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ロンドンのゲストハウス
Di. 18. Dez. 2018

Der Rote Punkt 赤い点

6月4日、1本の映画がドイツで封切られた。日本とドイツを舞台に、1人の若者が旅を通して成長していく物語。でも、よくある青春物語とはひと味違う。心の奥深いところにある感情にスポットを当て、浮かび上がってくるものとは・・・・・・。数々の国際映画祭で観る者の心を揺さ振り、大きな感動と希望を与え続けている 映画「Der Rote Punkt / 赤い点」。宮山麻里枝監督に、作品に掛ける想いと物語に込められたテーマについて語っていただきました。 (編集部:高橋 萌)

●ストーリー

記憶の彼方からこぼれ出たある夢の破片が、東京で学生生活を送る小野寺亜紀の頭から離れない。就職活動にも身が入らず、帰省した実家で、彼女は押し入れの奥にある古い小包を見つける。その中には、封印された記憶を解くための手掛かりがあった。古いカメラに残されたフィルムに写っている幸せそうな若い家族。黄ばんだ封筒の中の手紙と外国の地名が並んだ地図のコピー。そこに記された赤い点は、幼い亜紀の人生の分岐点だった。

その場所を見たいという衝動を抑えきれず、亜紀は失われた家族の記憶を辿って独りドイツへ旅立つ。そして、南ドイツの片田舎でバイクを乗り回す18才の少年エリアス・ウェーバーとその父ヨハネスに出会い、彼らの家に客として迎えられることになるが・・・・・・

受賞歴
2008年ホフ国際映画祭 ドイツ映画奨励賞受賞
バイエルン映画賞 2008年新人プロデューサー賞受賞

スタッフ
脚本・監督・編集:宮山麻里枝
脚本:クリストフ・トムケヴィッチ
撮影:オリバー・ザクス
音楽:ヘルムート・ジンツ
プロデューサー:マーティン・ブランケマイヤー、園木美夜子

配役
小野寺亜紀:猪俣ユキ
ヨハネス・ウェーバー:ハンス・クレーマー
エリアス・ウェーバー:オルランド・クラウス
エリカ・ウェーバー:イムケ・ビュッヘル
マティーナ・ウェーバー:ツォラ・ティーセン
亜紀の伯母:音無美紀子
亜紀の伯父:大和田伸也
長岡淳:斉藤悠
写真屋の店主:峰岸徹
亜紀の父:矢柴俊博
亜紀の母:フォート菜穂子

上映スケジュール
ドイツ全国29都市で上演!
Augsburg/ Bad Gandersheim/ Bad Wörishofen/ Berlin/ Bochum/ Bremen/ Dresden/ Düsseldorf/ Esslingen/ Frankfurt/ Freiburg/ Göttingen/ Hamburg/ Immenstadt/ Karlsruhe/ Kaufbeuren/ Kempten/ Köln/ Leipzig/ Lindau/ Marktoberdorf/ Memmingen/ München/ Nürnberg/ Oberstdorf/ Potsdam/ Regensburg/ Seefeld/ Stuttgart
※上映日程・劇場についての詳細は下記ウェブサイトをご参照ください。
www.derrotepunkt-derfilm.de/termine.html


緊急告知6月5日(金)19:00
Atelier-Kino im Savoy-Theater / Düsseldorf

デュッセルドルフの「Atelier-Kino im Savoy-Theater」にて上映と宮山監督、主演の猪俣ユキさんらによる舞台挨拶、質疑応答が行われる!映画人の生の声を聞くこの機会を是非お見逃しなく!!

