独断時評


ドイツ経済は立ち直ったのか

ドイツ経済は立ち直ったのか最近、メルケル政権の経済担当閣僚の表情が明るい。その最大の理由は、景気回復によって企業収益が大幅に改善し、国の金庫に入る税収が飛躍的に増えたことである。シュタインブリュック財務相は、今年度の歳入が、昨年11月の予想を202億ユーロも上回るという見通しを明らかにして、政財界を驚かせた。さらに同相は、「2011年には財政赤字ゼロ、つまり財政均衡を実現する」という大胆な予測すら打ち出している。

ドイツは長年にわたり、ユーロ圏参加基準の1つである財政赤字比率(財政赤字の国内総生産=GDPに対する比率)の違反を続けてきたが、この国がユーロ基準の完全達成を実現し、「欧州経済の優等生」の地位に返り咲くことも夢ではなくなってきた。

連邦財務省は、今年GDPが名目4%、来年も3.7%の割合で増えると予想している。一時は1%に満たない低い成長率に苦しんできたドイツ経済にとって、大きな前進である。

連邦政府にとって最重要の課題である失業者削減も、着々と進んでいる。今年4月の失業者数は、前月に比べて3.5%減り、400万人を割った。一時は失業者の数が528万人という高い水準にあったことを考えると、喜ばしい数字というべきだろう。

1990年代の後半から、この国を悩ませてきた「ドイツ病」は完治したのだろうか。私は、そのように断言するのは早すぎると思う。社会保障費用に象徴される、この国の経済の高コスト体質が、まだ完全に克服されたとは言えないからだ。

さらに、全ての市民が経済回復の恩恵を受けておらず、所得格差が広がっていることも問題だ。たとえば旧西ドイツ地域の失業率は7.8%だが、旧東ドイツでは15.9%と約2倍の高さである。故郷に見切りをつけて、職を求めて西側に移住する市民は後を絶たない。統一から17年経った今も、旧東ドイツ地域の経済は自立を果たしていないのだ。

さらに、正社員を減らし、契約社員を増やすことにより人件費を節約しようとする企業も増えている。その証拠に、ここ数年で最も多く社員を採用している企業は人材派遣会社である。企業にとっては契約社員ならば給料が正社員の半分で済み、企業年金も払う必要がなく、簡単に解雇できるという利点がある。日本ではすでに勤労者の3分の1が、契約社員やフリーターだと言われているが、 ドイツでも似たような状況が出現しつつある。

さらに、現在株式市場で株価が上がっているのは、主に買収合併や不採算部門の切り離しにからんだ企業であり、地道な経営戦略で成長しようとしている会社の株価は、横ばいもしくは下がる傾向にある。投資家たちが短期的な利益を上げることだけを重視しているからだ。

今年は、米国や英国のヘッジ・ファンドやプライベート・エクイティーなどの投資会社が、欧州で株価が安く収益性が高い企業を、次々に買収している。ドイツの大手企業も、買収のターゲットになりつつある。米国のように経済のマネーゲーム化が進みつつあるのだ。買収がらみのリストラで翻弄(ほんろう)されるのは、庶民である。これらの側面を考えると、現在の景気回復も手放しで喜ぶことはできない。

25 Mai 2007 Nr. 664

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:42
 

サルコジ氏とドイツ

サルコジ氏とドイツ

ドイツにとって、フランスは最も重要な友好国だ。独仏政府は戦後、国際政治の多くの局面で共同歩調を取り、欧州統合(EU)の牽引車の役割を果たしてきた。また、フランスは輸出入ともにドイツの最も重要な貿易相手国でもある。その重要な国で親独派として知られたシラク大統領が引退し、サルコジ氏が後継者となることは、ドイツにどのような影響を与えるのだろうか。

