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Oliver Was­ser­mann
Di. 18. Sep. 2018

ドイツで過ごす聖なる季節 - クリスマスの伝統と今

クリスマスキリスト教が生活に根付く欧州で、イエスの生誕を祝うクリスマスは1年の中でも特別なイベント。シーズン目前の今号では、英国とドイツの過ごし方を徹底比較!その祝い方は国や地域によって様々だが、クリスマスにまつわる伝統文化や風習からは一様に、身近な人の幸せと平和を願う市民の顔が見えてくる・・・・・・。(ニュースダイジェスト編集部)

どう過ごす? 今年のクリスマス

今年の24日のディナーはロースト・ビーフ!我が家は教会に行く習慣はなく、24日にクリスマス・ツリーを飾り、17時以降は子供部屋でベルの音を待ちます。ベルが鳴ると、リビングにはプレゼントとディナーの準備ができていて、プレゼントを開けたり、食事をしたり、家族とゆっくり過ごします。プレゼントの包装紙は、26日まで片付けずにそのまま。だって、その方が雰囲気あるでしょ?
S・A(バイエルン州出身のドイツ人学生)
昨年まで暮らした日本には、ドイツのように4週間も前からクリスマスを心待ちにする雰囲気がなかったので、この時期はホームシックになっていました。でも、日本でお正月を一緒に祝う人を得て、過ぎ行く年と新しい年に想いをはせる時間を持てるようになってからは、「同じだ」と思えるようになりました。今年の過ごし方はまだ決めていませんが、大切な人たちに感謝を伝える季節を存分に楽しみたいです!
L・J(日本在住経験のあるアーヘン出身のドイツ人)
今年はモロッコでクリスマスを過ごします!家族と過ごすクリスマスは、それはそれで良いものだけど、プレゼントの準備や当日の段取り、親族へのあいさつ回りと、ストレスも少なくない。子供たちは自立したし、孫ももう大きくなったので、プレゼントは商品券を贈れば文句も出ない。後は気ままに休暇を楽しむため、ここ数年は夫婦で旅に出ています。
M・S(デュッセルドルフ在住の会社員)

クリスマスの過ごし方

クリスマスのスケジュール
4週間かけてクリスマス・ムードを盛り上げる

クリスマスの4週前の日曜の朝、4本のろうそくを飾り付けたアドヴェンツ・クランツ(リース)の1本目に火を点けて、クリスマスへのカウント・ダウンが本格的にスタートする。12月1日~24日まで、毎日1つずつ小さなプレゼントをもらえるアドヴェント・カレンダーも欠かせないアイテムだ。ドイツでは、「アドヴェント(降待節)」の1カ月こそが、クリスマスの醍醐味。そして、日本からの観光客の期待を裏切るように12月24日の午後から26日までのクリスマス本番は、街中が静まり返る。交通機関は間引き運行、一部地域では運休。店のシャッターは固く閉ざされ、クリスマス・マーケットも終わっているところがほとんど。皆、家族や大切な人たちと、温かい部屋の中で特別な時間を過ごしている。12月24日は、朝から教会を訪れたり、夕方から始まるプレゼント交換や食事を楽しむ「Bescherung(贈り物)」の時間の準備をする。意外にも、家庭用のクリスマス・ツリーの飾り付けもこの日に行うことが多い。25日の朝食も大切な家族の行事。レストランやホテルを予約する家庭もある。24、25、26日は、日本の三が日のような感覚で、親戚へあいさつへ行ったり、家でゆっくり過ごす。クリスマスには欠かせないクラシック音楽と言えば、バッハの「クリスマス・オラトリオ(BWV248)」。

ドイツのクリスマス

クリスマスの食事
肉とシュトレンとグリュー・ワインと

クリスマスのメイン・イベントとなる12月24日のディナーのメイン・ディッシュは、ガチョウや鴨のロースト、いつもよりもご馳走感のある牛肉料理が人気で、北部ではコイ料理(カルプフェン・ブラウ)が定番という地域もある。「ソーセージとジャガイモ・サラダ」と、いつものメニューでクリスマスを祝う家庭も。アドヴェント期間中は、焼き菓子もいっぱい。家庭で作るクッキー「プレッツヒェン」、香辛料の効いた「レープクーヘン」やジンジャー・ビスケットの「シュペクラティウス」、三日月型の口溶けなめらかなアーモンドのビスケット「バニラキプフェル」など、家庭でも職場でも、常時、焼き菓子やチョコレートに手を伸ばせるような「ヴァイナハツ・テラー」で来客をおもてなし。ドイツのクリスマス・ケーキ「シュトレン」は、ドライ・フルーツとマジパンたっぷりのどっしりとした焼き菓子。薄くスライスして、クリスマスまで少しずつ食べ進めるのだが、だんだんと味がなじんでいくのが分かる。クリスマスの代表的な飲み物はあつあつの「グリュー・ワイン」。凍てつくような寒さがこたえる夜のマーケット探索で身体を温めるには、これが一番。温かいアイヤープンシュ(エッグノック)も、お試しあれ。カップはデポジット制だが、屋台や街ごとにデザインが違うので、色々集めるのも楽しい。

ドイツのクリスマス

クリスマス・プレゼント
プレゼントをもらうチャンスが2度来る!