●宮山麻里枝監督にインタビュー

Marie Miyayama (脚本・監督・編集)
1972年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、1995年に渡独。ミュンヘン大学演劇学科を経て、1998年に初の日本人学生としてミュンヘン・テレビ映画大学への入学を許可される。短編やドキュメンタリーの習作を経て、2008年卒業制作として独日合作初長編「赤い点」を完成させ、各国の映画祭で高い評価を得る。

ドイツの撮影チーム
ドイツの撮影チーム。主演の猪俣ユキ(中央)、宮山監督(中央右)ほかドイツの撮影チームの皆さん


「赤い点」から始まるこの物語は、2007年8月16日~9月6日(撮影日数20日)に東アルゴイ地方で、2007年10月2日~6日(撮影日数5日)に東京、千葉で撮影された。初の長編映画に挑んだ宮山監督に、映画ができるまでと、これからについて伺った。

ブンデスシュトラーセ17の「赤い点」

私は、ドイツでの学生生活のため、語学関係のアルバイトで生計を立てていたんです。ある日、たまたま通訳として1人の日本人旅行者に付き添ったことがありました。彼女が「ここに行きたい」と、持っていた地図の上を指差すと、その先にはポツンと赤い点が打ってあったのです。ロマンチック街道と呼ばれるブンデスシュトラーセ17の道半ば。よく訳もわからないまま、とりあえずタクシーで赤い点を目指しました。

到着したその場所で、彼女はその理由を話してくれました。その現実をなんとか映画にしたいと思い、その後、彼女とその家族を取材しながら少しずつストーリーを膨らませて脚本を書き上げました。私が通訳を担当したという偶然の出会いをきっかけに、10年以上の歳月を経て、この物語は生まれたのです。

卒業制作、10年越しの想い

この映画は、ミュンヘン・テレビ映画大学の卒業制作として作った作品。私の場合は、とにかく大学に10年間在籍していたので、「これを仕上げなくちゃ卒業できない」「これだけは作らないと」と思って、その後どうなるかなんて考えずに作り続けました。こんなこと、もう2度としたくないって思うこともたくさんありましたが、出来上がった映画をお客さんに見せると、「すごく良かったよ」と声を掛けてくれたりして、やっと作って良かったなぁという気持ちになれました。

日本の大学に通っているときから映画を作り始めて今までそればっかりやってきたわけですが、この映画は私にとって初の長編映画で商業映画としてドイツ各地の映画館で上映してもらえる作品に成長した映画でもあります。このタイミングを逃さずに、なるべく早く次の作品を作りたいと考えています。

映画祭での収穫

1番最初は、モントリオール世界映画祭。ちょうど滝田洋二郎監督の「おくりびと」がグランプリを獲っていました。 私たちの映画は、デビュー作ばかりを集めた「ファースト・フィルム・ワールド・コンペティション」に出ていました。「Der Rote Punkt / 赤い点」は、有名な俳優が大勢出演しているわけでもない、監督も含めて名も知れぬ人たちが作った映画です。ほかにもたくさん作品がある中で、果たしてお客さんが来てくれるのかというのが、私の第一の心配だったんです。

ところが、カナダのモントリオールはフランス語圏ということもあり、ヨーロッパ的な感覚を持っていて、さらに日本映画に興味がある人も結構いたようです。4回上映し、回を重ねる度にどんどんお客さんが増え、最後の2回は売り切れ!すごく嬉しかったですね。

それをきっかけとして、初めてドイツで上映されたのがホフ国際映画祭。この映画祭では賞をもらい、配給会社も決まりました。

やっぱり映画というのは、もしそこに人間の根源的な感情というものがあるのなら、文化を超えて分かってもらえるもの。私の映画は静かで、物事がたくさん起こらない。でも、観客は私が思った以上に多くのことを汲み取ってくれる。こういう風に、映画を観た1人1人が映画を作り上げていってくれるんだと実感しました。

ドイツの撮影チーム
日本で撮影したときの集合写真 photo by akira okukawa

独日合作の難しさ

私にとって、日本の情景を描くのは自分自身の記憶をたどればそんなに難しいことではないのですが、ドイツ人的な日常とか家庭の中まで踏み込むのは難しくて。それで、会話(セリフ)の部分は主にドイツ人の共同脚本家に書いてもらい、キャラクター作りを私がするという作り方をしました。父親ならこう感じるだろうとか、兄弟の関係について言えば、なんだかんだいっても、ある程度は文化の差を越えて共有できる感覚だと思うんです。

