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イスラム文化とどう向き合うか

イスラム文化とどう向き合うか

学生の頃ドイツに初めて来た時、朝夕に響き渡る教会の鐘の音を聞いて、「ああ自分はヨーロッパにいるのだな」と強く感じた。キリスト教はドイツの生活の一部だ。この国で暮らしていると、人々の行動様式や発想の根底に、キリスト教の思想が横たわっていることに気づく。

だが、いまこの国ではイスラム教徒の数が急速に増えている。現在ドイツに住んでいるイスラム教徒の数は300万人である。その内最も多いのは、トルコ人だ。旧西ドイツは1960年代、70年代の高度経済成長期に、労働力不足を補うために、トルコから多数の労働移民(Gastarbeiter)を受け入れた。トルコ人は家族の絆を大事にすることから、労働移民が家族をドイツに呼び寄せやすい環境まで整えて移民を奨励した。この結果、ドイツには170万人のトルコ人が住んでいる。

このほかにも、レバノン、イラン、パキスタン、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、コソボ、アフガニスタンなどからの移住者たちが、イスラム教徒のコミュニティーを作り上げている。ベルリンやミュンヘンなどの大都市では、尖塔を持つモスク(イスラム教寺院)を見ることも珍しくなくなった。

イスラム教徒の出生率は、非イスラム教徒よりも高い。このため2030年にはドイツのイスラム教徒の人口は現在の2倍以上に増えて、700万人になると予想されている。人口に占める比率は、現在の4%から8%に急上昇する。

興味深いのは、キリスト教の価値観に失望してイスラム教に改宗するドイツ人が増えていることだ。ドイツ・イスラム文書館という団体の調べによると、2005年にイスラム教徒になったドイツ人の数は4000人。改宗者の数は前の年に比べて、4倍に増えている。しかも彼らの大半は、イスラム教徒と結婚するための改宗ではなく、信仰上の理由からイスラムの世界に入っている。

ドイツ人の中にはローマ・カトリック教会などの政策に反対したり、給与から差し引かれる教会税に不満を持ったりして教会から脱退する人が増えている。また、欧米社会の価値観に幻滅してキリスト教とは異なる精神世界をめざす人も多いのだろう。これからもイスラムに改宗するドイツ人の数は増えるものと思われる。

将来のドイツで、イスラム教徒の果たす役割が今よりも大きくなることは、間違いない。対テロ戦争に象徴されるような文明の衝突を和らげるためにも、イスラム教徒と非イスラム教徒が互いについて学び合い、相手の立場を尊重するような態度を取ることが、極めて重要である。その意味で、ショイブレ内務相がドイツの穏健なイスラム教徒の団体と定期的な対話を行い、相互理解と信頼関係を深めようとしていることは高く評価できる。4月に入って、これまでばらばらだったイスラム教徒の団体が、政府などと交渉する際に意見をまとめやすくするために、一種の連合会を結成したことも、喜ばしいことだと思う。

20 April 2007 Nr. 659

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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