12月に入ると毎日、アドヴェント・カレンダーで小さな贈り物を楽しむドイツだが、12月のプレゼント攻勢はそれだけに留まらない。12月6日は、紀元270年ごろ、貧しい者たちに施しを与えたとされる聖人ニコラウスの日。サンタクロースのモデルとなった人物とも言われており、子供たちはこの日、靴下を下げてニコラウスからのプレゼントを待っている。一部地域では、クネヒト・ループレヒトという強面の従者も、ニコラウスと一緒に子供たちの前に現れ、良い子にはプレゼントを、悪い子にはクネヒト・ループレヒトからのお仕置きがあるという、日本の「なまはげ」的な演出も。そして、24日の夜には、クリストキント(幼児キリスト)というクリスマスの天使からプレゼントが贈られる。24日に来るのが、クリストキントだったり、ヴァイナハツマン(いわゆるサンタクロース)だったり、地域や家庭によって違いがあるのもドイツの特色だろう。質素な倹約家というイメージのあるドイツ人だが、この時期は財布のひもがゆるくなる。ドイツ小売業連盟(HDE)は、今年の1人当たりのプレゼントの予算は昨年から40ユーロアップし、500ユーロになると予想している。大切な人へプレゼントを準備するのは、楽しみでもあり、プレッシャーでもあるようで、近年はデパートや通販の商品券の人気も高まっている。

ドイツのクリスマス

クリスマスの風景
ドイツ全土が大小のクリスマス・マーケットで彩られる

ドイツのクリスマスの風景は、クリスマス・マーケットなしには語れない。大都市のマーケットだけでも2500以上を数え、自治体の大小を問わずドイツ全土にマーケットが立っている。一番有名なニュルンベルクの「クリストキンドレスマルクト」は、毎年200万を越える訪問者を数えるほどの人気だ。ドイツの冬を明るくロマンティックに彩るマーケットは、長い冬を越すために必要不可欠な市民の心の支えでもある。マーケットや教会には、キリスト生誕の馬小屋を人形で再現した「クリッぺ」も出現する。家庭用のミニチュア・サイズのものもあり、ジオラマのような本格的な装飾をほどこす人も。くるみ割り人形やスモーク人形、クリスマス・ピラミッドなど、木製のクリスマス用装飾品は職人の手仕事が光る品質の良さから、国内外で根強い人気を誇る。また、クリスマス・ツリー発祥の地と言われるドイツではこの時期、約3000万本のツリー(生の木)が出荷される。伝統的なオーナメントは、りんご。そしてりんごを模したガラスや陶器で出来た球体(クーゲル)。ツリーは1月6日の公現祭までリビングや庭に飾られる。その後は、英国と同様、道端に放置され、ごみ収集業者が回収。2階より上の階の住人がツリーをバルコニーや窓から投げ捨てるのも許されているとのこと。頭上注意!

クリスマス・マーケット、クリッペ、くるみ割り人形

クリスマス休戦の奇跡「1914年12月25日」
Christmas Truce / Weihnachtsfrieden

クリスマスは奇跡を起こす時間。誰もが幸福と平和を想い、「クリスマス・キャロル」のスクルージが最後に心を入れ替えたように、隣人にとって少しでも良い人間でありたいと願う。それは、絶望の中で迎えた1914年のクリスマスでも同じだった。

1914年7月に勃発した第一次大戦は、短期決戦を想定していたドイツの目論見が外れ、また、「クリスマスは故郷で過ごせるだろう」という兵士たちの願いむなしく、フランス・英国との西部戦線、ロシアとの東部戦線ともに泥沼の持久戦に突入していた。

12月24日、西部戦線。塹壕(ざんごう)の中で夜を明かそうとしていた英国兵は、ドイツ語で歌われる「きよしこの夜」を耳にする。戦場で声を発することは、敵に自分の居場所を知らせる危険な行為。すぐに攻撃を受けることになりかねないが、このときは違った。銃弾のかわりに、英語で歌う声がドイツ兵に届いたのだ。戦争に疲れきっていた両軍の兵士は、武器を置き、顔を出す。お互いの距離を縮め、ついには一時的な休戦が実現したのだ。

とても奇妙なクリスマスだった。数時間前まで互いの命を奪い合う激戦を繰り広げていた者たちが、一緒にクリスマス・ツリーを飾り、戦友の遺体を共同で埋葬。さらには、友人に語るように自分の妻や恋人を自慢し合い、たばこの火を交わし、プレゼント交換まで始めた。ドイツ兵と英国兵によるサッカーの試合が行われた記録もある。

「クリスマス休戦」は、西部戦線の各地に広がり、一部では数日間の休戦が実現した。世界に向けて休戦を提案した人物は、当時のローマ教皇ベネディクトゥス15世。ドイツ軍はこの提案を承諾し、戦場で決死の覚悟で敵兵に呼び掛けたのだった。

当時の写真が残っている。そこには、違う軍服を着た、同じ人間が並んでいる。

その後、4回のクリスマスを戦下で迎えたが、二度と奇跡は起こらなかった。犠牲者1500万人とも推定される第一次大戦は、1919年にベルサイユ条約が締結され、ようやく終結。世界は、その未曾有の被害を前に不戦の誓いを立てたが、それが守られなかったことを、私たちは知っている。

クリスマス休戦


 
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