外に向かいながら、内に迫る「心の旅」

私にとって映画を撮るということは、自分が生きている現実とすごく密接に関わっているもの。面白い話を作ろうと頭で考えるというよりは、目の前にある現実や出会った人々を通して何が作れるのか、どう表現できるのかというのが私が映画を作るモチベーションです。

この作品では、主人公の女の子の「心の旅」がテーマにあります。彼女は、自分のルーツや生い立ちを探すために世界の反対側に旅立つ。そこで出会い、見つけたものは、自分の心の奥深くにあるものだった。外へ向かうほど自分の内面に近づく、そんな彼女の旅を表現してみたいと思いました。

Du bist nie ganz verloren,
solange jemand für dich da ist.

(君は独りじゃない 
誰かが君のことを想っている限り)


●本誌では掲載しきれなかった、
宮山監督の話を一挙公開!

映画やドイツとの関わり、映画「Der Rote Punkt / 赤い点」ができるまでの経緯、裏話などについて伺いました。

この先は映画の核心に迫る内容が含まれています。
続きを読みますか?

続き 隠す

ドイツにきたきっかけは?

高校のときに放送部に入って、ラジオドラマを作ったりしていたんですが、その延長で映画を見るようになりました。そして、たまたま見た映画の中で心を打たれたのが、ドイツ映画だったんです。ヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」という作品。

この映画との出会いをきっかけに、ヨーロッパ映画をたくさん見るようになり、大学卒業後はヨーロッパで映画の勉強をしたいという思いを抱くようになりました。

ミュンヘンの大学に入学したのは?

ヴィム・ヴェンダースの履歴に「ミュンヘンの学校で学んだ」と書いてあった。だから、とりあえずミュンヘンに行ってみようかなと。ミュンヘン・テレビ映画大学は、3回受験して3回目でやっと受かったんです。もし他の大学から入学許可が出たら、他でも良かったんですが。でも、結局ミュンヘンの大学に受かって、ここで学ぶことができました。

ドイツには、いくつか州立の映画学校Filmhochschuleがあります。映画大学っていうのは普通の大学とくらべて規模が小さく、ミュンヘン・テレビ映画大学は、各学年学10数人くらい。でも、少人数であるがゆえに、入学したら全員プロジェクトを持たせてもらえて、国から出る予算で映像作品を作ることができるんです。この点が、日本などとくらべて経済的には恵まれている点だと思います。外国人の学生っていうのは、ベルリンの映画大学なんかは多いんじゃないかと思うんですが。ミュンヘンの大学では、各学年に1人くらい。日本人では私が初めてでした。

東京で生まれて、東京で育ってきたので、どこかまったく違う世界で暮らしてみたいと思う気持ちが強かったんです。で、思いきってミュンヘンに来た訳ですが、3回目のチャレンジでダメだったら、とりあえず日本に帰ってもいいかなぁと、一応3年間ドイツでの生活も経験したし、なんて思ったりもしていました。そうしたら入学できることになって。回り道したけどスタート地点に立てた。それがもう今から10年前のことです。

いろいろな表現手法がある中で「映画」を選んだのは?

私は、映画なんかを見るようにならなければ普通に東京で就職をして、平均的な歳のとりかたをしていたんだと思うんです(笑)。でも、私にとって映画を見るということが、今いる東京・日本という世界じゃない世界があるということに気付かせてくれるきっかけになった。音楽にしても小説にしてもそういう要素があると思いますが、違う世界があることを実感させてくれる映画の世界が好きなんです。

映画「Der Rote Punkt / 赤い点」は、実際に起きた事件から生まれた話。宮山さんが通訳として、ある1人の日本人旅行者の目的地「地図上の赤い点」を目指し、そこで聞いた話しとは?

