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ロンドンのゲストハウス
Mo. 14. Okt. 2019

輝け、原石たち
日本を飛び出し、ドイツで切磋琢磨する "若き血潮" を紹介します。


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1978年 愛媛県今治市生まれ
2001年 北海道大学経済学部卒業
2001~02年 札幌、福田舞台にて大道具屋として働く
2003年 渡独
2004年~ ヴァイセンゼー・ベルリン芸術大学舞台装置・衣装学科在籍中。ベルリン在住。
日本では、ミュージカル「オズの魔法使い」「Cats」「ピーターパン」など、ドイツではこれまでに、演劇学校との共同企画で何作もの舞台装置・衣装を手掛けてきた。2010年3月に在籍中の芸術大学の舞台装置・衣装学科ディプロム取得予定。

せわしない日常を生きる現代人が、非日常的な癒しの空間や感動を求めて劇場に流れ込む――そんな大衆の持つイメージに真っ向から対峙する社会派演劇の本場ドイツで、この道の神髄を極めようと決めた日本人がいる。それが、現在ベルリンの大学で舞台美術を学ぶ阿部剛史さんだ。

阿部さんが舞台に携わるようになったきっかけは、日本で大学生活を送っていた時に仲間内で始めた学生劇団だった。しかし、「劇場という大きな空間で、何か圧倒的なものを作ってみたい」という漠然とした当初の思いは、ここドイツで演劇の奥深さを知ったことで「社会活動の一環としての舞台美術に関わりたい」という、より具体的な動機へと変化した。

演劇とは本来、観客が作品を通して現代社会を知ることができる鏡のような存在。それが分かったのは、2500年来続くヨーロッパ演劇の理論体系を徹底的に学び、実践を積んでからだった。そして、1つの古典作品を理解するには、作品が生まれた時代の社会的・政治的背景に関する膨大な資料を読み込む必要がある。歴史知識という土台の上に作品を分析し、観客の目に見える形で再構築する作業が舞台美術家の仕事であると理解するに至った。

以前は分析をしても結果に結びつかず、日本人であることに無意識にしがみついて制作をしていた時期もあった。それでも必死に食らいついて制作を続け、4年目にしてようやく教授から「私はもう君のことを日本人とは思わない」と言われた。習得した知識が実践に結びついた瞬間だった。

この仕事は脚本を読むことから始まり、舞台上でどう見せるかプランを立て、実際に舞台背景を描いたり、装置を組み立てたりする。練りに練ったアイデアでも、作品に合わなければ捨てられる覚悟が必要だ。でも、「巨匠の脚本を楽しみながら、演出家や役者と一緒に肩を組んで転がり合って、1つの作品に仕上げていく共同作業は楽しいですね」と語る阿部さん。情熱と冷静な分析力を兼ね備えた大物の舞台美術家が生まれる日は、もう目の前だ。

(編集部: 林 康子)


R・シュトラウス「サロメ」の模型(2007年、ハイジ・ブラムバッハによるゼミ)



ブレヒト「バール」のデザイン画(2008年、ペーター・シューベルトによるゼミ)



ブルガーゴフ「犬の心臓」の装置・衣装(2008年、BATスタジオビューネにて。演出:マーク・ウォーテル)
Information


ワーグナー「ローエングリン」(2009年、
ゼバスティアン・バウムガーテンによるゼミ)
ヴァイセンゼー・ベルリン芸術大学
Weißensee Kunsthochschule Berlin

www.kh-berlin.de

舞台装置・衣装学科(Bühnenund Kostümbild)では、初年度に造形芸術の基礎を学び、その後、芸術史や衣装史、脚本を読んで行うディスカッションなどを通して、理論を実践に繋げる方法を習得する。阿部さんは2010年4月に卒業制作として、日本でワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」の舞台美術を手掛ける予定。
 
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