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ジャパンダイジェスト
Fr. 05. Jun. 2020

今注目される大規模支援策の裏側 コロナ時代のドイツは
芸術・文化をどう守るか?

新型コロナウイルスが世界各国の芸術・文化にも影を落とすなか、ドイツの緊急支援策が他国に類を見ない手厚さで注目されている。今回のコロナ危機で、なぜ経済界だけでなく、芸術・文化にも大規模な支援を行うのか。本特集では、ドイツの文化政策に詳しい藤野一夫さんのご協力のもと、その理由を紐解く。さらにドイツ在住アーティストたちに、コロナ危機の現在について語ってもらった。(Text:編集部)

参考:藤野一夫ほか編『地域主権の国 ドイツの文化政策』、藤野一夫「新型コロナ危機に対するドイツの文化政策」、文化庁「諸外国における文化政策等の比較調査研究事業 報告書」、Institutu für Museumsforschung「Statistische Gesamterhebung an den Museen der Bundesrepublik Deutschland」、www.bundesregierung.de「Hilfe für Künstler und Kreative」、Bundesministerium für Wirtschaft und Energie「Monitoringbericht Kultur und Kreativwirtschaft 2019」

ご協力

藤野一夫さん KAZUO FUJINO
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。ゲルリッツ大学客員教授、ベルリン自由大学フェロー等を歴任。日本文化政策学会副会長、文化経済学会理事、ドイツ文化政策協会会員。専門はドイツ思想史、音楽文化論、文化政策学、アーツ・マネジメント。

世界が注目するドイツの芸術・文化支援

「アーティストは今、生きるために必要不可欠な存在だ」。3月23日、ドイツ連邦政府のグリュッタース文化大臣はこう述べ、零細企業・自営業者向けの緊急支援枠500億ユーロ(6兆円・1ユーロ=120円換算)を芸術・文化領域にも適用するなど、3本の柱からなる支援策を発表。この支援策は芸術・文化分野で働く人々を勇気付けると共に、世界から注目を集めることとなった。

メルケル首相とグリュッタース文化大臣ドイツのコロナ危機への対策では、メルケル首相(右)やグリュッタース文化大臣(左)など、
女性政治家たちの活躍が際立つ

連邦政府だけでなく、各州や地方自治体も、独自の財源やノウハウを使った芸術・文化支援策を次々と打ち出している。例えばザクセン州やブランデンブルク州では、芸術家向けの奨学金プログラムを設立。コロナ時代の新たな芸術や文化のあり方について、新しいアイデアやプロジェクトを考える時間を提供する。バイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州などでは、「芸術家社会保障(Künstlersozialkasse)」に加入している芸術家やフリーランスに対し、月額1000ユーロ程度(まずは3カ月間)の支給が行われる予定だ。さらに今後、段階的に劇場やコンサートホールなどの文化施設を再開するため、各州が計画をまとめるという。

緊急支援が始まって2カ月が過ぎようとする現在、感謝の声がある一方で、州によっては手続きに時間がかかることや、支援対象とならず申請すらできないアーティストもいることなどから、実情に即していないとの批判も。メルケル首相は5月9日、改めて芸術・文化関係者と市民に向けて演説し、芸術や文化がドイツにとっていかに重要であるかを語り、今後も芸術・文化関係者たちの声に耳を傾けながら各州と連携して支援を行うと明言した。接触制限などの規制が緩和されつつあるドイツだが、芸術・文化分野にとってもまだまだ難しい局面は続きそうだ。

グリュッタース氏が発表した 芸術・文化支援
  • 零細企業・自営業者向けの緊急支援(経費などに充てられる)を芸術・文化領域にも適用:500億ユーロ(6兆円)
  • 個人の生活の保護(6カ月間の生活保護審査の緩和、住宅や 暖房費、児童手当の利用など):100億ユーロ(1兆2000億円)
  • 法的措置の緩和(家賃や保険料の据え置きなど)

参考:www.bundesregierung.de「Rettungsschirm für den Kulturbereich」

なぜ手厚い支援が可能なのか?「芸術・文化が守られる」3つの理由

理由 1かゆいところに手が届く「地域主権」だから

ドイツでは第二次世界大戦中、ナチス政権によって芸術や文化が巧みにプロパガンダとして利用された過去がある。また、新しい芸術や文化活動に「退廃芸術」とレッテルを張り、弾圧した。その反省から、戦後の西ドイツでは文化・芸術・メディア・教育・大学を国に管理させず、各州によって自治が行われるようになった。この「地域主権」に、ドイツの芸術・文化支援の特徴がある。「地域主権」の利点は、中央に権力が集まり過ぎないことだけではない。その土地の人々の実情にかなった支援を行うため、地域ごとに豊かで多彩な芸術・文化が醸成されている。