まずサルコジ氏はEUの力が増大することについてはシラク大統領よりも慎重な姿勢を取るだろう。彼は選挙戦の中で、EUの影響力の大きさが各国政府の権限を弱めることについて、批判的な発言を行っていた。特にフランスではドイツと違って、「我々は欧州全体に影響を与える偉大な国家であるべきだ」と考える人が多い。彼らはブリュッセルの欧州委員会が、フランスの重要な国内法を左右している現状を不満に思っているのだ。このためサルコジ氏は、「フランスの国益」をこれまで以上に前面に押し出して、外交政策を押し進めるに違いない。欧州の政治統合を重視するドイツの路線とは、ニュアンスが異なる。

特に両国にとって最初の試金石となるのが、欧州憲法だろう。現在EU議長国を務めているドイツのメルケル首相は、フランスとオランダでの国民投票のために暗礁に乗り上げた欧州憲法条約を復活させようと努力している。

だが多くのフランス人は、この憲法草案について、「グローバル化の象徴」という偏見と反感を持っている。新大統領がこの憲法を後押ししたら、国民の強い批判を浴びることは確実だ。このためサルコジ氏は憲法という言葉を使わずに、加盟国数が増えたEUで意思決定がスムーズに行われることなど、実務的な側面だけに焦点を絞った「ミニ条約」の締結を求めるに違いない。これは、「欧州人としての理念」を憲法条約によって確定しようとしているメルケル首相の考え方とは大きく異なる。つまり、欧州憲法をめぐり独仏間で対立が起こる可能性もあるのだ。サルコジ氏は大統領としての最初の訪問国にドイツとベルギーを選んだが、欧州憲法は重要な議題となるだろう。

一方、サルコジ氏がメルケル首相と似た考えを持っている分野もある。例えばトルコのEU加盟について、サルコジ氏は全面的に反対している。これは、メルケル首相やキリスト教民主同盟(CDU)の路線と合致するものである。ただし、トルコの加盟に前向きな社会民主党(SPD)は、サルコジ氏の方針に反発するだろう。さらに米国に対する姿勢は、シラク氏に比べると穏和である。イラク戦争をめぐって、米仏関係は極端に悪化したが、サルコジ氏はブッシュ政権との関係改善に努めるだろう。この点でも、メルケル首相はフランスと 共同歩調を取りやすくなる。

フランスの大統領選挙では社会保障など国内問題が主な争点となり、外交はあまり重視されなかった。その意味で、サルコジ氏が対独関係やEU政策をめぐって本音を語り始めるのは正にこれからと言えるだろう。

18 Mai 2007 Nr. 663

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:43
 

RAFテロの全容解明を

RAFテロの全容解明を

赤軍派(Rote Armee Fraktion)は、ドイツの犯罪史上、最も凶悪な極左テロリスト集団だった。そのRAFが1977年にカールスルーエで、ブーバック連邦検事総長や運転手ら3人を暗殺した事件をめぐり、30年も経った今年、新しい情報が浮かび上がったことについて、意外に思った読者も多いのではないだろうか。

これまで検察庁はクリスティアン・クラーという男が3人を殺害したと考えていた。ところが元RAFメンバーの証言から検事総長の乗ったベンツの横にオートバイで近づき、荷台から短機関銃で射撃したのはクラーではなく、別件で有罪判決を受け、すでに釈放されているシュテファン・ヴィスニフスキーという別のテロリストだったという疑いが浮上したのである。しかも、「憲法擁護庁と連邦刑事局は1980年代の終わりに、すでにこの情報をつかんでいたにも関わらず、突っ込んだ捜査を行わなかった」という疑惑も浮かんでいる。

事件から30年も経った現在、銃の硝煙反応などの物証によって、この情報を裏付けることは不可能だ。鍵となるのはヴィスニエフスキーの証言しかない。もしも本当に彼が銃の引き金をひいていたとしたら、捜査当局にとっては大黒星である。もちろんRAFという組織が連邦検事総長を殺害した事実に変わりはないが、実行犯を特定するのは捜査の基本である。捜査当局は、連邦検察庁のトップ殺害という重大な事件で30年間にわたり、RAFにかく乱され続けるという失態を演じたことになる。

