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ロンドンのゲストハウス
Mi. 20. Nov. 2019
新春号 仏・英・独 3国特集 街並みに新たな息吹をもたらす建築家にインタビュー

ペーター・クルカ - 建築は「第3の肌」。長い人生をその中で生きるのだから

建築家ペーター・クルカ氏 インタビュー 日本人が憧れを抱く、ドイツを含む欧州各国の古い街並み。
だが、その風景も 日々変化している。
そこで本誌新春号では、ドイツ、英国、フランスの
街並みに新たな息吹を吹き込む建築物を
生み出した建築家にインタビュー。
ドイツからは東西統一後、芸術と文化の都ドレスデンの
都市再生の一翼を担ってきた現代建築家
ペーター・クルカ氏に話をうかがった。

Peter Kulka ペーター・クルカ
1937年7月20日、ドレスデン生まれ。建築工学の職業訓練を積んだ後、59~64年にベルリン・ヴァンゼーの造形美術大学で建築学を学ぶ。ドイツ民主共和国(DDR)時代の65年にケルンへ亡命し、69年に建築事務所を設立。東西ドイツ統一後、91年にドレスデンにも事務所を構える。86~92年、アーヘン工科大学建築学部教授。2004年、ノルトライン=ヴェストファーレン州メシェデにあるケーニッヒスミュンスター修道院のゲストハウス「Haus der Stille(静寂の家)」で同州建築賞受賞。そのほかの代表作に、ザクセン州議会やドレスデン・レジデンツ城の一部の再建・修復、ベルリン・コンツェルトハウスの室内楽ホールなど多数。 www.peterkulka.de

現代建築における修復とは、新たな絵を生み出すこと

あなたが手掛けた文化財修復・再建の代表例に、ドレスデン・レジデンツ城中庭の、アーチ型をいくつか組み合わせたクッションのようなドーム屋根が挙げられると思います。新旧の建築様式を融合させる目的で、現代建築においては典型的なガラスの屋根を歴史的建築物に被せたのでしょうか。

ここで使用した素材はガラスではなく、「メンブラン」と呼ばれる人工フィルムです。曲がりやすい素材で、正方形に見えますが、直線やエッジはなく、通常ガラス建築に使われる剛性スチール・フレームも一切使っていません。当初はガラスではなくプラスチックを使うなんて……という非難の声も上がりました。昨今はこのような建築にガラスを使うことが通例ですが、ガラスを曲げるには大変な費用が掛かります。そもそも、ただでさえ不均衡な造りの城の中庭に、人々を雨風から守る丈夫な屋根を被せることは並大抵の作業ではありません。しかも、それが完成するか否かの頃に、当時、米大統領に就任したばかりのオバマ氏とメルケル独首相がこの場所で会見することになったのです。もう、こうなったら現代建築がどうこう言っている場合ではない!とにかく屋根を城に合わせて作らなければと思いました。

ドレスデン・レジデンツ城
2010年、ドレスデン・レジデンツ城の中庭に加わったドーム型の屋根

古い建物の修復・再建においては「何を残し、何を新しくするか」という点が課題になると思います。設計の際にはその点をどのように判断していますか。

レジデンツ城の中庭の展示部屋を再建するに当たって、城の地下に眠っていた貴重なコレクションの見せ方についての議論がなされました。ザクセン選帝侯モーリッツ公が権力誇示のためにイタリア人画家を呼んで描かせた絵はすべて戦中に焼失してしまいましたが、文化財保護の提唱者らは原画に似せた絵を描こうとしました。私はこういうやり方には反対です。そんなものは歴史の偽装でしょう。観る人はそれが本当に存在したのだと誤解してしまう。一度壊れてしまったものを元の状態よりも良く復活させることなんて無理なのです。  

一方、私はもともと絵が描かれていた展示スペースの天井にアーチを掛け、左右の壁にガラスのショーケースを並べて、その中に金張りの騎士のモデルなどの展示品を入れる案を思い付きました。中世の馬術競技場のような空間を演出したかったのです。城本体のドーム屋根の景観を損なわずに展示品に照明を当てるために、現代のハイテクを駆使しましたよ。  