ちなみに、平常時のドイツ全体の公的文化歳出(いわゆる税金による文化予算)は年間約105億ユーロ(1兆2600億円)だが、このうち連邦政府からの予算はわずか13.5%。連邦政府が芸術・文化分野で担う役割や権限も非常に限定的で、基本的にドイツ全土に関わる支援(主に外交関係、首都ベルリンの支援、ナチスの過去の克服)など、国として対応が必要な案件のみを担当する。そのため、グリュッタース氏が発表したコロナ危機の緊急支援も、実際には州ごとに具体的な制度へ落とし込まれ、支援内容や対象者、手続きなどもそれぞれ異なる。

ナチス政権下の退廃芸術展1937年にナチス政権下で開催された「退廃芸術展」。ナチスが押収した前衛的な作品や
非ドイツ的な表現に対し、あざけるような解説ラベルが付けられた

理由 2自動車・機械産業に次ぐ重要な産業だから

ドイツ全土にはおよそ6800館の博物館・美術館があり、年間の来場者数は約1億4000万人に上る。また、市立・州立だけでおよそ300の劇場があるほか、プロオーケストラが130団体、映画館は4800以上など、欧州の他国と比べても圧倒的な数の文化施設が質の高い芸術・文化を発信。さらに、5年に1度開催される現代アートフェスティバル「ドクメンタ 」には100日間で世界中から約89万人、10年に1度の「ミュンスター彫刻プロジェクト」には3カ月半で約65万人が訪れるなど、先鋭的で社会性の強いアートも存在感を示し、世界中の人々を惹きつけている。

ドイツの文化・創造経済の年間の価値創出総額は1005億ユーロ(12兆円)で、これは自動車産業、機械産業に次ぐ。今回のコロナ危機では、文化施設の閉鎖やおよそ8万件のイベントが中止されたことで、現状ではこの総生産額は大幅に落ち込み、大半の人が収入源を失うことが予想されている。また、文化・創造分野で働く人の数はおよそ120万人、企業数は25万6000。彼らの大半が零細企業や個人事業主に該当するため、先の緊急支援策の対象者ということになる。

ドイツ主要産業の価値創出額(2018年)

理由 3ドイツの共生社会を支えてきたから

戦後のドイツでは、人々は芸術や文化を受動的に「鑑賞」するだけではなく、芸術・文化を通して自分と違うものの見方に接し、主体的に考える力を養うべきとの考え方が定着した。その背景には、第二次世界大戦中に市民が批判的な判断能力を失ったまま、ナチスの政策に加担していった過去への反省などがあるといわれている。そのため国や州は、芸術や文化を統制してはならないが、市民が芸術や文化と自由に関わることのできる環境や条件を整備する責務がある。芸術や文化を通して、人々は未知のものや多様な価値観と向き合い、共生社会を築くための基盤をつくってきたのだ。

今回のコロナ危機では、ドイツに住む人々が自由な芸術・文化活動を行えず、そして芸術・文化を担う人々の仕事と暮らしが著しく脅かされている。各国の国境が閉じられ、自国優先の価値観が強まっていけば、人々が互いを理解し合うことはより難しくなってしまうだろう。ドイツにとって芸術・文化はこれまで、文化的な慣習や言語の壁を乗り越えるなど、多様な人々が共生するために必要不可欠なものだった。メルケル首相が「(芸術・文化によって)過去をより良く理解し、未来に全く新しい眼差しを向けることができる」と述べたように、ドイツでは困難な時こそ、芸術・文化への支援が重要という認識があるのかもしれない。

現代アートフェスティバル「ドクメンタ 」現代アートフェスティバル「ドクメンタ 」には、社会性・政治性の強い芸術作品が集まり、
市民も巻き込んだ議論や対話の場が生まれる

もっと知りたい人におすすめの書籍
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藤野一夫、秋野有紀、
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発行元:美学出版
2017年9月刊行


今、どんなことを考えていますか?
コロナ時代のアーティストに聞く

新型コロナウイルスが芸術・文化に深刻な影響を与える今、ドイツに住む芸術・文化のつくり手たちはどんなことを考え、実践しているだろうか。日独のアーティストの方々に、ドイツの芸術・文化支援策の実情や、現在の取り組みなどについて伺った。

Aさん(ベルリン在住/日本人)
在独4年目。画家やグラフィックデザイナー、日本の伝統をベースとした手仕事の作家として活動している。

─ 新型コロナによって、生活が変わりましたか?

4月と8月に予定していた展覧会がそれぞれ延期となりました。展覧会の延期や制作依頼が減ったことで、作品発表の機会や収入が減ることへの心配があります。また、自分が感染してウイルスを拡散してはいないか、重症者や死者が日々増加することへのやりきれなさや、多くの不自由がもたらす混乱など、不安は多岐に渡ります。一方、今は時間に余裕があるので、友人たちとオンラインで意見交換をすることも。

─ ドイツ連邦政府や州政府から 支援を受けましたか?