また、今回新事実が浮上したことは30年間にわたり、捜査当局への協力をかたくなに拒んできたRAFの元メンバーの結束がようやく崩れて、証言を始める者が現われたことを意味している。

ブーバック氏の息子は、元RAFメンバーを交えたテレビ座談会に出席し、目をうるませながら「遺族にとっては、誰が肉親を殺したのか真実を知ることは、極めて重要だ」と述べ、捜査当局に対して疑惑の解明を強く求めた。捜査ミスによって、30年間も別の人物を真犯人と思い込まされていたとしたら、遺族には痛恨の極みだろう。彼らは殺された肉親のためにも真実を知ることを求めている。

RAFによるテロには、依然謎に包まれた部分が多い。たとえばドイチェ・バンクのヘルハウゼン頭取が、路側爆弾によって殺害された事件や、ドイツ信託公社のローヴェッダー総裁が、自宅で射殺された事件でも、実行犯は特定されていない。RAFの沈黙の壁が崩れたことを機会に、捜査当局はこれらの事件の全容も、一刻も早く解明して欲しいものだ。

11 Mai 2007 Nr. 662

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:49
 

テロ捜査と人権

テロ捜査と人権

ショイブレ内相は、メルケル政権で最も経験が豊富で、かみそりのように鋭い政治家として知られている。彼が4月末にテロ捜査について行った発言は、国内で大きな波紋を呼んだ。

彼はドイツに住む全市民の指紋やパスポート写真を捜査当局のデータバンクに保管して、犯罪捜査に使用することを提案したのである。さらにトラックが高速道路を走行する際にコンピューターに蓄積される情報をテロ捜査に使ったり、警察が電話回線を通じて個人のコンピューターに入り込んで、データを調べたりすることができるように、法律を改正することを求めている。

またドイツの捜査当局は犯罪事実について動かぬ証拠が見つかるまでは、容疑者を「無実」と推定することを前提としているが、ショイブレ内相はテロ攻撃の防止など特殊な状況では、この原則をあてはめないことも提案している。つまり、捜査官は「容疑者が犯人に間違いない」という前提で尋問するのである。これは刑事事件の捜査の手法に歴史的な変化をもたらす。

約70年前に、ナチスが最悪の警察国家を作り上げたことがあるドイツでは、個人データを警察が犯罪捜査に使うことや、コンピューターの使用記録や携帯電話の盗聴はデリケートな問題である。特にリベラルな勢力は、「監視国家の再来」を危惧するだろう。実際、政界からは同相の発言に「行きすぎだ」という声が出ている。

このテーマがドイツ人を苛立たせるとわかっているにもかかわらず、ショイブレ内相があえて大胆な発言を行った理由は何だろうか。それは、アルカイダなどのイスラム過激派グループが、ドイツで無差別テロを行う危険が刻々と高まっていることにある。ドイツは電子偵察機能を持ったトルナード戦闘機をアフガニスタンに送っているほか、約3000人の将兵を駐留させている。過激組織は、ドイツがアフガニスタンから即時撤退しない場合には、国内でテロを起こすことをインターネット上で示唆している。イラクでドイツ人親子を誘拐したグループも、同じ要求を政府に突きつけている。ロンドンやマドリードで起きたようなテロがドイツで発生する可能性は、もはや排除できない。

ドイツには約170万人のイスラム教徒が住んでおり、捜査当局にとっては国内に潜伏する過激組織を摘発するのは容易なことではない。捜査官にとって個人情報保護法は大きな障壁だろう。インターネットを通じたアルカイダのメッセージに影響されて、ドイツ生まれのイスラム教徒がテロリストになる可能性もある。ショイブレ内相の発言は、無差別テロを防ぐという困難な課題に直面した捜査当局のあせりがいかに高まっているかを如実に示している。

