Hanacell

新たなビジネスの形について考える ドイツの
スタートアップ事情

欧州の中心的な都市の中でも比較的物価が安く、さまざまな人種が暮らす多文化共生が根付いているベルリンを中心に、多種多様なスタートアップ企業が生まれ続けているドイツ。実際にドイツで事業を展開している日独スタートアップ企業のインタビューをはじめ、ベルリンスタートアップのハブ的存在である「ファクトリー・ベルリン」のレポート、そして私たち日本人がドイツでスタートアップ事業を展開するためのヒントなどを紹介していこう。Text:編集部、佐藤ゆき

新しいアイデアで世の中を変える!?
ドイツで注目のスタートアップ

土に返るおむつでエコロジカルビジネスを 2015年ベルリン発 DYCLE ダイクル

DYCLEのビジネスモデル

松坂 愛友美さん

100%堆肥化できるおむつを生産→使用済みおむつを回収→おむつから肥料を作る→肥料を利用して果樹などを育てる→果樹を食べて排せつ物になる、という循環型モデル。2019年よりオペレーション開始予定。

創業者プロフィール

松坂愛友美さん
2001年にドイツへ移住。バウハウス大学でコンセプチュアルアートを学び、自然循環をテーマに科学者らと協力しながら作品を発表してきた。
https://dycle.org/de

アートプロジェクトからビジネスへ

赤ちゃんにおむつは不可欠。毎日出るおむつのゴミにうんざりしているお母さんお父さんは少なくないはず。そんな世界共通の悩みともいえる、おむつのゴミ問題に注目したのはベルリン在住の松坂愛友美さん。「もともとはアーティストとして、排せつ物をいかに土に戻すか、というプロジェクトをしていました。その中で子育て中の家族がおむつのごみに罪悪感を感じるということが分かってきたんです。そこで、科学者の方たちと相談しながら、おむつを堆肥化して木を育て、それを循環サイクルにするというビジネスモデルを作っていきました。

2015年に友人を誘って4人のチームでスタート。ちょうどほかのスタートアップで100%堆肥化できるおむつを作っていて、そのおむつの一部を譲り受けることができました。そして、パイロットという形で20組の家族に1週間、そのおむつを使ってもらったんです。それを1年かけて堆肥にして土を作り、植樹をするという一つのサイクルを完成させました。

アートプロジェクトではなく、ビジネスに落とし込むのは初めてのこと。どれくらいの準備期間が必要なのか、投資家を見つけて利益を生むことは可能なのかなど、ビジネスの知識や経験なしに始めることに当初は不安を感じていました。それでも、実際におむつを使ってくれた家族が喜んでくれたり、できあがった土をビオ農家の方に使ってもらったりと、行動に移すことで自信がつきましたね」

Dycle1年かけてひとまわりする「おむつ循環サイクル」

世界中で可能なビジネスに育てたい

2017年におむつを開発し、2018年現在はおむつの製造機を開発中。来年の事業スタートを目指す。「2018年5月にFAMAEという、家庭における地球に優しいアイデアを募るフランスのコンペティションで、グランプリを受賞しました。今までの財源は寄付だけだったのが、受賞したことで投資家からも支援を受けられることになったんです。

もしこのビジネスをほかの地で始める時に、ドイツからおむつを送るのではなくて、その土地の繊維素材を使ったおむつを作ったら良いと思うんですね。ローコスト・ローテクでおむつ製造機の開発が実現すれば、どこでもおむつが生産できます。世界中のコミュニティーで、地域雇用も生めるビジネスになったらうれしいです」

地産地消的なビジネスモデルを世の中に広めたいと語る松坂さん。DYCLEの循環システムがあちこちで回りはじめる日は、そう遠くないかもしれない。

おむつさまざまな自然繊維素材を使った100%堆肥化できるおむつ

DYCLEこれまでにDYCLEに関わった人は延べ100人以上

土ビオ農家さんお墨付きの DYCLEの土

植樹2016年のパイロットの植樹の ようす

ゴミ箱行きの運命の食料を救いたい! 2015年ケルン発 THE GOOD FOOD

THE GOOD FOODのビジネスモデル

ニコール・クラスキーさん

まだ食べられるにも関わらず、廃棄されてしまう野菜・果物や賞味期限の迫った食品などを農場やメーカー先から回収。商品に値段をつけていないため、いくら支払うかは消費者にゆだねられている。2017年より常設店舗を構える。

創業者プロフィール

ニコール・クラスキーさん
ケルンでは法学を専攻、オーストラリアの大学院で人権について学ぶ。その後、ネパールのNGOで働き、ケルンに戻って仲間とともにフードシェアリングを立ち上げた。

THE GOOD FOOD
オープン:火〜土11:00〜19:00
住所:Venloer Str.414, 50825 Köln
www.the-good-food.de