ベルリン州政府による「即時支援金Ⅱ」*を受けました。ウェブサイトにアクセスするまで24時間ほど待ち、必要事項の入力などに5分程度。手続きはとても簡単で、ベルリンという芸術・文化が豊かな街に住んでいることの恩恵を受けていると感じます。その反面、受け取った助成金の用途や、後になって申告や返金を求められる可能性があるかなど、不明点が多いので情報収集に頭を悩ませることも。ドイツ政府やベルリン州には、現状で効果をあげている支援の継続と、今回の支援から漏れてしまった人たちへの救済措置を望んでいます。

*「即時支援金Ⅱ」……ベルリン州政府は3月27日から、連邦政府からの資金提供を待つのではなく、州政府が立て替える形で前倒しで緊急支援を開始。申請受理から支援金の振込まで、2〜3日という驚異的なスピードが話題に(現在は資金切れのため休止中)。また使途は活動上の経費に限定されておらず、生活費への充当も可能だという。

─ 新型コロナは、ご自身の活動や社会にどのような影響を及ぼすと思いますか?

世界の歴史を紐解けば、疫病、災害、恐慌、戦争など社会構造の転換点となる事象は数多くあり、今回も大きな影響は避けられないでしょう。特に資本主義経済への打撃を想像すると背筋が凍る思いです。しかし感染を防ぐための措置が結果的に二酸化炭素排出量の大幅削減に貢献するなど、皮肉めいた好影響があるのも事実。今は可能な範囲で作品制作を続けつつ、世界が、国々が、人々がどのような反応を示して動いているかについて、注視している最中です。

ノイマンさん(デュッセルドルフ在住/ドイツ人)
旧東ドイツ地域出身の現代美術アーティスト。デュッセルドルフ芸術アカデミーで写真を学び、現在も精力的に活動。

─ 新型コロナによって、生活が変わりましたか?

3月にデュッセルドルフで予定していた大規模な個展と、二つのグループ展が閉鎖に。特に個展には多くのエネルギーとお金を投資していたので、観客のいない展示空間はシュールに感じました。その後、この会場で「孤独な作品のためのコンサート」と題して、ミュージシャンや詩人のパフォーマンスをライブ配信しました。しかし考えてみれば、私たち旧東ドイツ地域の出身者にとって、それまで当たり前だと思っていた世界が崩壊することは新しい経験ではありません。ベルリンの壁が崩壊した1989年と同様、今の状況から多くを学べると思います。

─ ドイツ連邦政府や州政府から 支援を受けましたか?

連邦政府によるフリーランスのための緊急支援と、ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州独自のアーティストへの支援を申請しました。このような支援はありがたいですが、「緊急支援」はその名前の通り、あくまで一時的なもの。アーティストやフリーランスが再び活動し、経済を回していけるような仕組みを整えていくことが急務だと思います。

─ 新型コロナは、ご自身の活動や社会にどのような影響を及ぼすと思いますか?

コロナ危機によって、世界がいかに壊れやすく、そしてつながっているかということを改めて認識しています。3月の終わり頃、私の娘はリンゴの種を土に埋め、それがリンゴの木になるかどうかの観察を始めました。種から木が育つというのは考えてみれば自然の成り行きですが、新型コロナが蔓延する現在、この小さくて壊れやすい植物の姿にとても感動しました。私の目には、まさに生と死のシンボルに見えたのです。今はこのリンゴの木に寄り添い、写真を撮っていきたいと思っています。

寺嶋さん(ミュンヘン在住/日本人)
在独8年目。コンテンポラリー・ジュエリーの中心地であるミュンヘンで、装身具作家として活動している。

─ 新型コロナによって、生活が変わりましたか?

すぐに影響があったのは3月9日からのミュンヘンでのグループ展示でした。まだコロナの影響がそれほど大きくなかったため開催こそしましたが、残念ながら来場者は前年の3割程度。ほかにも5月までのイベントが全てキャンセル、もしくは延期されました。現在も自宅のアトリエで制作を続けていますが、「発表場所が無い=収入が無い」ことに変わりはありません。また最近は改善されましたが、材料や道具の注文や発送が以前のようにスムーズにいかないことも。

─ ドイツ連邦政府や州政府から 支援を受けましたか?

バイエルン州を通して、連邦政府の緊急支援に申請をしました。まず3月後半に郵送で申請しましたが、順番待ちのままで結局振り込まれず。その後、4月上旬に新しい情報を受け、今度はオンライン手続きをしました。しばらくして受理の手紙が届き、実際に入金されたのはその2週間後。私の周りのアーティストには、まだ返事をもらえていない、または説明不十分で受理されなかったという人も多く、若いアーティストが個人で申請するにはハードルが高いと感じます。

─ 新型コロナは、ご自身の活動や社会にどのような影響を及ぼすと思いますか?

コロナによって世の中がガラリと変わってしまったので、制作活動においても今後の社会全体を想像することが重要だと思っています。人とのコミュニケーション方法の変化や、外出自粛時での創作活動の意義などについて、作品に反映できないかと試行錯誤中です。最近ではオンラインで作品を見せる美術館やギャラリーも増えていますが、「ジュエリー」は人が身に着けることに大きな意味があります。そのため、より自己と他者の結びつきを意識した活動を展開していければ。

 
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