駅が近くにあるわけでもない。なんにもない道の半ばを「赤い点」は示していました。タクシーで向かったその場所にあったのは、「○月○日に日本人の家族が事故に巻き込まれた」と彫られた1つの石碑。私が付き添った女性は亡くなったご家族の親戚の方だったんですが、その方が映画にあるように持ってきたお酒をかけたりということをなさって。

その事故は自動車事故で、犯人はそのまま走り去って今も見つかっていないということでした。この出会いはもう10年以上前のこと。1つの事故によってたまたま人生が交差する。1人はそのまま逃げて誰かがその事故で亡くなったという秘密を抱えたまま生きている。一方では、家族を失った子どもが1人だけ生き残った。そして、その現実を受け止めながら生きている。撮影をした場所は、その実際の事故があった場所の近くを選んでいます。

この話を映画にしたいと思ったのはなぜ?

実際に日本にいるそのご家族を取材して私自身1番驚いたのが、彼らが事件のことをトラウマに感じていたり、恨みに思っていたりすることが一切なくて、しかたがないと言うと語弊がありますが、今ある現実を受け止め、そこから最大限ベストを尽くそうという思いで生きてらっしゃること。ドイツを嫌いになったりもせず旅行にもいらっしゃるし、ドイツ語の勉強を始めたとも聞きました。

その事故で亡くなったお父さんというのが、日本企業に勤めていたんですが、ずっと海外勤務を希望していて、それがやっと叶ったというとき、赴任して1年ほどという時期に亡くなってしまったわけなんですが、本人がやりたいことをやっていたんだから、短くても満足のいく良い人生だっただろうと、そういうものの捉え方をしている。

仮に犯人が見つかったとしたら、どうしましか?という質問を投げかけてみると、「興味ない」という返事。私たちとは関係がないことだと。このことが私にとって、ストーリーを作る上でのモチベーションになったんです。

Der Rote Punkt / 赤い点

主人公の亜紀が、自分の家族を巻き込んだ事故を起こした犯人を目の前にして、あんなに穏やかだったのは、その取材に基づいているんですね。

家族を喪ったというシチュエーションで復讐とか恨みとか、そういう感情が先に浮かぶと思いがちですが、私が実際に出会った家族というのは、驚くほどに前向きで、ポジティブで・・・・・・、もちろん表現できないような悲しい思いやつらい時期を経てきたはずです。それでも、ある種の運命論じゃないんですが、短くとも幸せな人生だったんだから、それはそれでいいんじゃないか。そういうものの捉え方をしている。恨みを晴らすこと自体を人生のモチベーションにするよりは、生き方として賢いと思います。

おそらく主人公のアキの中にも、時が経つにつれてじわじわと怒りが沸いてくるかもしれない。でも、彼女にとって何が1番大切かというと「今の自分」なんです。今の自分っていうのは、親戚の叔父さん叔母さんにすごく大事に育てられ、肉親は自分の心の中にずっといる。今回の旅でそのことに気付くことができた。だから彼女は、この先もっと自由に自分の道を前へ前へと進めるようになると思う。この映画は、彼女の心の中の旅というのがメインテーマです。ドイツ人のウェーバー家も、彼らの過去の向き合って、もう一度関係を修復してく作業がこれから始まります。それぞれが、それぞれのやり方で、自分で前を向いて歩いていかないといけないんだということが、この映画の行き着く先だと思います。

Der Rote Punkt / 赤い点

ありがとうございました。

ドイツに暮らすからこそ、ふとしたときに日本を思い、家族を思い、自分のルーツを探る時間を持つきっかけに出会うことが多いのは確かです。

映画全体を包む詩的な静謐さとやさしさに、自分の心も癒されたような気がいたしました。再出発する主人公、やっと1つのテーブルを囲み向き合おうとするウェーバー家、それぞれの未来に向かう推進力に明るい予感を感じつつ、私も強く明日に向かうぞ!と決意。元気付けられました。

読者の皆さんは、この映画を見てどんなことを感じたでしょうか?(高)

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