そうすることで、現代建築という手法によって邪魔されることなく、もう何百年も前に消滅した神秘的な空間がよみがえりました。現代建築における修復というのは、かつて飾られていた絵を復刻して飾るのではなく、現代的な素材と手法で新たに美しい絵を生み出すことなのです。

レジデンツ城内部の展示スペース
レジデンツ城内部の展示スペース。
ザクセン王国の秘宝が現代建築の空間で息を吹き返した

建物を美しく修復・再建することが、都市再生の鍵と言えるのでしょうか。

もちろん、何かを建てる際には、外見の美しさやバランス、周囲との調和といった概念が重要になります。ただ、そうした美しさに関わるもの以外の要素を排除することもできない。醜さの力というものもあるのです。例えばロンドンや東京などの世界都市は、建築的に整った美しい都市とはとても言えないにもかかわらず、人々を魅了し続けていますよね。  

芸術作品として1つの都市を作り上げることは不可能です。美しい街区を作って奇麗な柵で囲うことはできますが、その外側には新たなスラムが形成されてしまいます。街全体を1つの作品として完成させようとすると、必ず見逃し、放置される部分が出てくるのです。美しい都市というのは、多くの人々の様々な貢献、功績の積み重ねによって成り立つ、混沌としたものです。その中で暮らしながら、人は本当に欲しいものが何かを考え、世代を超えて実現していくのだと思います。

ドレスデンは戦後、DDRという独裁政権下に置かれたにもかかわらず、その後見事な復興を遂げました。何が街の復興を支えたのでしょうか。

私が子どもの頃、この街で目の当たりにした破壊の様子は、今も心に深く刻まれています。破壊される以前の美しい街並みや発展の様子を知っていましたからね。戦後、この街は大きく変わりました。過去の封建制を想起させるもの、資本主義的なものを敵視していたDDRは、「社会主義の未来のために!」と称して戦禍を免れたものまですべて取っ払い、全く新たな都市を造ろうとしました。そして、中世から発展してきた小さな道や林道を取り壊し、無理やり広い道を敷いたのです。  

しかし、都市計画はそれほど簡単ではありません。東西ドイツ再統一後、このような無造作な都市計画から取り残され劣化していく建物や、そのほかの失われたものとどう向き合うかという問題が生じました。平和革命や西側の影響で人々は自発的に問題提起をし、都市計画について議論できるようになったのです。私たち建築家もその流れを把握するようになりました。

大きなプロジェクトにおいて、民意を汲むというのは難しいのではないでしょうか。

現在、私が取り組んでいるプロジェクトの1つに、ブランデンブルク州議会議事堂があります。これはプロイセン時代の建築家ゲオルク・ヴェンツェラウス・フォン・クノーベルスドルフが建てたポツダムの城を再建し、その中に州議会の会議場を置くというものです。このプロジェクトのコンペの最中、当時の城に思い入れのある人々や政治家の意見が対立し、議論が中断したことがあります。  

複数の当事者が様々な意見を持つ民主主義社会では、特に歴史的な場所に新たに何かを建てたり、再建することは大変な困難を伴います。大げさに言えば、「王を復活させたい!」と主張する人もいるわけですから。現代建築家は、こういった場面で戦わなければならないのです。

ブランデンブルク州議会議事堂
格調高い城の中に、省エネ対策を施したモダンな会議場が入る
ブランデンブルク州議会議事堂は今年完成予定

政治的な要因が建築計画に影響することはありますか。

ザクセン州議会の建設に当たって、私は本会議場をエルベ川沿いに設置したのですが、ボンでドイツ連邦共和国(BRD)の連邦議会議事堂を手掛けた建築家ギュンター・ベーニッシュがこれを見て私に言いました。「君は何てことをしてくれたんだ!私がずっとやりたいと思いながらできなかったことをやってのけるなんて!」と。彼は、連邦議会議事堂の本会議場を川沿いに置いたところ、首相がその目の前に事務局の建物を建ててしまったのです。  

過去の世代が欲してできなかったことを、次の世代が実現するというのが世の常だと思います。それが誰の功績であるかは関係ない。突然機が熟して実現する、そしてまた変化が求められるのです。

