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イスラム寺院を巡る激論

3月28日、ノルトライン=ヴェストファーレン州のデュイスブルクに数千人の警官隊が出動し、町は緊張した雰囲気に包まれた。この町にはドイツ最大のモスク(イスラム教寺院)があるが、モスク建設に反対する極右団体や右派政党「プロNRW」の関係者ら約350人がデモを行った。これに対し、極右のデモに抗議する市民ら5000人も、デモを行ったのである。「ナチスは出て行け」という怒号が日曜日の町に響き渡った。

近年ドイツではイスラム教徒の増加を反映して、伝統的な建築様式のモスクが増えている。特にトルコ系住民が多いベルリンには、少なくとも46カ所のイスラム教寺院がある。ケルンやミュンヘンでも新しい寺院の建設が予定されている。

だが、一部のドイツ人や右派勢力は新しい寺院の建設に反対している。たとえばプロNRWは、「高い尖塔(ミナレット)を持つイスラム教寺院は、外国人がドイツ社会に溶け込むことを促進しない。むしろ周辺からドイツ人が減り、トルコ人ばかりのコミュニティーができてしまう」として、ドイツだけでなくEU(欧州連合)全体で、ミナレットの建設を禁止するべきだと主張している。

昨年末には、スイスで行われた国民投票で住民の58%が新しいミナレットの建設禁止に賛成し、欧州諸国の政府や市民を驚かせた。この投票以来、ドイツでもイスラム教寺院をめぐる論争が激しくなっている。この国には全国規模の国民投票はない。だが地域ごとに市民が署名を集めて請願を行うことは可能である。さらにプロNRWは、「リスボン条約に基づき、加盟国の3分の1に相当する国で、人口の0.2%を超える署名が集まれば、EU規模の市民請願が可能だ」と主張している。

ドイツではスイスに比べると、ミナレットに寛容な声が強い。最近行われた世論調査によると、回答者の48%が「ミナレットの建設を禁止するべきではない」と答え、禁止に賛成した市民は38%にとどまった。

しかし、ドイツ連邦銀行の役員ティロ・ザラツィン氏の発言にも現われているように、ドイツ人のトルコ人やイスラム教徒に対する批判や不満は、水面下で高まっている。この国の人口の約9%は外国人。市民の5人に1人が外国人という都市もある。つまりドイツは事実上の移民国家なのだが、政府が30年以上にわたってトルコ人労働者を社会に溶け込ませる努力を怠ってきたため、ドイツ人とトルコ人のコミュニティーが混じり合わずに並存する、「パラレル・ワールド」が生まれつつある。

ドイツ人、特に年配の市民の中には、教会の塔の近くにミナレットが立っているのを見て、この国の伝統が侵されていると感じる人もいるのだ。ドイツ語で言う「Überfremdung(自分の国にいるのに、まるで外国にいるかのような疎外感を感じること)」である。

戦後の西ドイツ、特に1980年代には多文化主義(マルチカルチャー)がもてはやされたが、統一後のドイツでは「外国人は社会に溶け込もうとしない」という不満の声が頻繁に聞かれるようになった。イスラム教寺院をめぐる論争が、外国人差別や極右勢力の拡大につながることだけは、防がなくてはならない。その意味でミナレット論争の行方は、我々ドイツに住む日本人にとっても、大きな関心事である。

9 April 2010 Nr. 811

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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