はじまりはフードシェアリング

形がよくない、大きさが不揃い、賞味期限が迫っている……ケルン市内にある「THE GOOD FOOD」の棚には、そんな野菜や果物、食品が並ぶ。廃棄される予定の食料を低価格で分配する「フードシェアリング」に携わった経験をもとにスタートアップした、と話すのは創業者のニコール・クラスキーさんだ。

「THE GOOD FOODは2人で立ち上げたのですが、私たちは一緒にフードシェアリングの活動をしていました。ドイツではまだ食べられるにも関わらず、大量の食料が無駄に捨てられています。それに対して怒りを感じていたし、そこで働くうちに食料廃棄にはさまざまな原因があることが分かったんです。この捨てられる運命にある食べものたちを救うために、自分たちの手で何かを始める必要がありました」  

2015年、スタートアップを支援する「Social Impact」という企業から助成金を受けることに。まずは事業に関心のある地元の農家や食品メーカーとパートナー関係になり、これまでは廃棄していたような食料を回収、それらを取り扱うポップアップストアなどを出店することから始めた、とクラスキーさん。

「ケルン市の環境保護賞(Umweltschutzpreis)を2016年に受賞し、この街は自分たちの活動に味方しているんだということが自信につながりました。そして2017年2月、ついに常設店舗がオープン。今は60人以上のボランティアがお店に立ったり、農場と店を行き来するなどして働いています。ボランティアやお客さんの多さから、市民が食料廃棄問題に高い関心を寄せていることも分かりました。ほかにも、ここに集まった食材を使ってケータリングをしたり、イベントなどで寄付を募っています」

店内の様子THE GOOD FOODの店内の様子

小さな進歩が大きなエネルギーに

「営業時間の拡大や輸送手段の改善などの課題はありますが、最近ではケータリング事業のシェフを雇えるほどの利益が確保できるようになりました。これは私たちにとって大きな進歩です。もちろん挑戦や困難なことがありました。大切なのは、自分がやっていることがマニュアルから外れていないか、理論的なのかどうか、と恐れないこと。身の回りの小さなことから始めたことが私の支えになり、ここまでやってこれたのだと思います」  

少しずつ、でも確実に前進しているTHE GOOD FOOD。焦らずに一つひとつ取り組んできたクラスキーさんの姿もまた、周囲の共感を呼び、これからも市民や街が彼女たちの支えとなるのだろう。

農家と協力

農家と協力事業に興味を持ってくれた農家と協力しながら、野菜や果物を収穫・回収する


経験者に聞く!
ドイツでスタートアップする3つのメリット

ドイツ、主にベルリンでスタートアップすると、どんなメリットがあるのか? DYCLEの松坂さんにその魅力についてお聞きした。

スタートアップのためのコンペが多い

ドイツでは、スタートアップのアイデアを募るコンペティションが多く開かれている。入賞すると、無料で6カ月オフィスが利用できるなどの特典があるという。「実は、スタートアップしている人は月に何本もコンペティションに応募しています。もちろん、私たちも賞を受賞したコンペ以外にも何十本も出して、ファイナルに進めないことがたくさんありました。ただ、以前企画書を読んでくれた審査員がほかのコンペでまた企画書を読んでくれることがあるんです。企画の進捗を知ってもらうことで『インタビューしてみようか』と思ってもらえるなど、色々なご縁につながって楽しいです よ」(松坂さん)

スタートアップのコミュニティーが多彩

スタートアップを支援してくれるインキュベーション(企業支援)プログラムやコワーキングスペースがドイツには多数あることが魅力のひとつだ。「コワーキングスペースの種類が多彩で、自分のビジョンにあったコミュニティーを選ぶことができます。ソーシャルビジネス、IT系、環境系……それぞれのスペースには独特のコミュニティーがあり、そこで同じビジョンを持ったメンバーに出会い、新しい起業チームが発足することも。スペースの創業者がベンチャー起業家や社会起業家である場合もあり、ニーズに合ったネットワークを素早く広げ、コーチングや育成システム、ワークショップでビジネスの基本を素早く学べるのもメリット」(松坂さん)

市民も街も新しい取り組みに寛容

新しいことに興味を持ってくれる市民が周りにいることは、スタートアップをする上でとても心強いことだ。とくにベルリンという土地は特別ではないか、と松坂さんは続ける。「実際にほかの都市と比べたことがあるわけではないのですが、ベルリンは色々な人が集まっている場所なので、この人がダメでも、隣りの人なら大丈夫……ということがたくさんあります。新しいものを受け入れる器の大きさというのが、街自体にもあると感じますね。何か新しいプロダクトやサービスを企画する場合は、ベルリンで試してみるとより可能性が広がるのではないかと思います」(松坂さん)

スタートアップのハブ的存在「Factory Berlin」 ドイツでスタートアップを始めるためのQ&A

 
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