街の復興に際しての建築家の役割をどう捉えていますか。

各都市の発展、社会の変化を無視して建築を語ることはできません。その意味で、私たち建築家は社会の奉仕者と言えます。政治家に言われるがまま任務を受けているようでは駄目。ときに政治に批判的に、ときにその方向性を後押しするような形で、社会の声を代表しながら建てていかなければ。  

私はアーヘン工科大学の講義で、いつも学生たちに言っていました。「社会という枠組みの中で建てなさい」と。建築家と聞くと、天才だと崇める人がいますが、建築家だって間違いをすることはあります。神ではありませんからね。私は、建築とは長い道だと考えています。険しいけれど、進まなければならない道。社会は様々な問題を抱えていますが、その中から学び、できることを実行に移す。失敗しても成功しても、そこから何かしらを得て先へ進む。そうして道は続いていくのです。

建物のコンセプト策定で大事にしていることは何ですか。

ブランデンブルク州議会議事堂となる城の再建に際し、条件の1つに「省エネ建築」がありました。しかし、当時城を建てたクノーベルスドルフの設計図には、もちろん省エネ対策なんて組み込まれていません。つまり、省エネ対策は城を全く新たに建てることによってのみ可能なのです。一方、ドレスデンのレジデンツ城の屋根は、建物が残っている状態での取り付けでしたので、既存のものに合わせたコンセプトが必要でした。 

つまり、同じ城が2つとないように、同じ課題は2つとありません。建築の基本は、建物が建つ場所、用途、利用対象者を考えること。それらを土台にコンセプトを決め、後はそれを可能な限り実現させていくだけです。

シンプルな素材で建物に息を吹き込み、意味を持たせる

過去のあなたの作品は、すっきりとした外観が目立ちますね。

高価な建材を使って美しさを追求した建築の中には、結果的に何の意味もなしていないものがありますが、私にとってそれは悪趣味でしかありません。美しさ自体が目的と化してしまっては建築家にとって致命的です。むしろシンプルな素材でシンプルな建物に息を吹き込み、意味を持たせること、シンプルな手段で広い空間を作るというのが私のやり方です。現代人は聴覚的にも視覚的にも、逃れられない騒音の中で生きていますから、ストレスを軽減できる静かな場所が必要ですよね。  

もっとも、電気・通信ケーブルやスイッチなどもどこかへ設置しなければならず、今の世の中ではそれらは増える一方なので、実はこれが最大の難点でもあります。そこで、問題解決のヒントとなるのが「削減」という考え方、つまり極力無駄を省くということです。これは単純なことに思えるかもしれませんが、待っているだけでは実現しませんから、削減を積極的に求め、促進していく必要があります。ときには無駄を省く行為が、ほかの誰かを挑発することになったとしてもね。

メシェデの修道院内
メシェデの修道院内。ガラスとコンクリートから成る建物は、
周囲の自然に溶け込み、静寂を生み出している

将来は、どのような建築物を手掛けたいと思っていますか。

その質問に答えるには、もう時期が遅すぎますよ。私が初めてコンペに勝ったのは30歳のときです。その後、修道院も、学校も、もう大方の建物は建てました。私が草案を提出し、どんな結果に転ぶかを待つ。コンペで勝ち取った仕事が、やりがいのあるプロジェクトであれば嬉しい。過去20年はそんなことを繰り返していて、「さて、次は何を建てようか」などと考えたことはありません。  

ただ唯一、今でも建てたかったなと思うのは、ケムニッツの陸上競技場です。東西統一直後の時期に草案したもので、実現はしませんでしたが、後のスタジアム建設に着想を与えたプロジェクトとして、今ではあらゆるスタジアム・ガイドブックにも載っているほどなんですよ。

建築家として、今の社会に何を望みますか。

衣服が人間の「第2の肌」なら、建築は「第3の肌」です。これから生まれる人は皆、長い人生をその中で生きていくわけですから。社会や人々には、もっとこの「第3の肌」に興味を持ち、建築文化を発展させていってほしいと思います。ドイツは高度に発達した民主主義国家ではありますが、本当の意味での現代建築の文化は未成熟です。人々は買い物をし、より良いサービスを求め、贅沢をして……と、消費にしか目が行っていない。しかし、すべてを手に入れる必要などあるのでしょうか。城だって、要らないですよね。少なくとも私は欲しくない(笑)。


 
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