Hanacell
Torsten Stern
ハンブルク・オッテンゼン地区の事務所にて

建築の面白さを
プロの視点からガイドする

朝起きて、仕事に行くのが苦痛になるような
職業にだけは就きたくなかった

今回の仕事人
Torsten Stern
トルステン・シュテルン

建築家、a-tour主宰。ヘッセン州リンブルク出身。建築家の父を持ち、ギムナジウム時代に多数の建築関連の実習を経験。ヴィースバーデン大学で建築を学んだ後、ハンブルクの複数の建築事務所に勤務。2002年にハンブルクの建築シーンをプロの視点からガイドする「a-tour」を設立し、建築家のマルコ・パヴリックと共同事務所を立ち上げた。

父の影響で建築家の道へ

トルステン・シュテルン(42)の父親は建築家、母は看護師。子どもの頃からごく自然に、父のように建築の仕事に就きたいと思っていた。ギムナジウム時代の夏休みには父の計らいで、建設現場でのアルバイトや実習経験を積んだ。「壁職人や大工職人、屋根職人たちの下で働いたけれど、どれもとても面白かったんだ」。アビトゥア(大学入学資格)取得後、ヴィースバーデン大学の建築科に入学。「大学では主に設計やデザイン、理論を学ぶ。だからギムナジウム時代に建築関連の職人たちの下で働き、実践経験を積んだことが、とても役に立ったんだ」と言う。「父はプロの立場から、現場での体験がいつかきっと役立つだろうと考えて、アルバイトを紹介してくれたんだと思うよ」。

あまり人気がなかった建築科

設計士や製図士(Bauzeichner)などとは異なり、建築家という職業は、1つのプロジェクト全体を任される。建設会社などと組んで予算を考慮しながら、期日までに仕事を仕上げる統括能力が問われる。一方、ドイツでは今なお壁職人や大工職人など、建築関連の職人仕事も健在で、修業(Lehre)の後、マイスターシューレに進んで資格を取る人もいる。トルステンの学生時代には、大学を卒業しても就職先が見付からないことへの不安から、職人の道にも進めるよう、並行して修業を積む人が多かったという。「僕が大学に入った当初は、建築科はそれほど人気のある学科ではなく、将来性のある仕事だとは思われていなかったんだ」。しかし、彼が入学して間もない1989年にベルリンの壁が崩壊し、空前の建築ブームが到来する。東西統一で始まった建築ラッシュの恩恵を受け、就職活動にさほど困難は伴わなかった。

ハンブルクの建築ブームと「a-tour」

トルステンは1994年にディプロムを取得し、ハンブルクの建築事務所に就職。そこで約6年間働いた。市内の様々な建築プロジェクトに取り組む事務所で、いくつものプロジェクトをチームリーダーとして牽引した。その後、ほかの建築事務所へ転職し、2002年にハンブルクの建築シーンをガイドする「a-tour」と共同建築事務所「Pawlik.Stern Architekten」をほぼ同時に設立。以降、2つの事務所を掛け持ちしている。ちなみに、ドイツではディプロム取得から3年後に建築士会への登録を申請でき、委員会の審査にパスすれば正式に建築家と名乗ることができる。

「a-tour」のアイデアが浮かんだのは、自ら建築視察ツアーに参加したり、頼まれてガイドをするようになった頃。「ベルリンの建築家によるガイドツアーが印象的だったんだ。また、僕自身もガイドの仕事が増え、やりがいを感じたので、これをビジネスにできないかと考えた」。その頃、ハンブルクでは港湾部ハーフェンシティーの再開発プロジェクトがスタートし、建築ラッシュが始まった。この予想外の展開に背中を押され、ビジネスは軌道に乗る。当初は片手間に行っていたガイドツアーだが、現在では建築家業が6割、ガイドが4割と、本業並みに忙しい。昨年は1年間に350ものツアーを実施。天気の良い日には1日5回も行うそうだ。ガイドは複数の建築家が交代で担当し、利用者は8割が建築・建材業者、残りは銀行や不動産関係者、そして建築に関心がある一般客。国籍も様々だ。「僕がハンブルクに来たばかりの頃は、建築的観点からすると特に面白い街ではなかった。でも、ハーフェンシティーの開発が急ピッチで進み、ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計によるエルプフィルハーモニーの建設が始まると、どんどん面白くなってきたんだ」。

a-tourで大学生にガイドするトルステン
a-tourで大学生にガイドするトルステン(右)

「a-tour」から広がる世界的ネットワーク

a-tourの発足から12年。その間に国内外で同様のツアーを実施している人たちとの繋がりができ、それが「ガイディング・アーキテクツ(Guiding Architechts)」というネットワークに発展した。当初は8都市だけだったが、現在では36都市にメンバーがおり、欧州の主要都市、ロシア、米国、オーストラリア、中東、中国をカバーし、1年に1度、いずれかの都市にメンバーが集まり、ミーティングを行っている。「ネットワークの参加者は全員、建築関係者で、質の高いガイドを提供している」。世界各地の建築事情の最前線を見たい顧客にとって、魅力的なサービスだ。

建築家としての仕事

「僕は、何の制約もない広大な土地に好きな形の建築物を建てるより、様々な制約がある都会で、市民の声を聞きながら建築物を生み出す方が好き」と、トルステンは言う。その一例が、内アルスター湖に面するオフィスビルの改築。彼の事務所がコンペで勝ち取ったプロジェクトの1つだ。ドイツの都市には、景観保護のための厳しい建築規制がある。ハンブルクにもそのような建築規制はあるが、内アルスター湖に面する建築物には、それに加えてアルスター建築規定(Alsterbauverordnung)という建築基準があり、壁の色調や壁面に使用できるガラス面積の割合が決まっているほか、銅葺き屋根しか認められていない。「他都市にはない特殊な規制で、当初の設計図にさらに多くの変更を加え、市の建設庁のトップとも打ち合わせをした。コンペの段階で評価された屋根の形も、変更を余儀なくされたよ。でも、基準が厳しい分、仕事としては工夫のしがいがあって面白かった」と言う。

現在取り組んでいるのは、ハンブルク中心街のオフィスビルを保育園に改築するプロジェクト。子どものための施設に取り組むのは初めてで、こちらもやりがいがあるそうだ。「朝起きて、仕事に行くのが苦痛になるような職業にだけは就きたくなかったんだ」と語るトルステン。建築家として働き、建築の面白さを他者に伝えることを、毎日心から楽しんでいる。

a-tour Torsten Stern
Donnerstr. 5, 22763 Hamburg
www.a-tour.de
www.guiding-architects.net
www.psarchitekten.com


 

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岩本順子(いわもとじゅんこ) 翻訳者、ライター。ハンブルク在住。ドイツとブラジルを往復しながら、主に両国の食生活、ワイン造り、生活習慣などを取材中。著書に「おいしいワインが出来た!」(講談社文庫)、「ドイツワイン、偉大なる造り手たちの肖像」(新宿書房)他。www.junkoiwamoto.com
● ドイツゼクト物語
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