9.11事件を体験した米国は、「テロ捜査のためには、市民の人権が制限されるのはやむを得ない」という立場を取っている。同相の発言には、同じ意図が含まれている。テロ捜査はもちろん重要だが、ドイツ政府には米国のように暴走してほしくない。テロ捜査のためとはいえ拷問を黙認するような国になるべきではない。

4 Mai 2007 Nr. 661

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:52
 

エッティンガー発言の真意は何か

エッティンガー発言の真意は何か

再びドイツで、ナチスの過去をめぐる論争が巻き起こった。バーデン=ヴュルテンベルク州のギュンター・エッティンガー首相が、同州の首相だった故ハンス・フィ ルビンガー氏のための弔辞で「彼はナチスの敵 (Gegner)だった」として、歴史を歪曲するような発言を行ったのである。

フィルビンガーはナチスがドイツを支配していた時代に海軍の軍事法廷の裁判官として、2人の脱走兵に対して死刑判決を下している。(2人の兵士は逃亡したので、刑は執行されなかった)さらに、22歳の脱走兵ヴァルター・グレーガーに対する裁判では検察官として死刑判決の言い渡しに関わり、銃殺刑に立ち会っている。また1945年5月にフィルビンガーは、軍服からハーケンクロイツの紋章を剥ぎ取った兵士に不服従の罪で6カ月の禁固刑を言い渡した。戦後、シュピーゲル誌がフィルビンガーが死刑判決に関わっていた事実を暴露したため、彼は1978年に世論の圧力に対抗できなくなり、州首相を辞任している。

脱走兵に死刑判決を言い渡す裁判官を「ナチスの敵」と呼ぶことは、大きな矛盾である。これはナチスに抵抗運動を行って、死刑にされた人々に対する侮辱でもある。さらにエッティンガーは、「フィルビンガーは当時の何百万人もの人々と同じく抵抗の意志を表に出せなかったのだ」と明らかに擁護する姿勢を見せた。このためエッティンガーの発言に対しては国内外から強い抗議の声が上がった。同じキリスト教民主同盟(CDU)に属するメルケル首相も、「故人に対する尊敬の念だけでなく、犠牲者に対する配慮も必要だった」と公式にエッティンガーを批判している。

エッティンガーは4月16日にようやく発言を撤回して謝罪した。なぜ彼はこのような演説を行ったのだろうか。エッティンガーほど経験豊かな政治家が、この演説の反響を予想できなかったはずがない。スピーチを書いた側近はフィルビンガーの信奉者として有名な人物だった。私はこの演説は失言ではなく、エッティンガーがバーデン=ヴュルテンベルク州の右派の票を獲得するためにあえて行った「確信犯的行為」だと考える。その証拠に彼は、「私たちの地域では葬儀の際に死者に鞭打たず、功績を強調する習慣がある。私はこの演説で、はっきり(フィルビンガーを称える)しるしを残した」と述べている。同州の右派勢力は、エッティンガーの演説に「よくやった」と拍手喝采を送っている。

この演説は作家マルティン・ヴァルザーが98年に「アウシュビッツの映像を繰り返し見せられるのは、もうたくさんだ」と述べ、ドイツの過去との対決を批判する講演を行って右派から強い支持を受けたことを思い出させる。ドイツではナチスの過去と批判的に対決する人々が社会の主流派だった。だがドイツ統一後になって、こうした努力に対抗してドイツ人被害者論を強調したり、ナチスによる犯罪を矮小化したりする動きが見られる。エッティンガーは、そうした波に乗ることによって、支持者を増やそうとしたのであろう。

大連立政権がエッティンガーの行為について批判的な態度を貫いたことは評価できるが、州政府レベルでこうした策動が見られるのは、やはり不気味である。スウェーデンと同じ国内総生産(GDP)を稼ぎ出すバーデン=ヴュルテンベルク州は、ドイツで最も経済力がある州の1つ。「エッティンガーは、この重要な州の首相にふさわしい人物なのか」という疑問の声すら出始めている。

27 April 2007 Nr. 660

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:52
 

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