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東ドイツの日常に触れるミュージアム

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「なんだか別の街に来たみたい」と妻がコルヴィッツ広場近くの通りを歩きながら若干興奮した口調で言う。無理もない。同じベルリンの冬空の下でも、私たちが普段住む西側のエリアよりも数段こちらの方がカラフルに見える。戦前の古いアパートが色とりどりの装いを見せているだけでなく、思わず入ってみたくなるようなショップが数メートルごとに並び、何より子連れの人の割合が高い。子供たちが密集しながらにぎやかに遊ぶ公園の横では、前回ご紹介した彫刻家のコルヴィッツの像が佇んでいた。

今日ここに来たのは別の場所を訪れるためだった。現在はクルトゥア・ブラウエライ(文化醸造所)という名前で知られるかつてのシュルトハイスの醸造所の中庭を抜けると、「DDR(ドイツ民主共和国=東ドイツ)の日常」と書かれた文字が見えてきた。2013年にオープンしたまだ真新しい博物館だ。

醸造所
博物館はかつての醸造所の敷地内にある

かつての社会主義国だけに、博物館の基調カラーはやはり赤。「ソ連から学ぶということは勝利を学ぶこと」と大きく書かれ、ずらりと並ぶマルクスからレーニン、スターリンらの像を横目に通って上階の展示室へ行く。最初に見た東独の社会の集団化や労働についての展示では、女性も工場でたくましく働く様子が紹介されていた。それだけに保育施設は充実し、1989年には実に98%の子供が保育園や幼稚園に通っていたことや、母親のみの子供の送り迎えは32%、両親が交互に送り迎えする率は54%など、今知ると逆に新鮮な数字が並ぶ。

家族連れの私たちでも楽しめたのが、当時の日常生活を再現した隣の部屋だった。スーパーマーケットに置かれていた製品やキヨスクに並ぶ雑誌類、典型的な居酒屋の様子などが展示され、味わいのある製品のデザインと共に当時の生活をしのばせてくれる。もっとも純粋な好奇心で見学できるのも、当時の物不足や実際の味を知らない世代ゆえかもしれない。コーヒー豆不足から、ローストコーヒーと大麦などを混ぜて1977年に売り出した「Kaffee Mix」なる製品の横に、「新しいコーヒーが出たというので試してみたけれど、すぐに胃が痛くなった」と当時の人の感想が書かれていた。一体どんな味がしたのだろうか。新聞に掲載された手に入りにくい物品に関する「売ります・買います」の無数の告知や、東独の「裏の通貨」だった西ドイツマルクが「青いタイル」(100マルク札のデザインからこう呼ばれた)という俗称で人々の間で売り買いされていた話などを読むと、少し胸が痛くなる。

「DDRの日常」の展示の様子
当時の新聞や雑誌を並べた「DDRの日常」の展示の様子

展示が進むにつれ見えてくるのは、社会主義国家の理想と現実の乖離と、状況を打開しようとする人間の意志だった。例えば、反体制派の人々が作ったゲラ刷りの冊子やテントを屋根に乗せた小型車トラバント。後者は、休暇と称し、自由を求めてそのまま西に逃げた人びとを暗示したものだ。

コルヴィッツ広場に住む人々も、四半世紀ほど前まではこのような現実に生きていたのかと思う。機会があれば当時の住民に話を聞いてみたいところだが、ジェントリフィケーション(地域の高級化)が進んだ今、果たしてどれだけの人が同じ場所に残っているのだろう。

インフォメーション

常設展「DDR の日常」
Alltag in der DDR

プレンツラウアー・ベルク地区にある博物館。東独時代の日常生活を4つのテーマに分け、約800のオリジナルの展示品と200以上の資料、映像、録音などと共に紹介されている。フリードリヒ通り駅の「涙の宮殿」(東独時代の出国所)の常設展と同じく、「ドイツ連邦共和国歴史の家」財団により運営されている。入場無料。

Museum in der Kulturbrauerei
開館:火~日10:00~18:00、木~20:00
住所:Knaackstr. 97, 10435 Berlin
電話番号:030-467777911
URL:www.hdg.de

DDR博物館
DDR Museum

東ドイツをテーマにした博物館といえば、より有名なのがこちら。「歴史を触る」をモットーに、東独の生活文化をコンパクトに体感できる工夫がなされている。決して広くない館内はいつも観光客でいっぱい。併設のレストランでは東独時代の典型的なメニューを味わうことができる。入場料は7ユーロ(割引5ユーロ)。

開館:月~日10:00~20:00、土~22:00
住所:Karl-Liebknecht-Str. 1, 10178 Berlin
電話番号:030-847123731
URL:www.ddr-museum.de

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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