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バウムシューレンヴェークのクレマトリウム、ふたたび

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急に冷え込んできた11月の終わり、週末のイベント情報を見ていたら、「クレマトリウムの日」の文字が飛び込んできた。プロテスタント教会の暦では、第1アドヴェント直前の日曜日を死者慰霊日と呼ぶ。ベルリン市は毎年この日、トレプトウ地区にあるバウムシューレンヴェーク・クレマトリウム(火葬場)を一般公開するのが定例になっている。

一般公開されたバウムシューレンヴェーク・クレマトリムの内観一般公開されたバウムシューレンヴェーク・クレマトリムの内観

この場所は当連載ですでに取り上げたことがあるが、それから12年がたち、当時よりも「死」の存在を意識する機会が増えた気がする。息子を連れて、再訪してみたくなった。

11月23日の午後、170番バスに乗ってKiefholzstr./Baumschulenstr.の停留所で降り、一本道に沿って歩く。氷点下に近い寒さだが、空は澄んでおり、心地よい冷気を感じる。10分ほど歩くと、1913年に火葬場が造られた当時の古い門が見えてきた。そこを抜けると、今度は対照的にコンクリート打ち放しの斬新な建物が姿を見せる。ベルリンの連邦首相府を設計した2人の建築家による作品だ。

旅先でも時々起こることだが、ある場所を久々に再訪するとき、その間の時間の流れがふと消え去るような瞬間を味わうことがある。「え、もう12年もたつの? ついこの間のことじゃないか」と。

自動ドアが開いて中に入ると、そこは29本もの柱が並び立つホール。柱の上の丸い開口から淡い光が差し込む。まるで森の中にいるような有機的な空間だ。前回と違うのは、ずっと人でにぎわっていること。中央ではちょうどミニコンサートが行われていて、女性のハープ奏者がシューベルトのセレナーデや「アヴェ・マリア」を密やかに奏でている。

クリスマスの天使のオーナメントに色塗りをするコーナーがあり、息子がやってみたいというのでしばらく別行動を取る。12年前はまだ姿も形もなかった自分の子が、係の人とドイツ語で会話しながらペンで色を塗っているのも、考えてみれば不思議だ。

地下にある焼却炉の技術を紹介するガイドツアーも行われていたが、前回参加したのでそちらはパスする。それよりも、壁に沿って正方形の穴にいくつも敷かれた砂のインスタレーションの存在が気になった。砂時計をイメージして、消え去った時間を象徴しているのだそうだ。

時を象徴する砂のインスタレーション時を象徴する砂のインスタレーション

自宅に戻ってから2013年に訪れた頃の手帳を見返してみた。この間に亡くなった人。また会いたいと思いつつ、この年が最後の対面になってしまった人。当時は当たり前のように存在し、いつの間にか消えたなじみのお店やカフェの名前……。

砂時計のようなテンポゆえ普段は気付かない時の流れが、いつの間にか無常という大きな塊となって、ぐっと身に迫ってきた。どのようなきっかけであれ、機会をできる限り逃さないこと、一期一会と思って人に会うこと。

そんなことを思いながら、息子がペイントした二つの天使のオーナメントを窓辺に飾った。

インフォメーション

クレマトリム・バウムシューレンヴェーク
Krematorium Baumschulenweg

現在の火葬場のホールは、アクセル・シュルテスとシャルロッテ・フランクの設計により1999年に完成した。神秘さが漂う空間の中央に置かれた小さな池には、キリスト教における復活と新しい命のシンボルである卵が浮かぶ。周りには50〜250人を収容できる三つのセレモニーホールが設置されている。

住所:Kiefholzstr. 221, 12437 Berlin
電話番号:030-63958121
URL:www.krematorium-berlin.de

死者慰霊日
Totensonntag

教会暦の最後の日曜日、すなわち第一アドヴェント直前の日曜日を死者慰霊日とするようになったのは、1816年のプロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世による政令が始まりとされる。ベルリンでは「クレマトリウムの日」として、死や喪失の悲しみ、無常をテーマに、クレマトリウムを一般公開している。

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(地球の歩き方)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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