るみに出たとき、ドイツ金融サービス監督庁のヨッヘン・ザニオ長官は「今回の危機は1930年代以来、最も深刻なものだ」と発言したが、各国政府の関係者の間では、米国発の景気停滞について同じような危惧が強まっているように思われる。

今後米国では、国民の消費意欲が減退するので、景気の悪化を恐れて資金逃避が進行する。このためドルはユーロや円に対してますます弱くなり、ドイツから米国への輸出はますます難しくなるに違いない。ドイツ企業にとっては、悪い知らせだ。サブプライム危機によるドイツおよび欧州経済への悪影響が、最小限にとどまることを切望する。

11 Januar 2008 Nr. 696

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:10
 

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