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歴史を伝える静かなる広告塔 ケーニヒスアレーの光と影

デュッセルドルフ随一の華やかさを誇るケーニヒスアレーは、ケー(Kö)の愛称で呼ばれる、街の中心部を南北に貫く大通りです。中央には堀が走り、その両側に並木道が続きます。車道を挟んだ東側には高級ブランドの路面店やショッピングアーケードが並び、西側には銀行やオフィスビルが立ち並ぶ、街を代表する一角です。そんな華やかな通りに、ナチス政権下の歴史を静かに伝える「広告塔」があることをご存じでしょうか。

ケーニヒスアレーとはドイツ語で「王様の散歩道」という意味ケーニヒスアレーとはドイツ語で「王様の散歩道」という意味

ケーニヒスアレーの北端、西側の歩道に立つ高さ2〜3メートルほどの円柱形の塔。老舗百貨店ガレリアの通り向かいに設置されているそれは、リトファスゾイレ(Litfaßsäule)と呼ばれるドイツ特有の広告塔です。1854年に印刷業者のエルンスト・リトファスが考案したもので、通常はイベントポスターや企業広告が掲示されます。しかし、この通りに設置されている広告塔には、モノクロ写真や史料とともに、1933〜1945年までのナチス政権下におけるケーニヒスアレーの歴史がまとめられています。これは戦後80年を機に、昨年4月にデュッセルドルフ市が設置したものなのです。

柱に沿って当時の歴史を伝える資料が貼られています柱に沿って当時の歴史を伝える資料が貼られています

ある土曜の午後、買い物の途中で北端から通りの中央、南端へと3カ所に設けられた広告塔をめぐってみました。そこには、どの番地に誰が住み、どのような運命をたどっていったのかが具体的に紹介されています。医師や商人、弁護士、画廊経営者、芸術家……。何人かは本人やその家族の顔写真も合わせて紹介されていたのですが、この場所で暮らし、働いていた人々が、ある日突然「ユダヤ人」としてどのように迫害されていったのかをありありと知ることができます。当時と同じ場所に立って読むことで、歴史が遠くかけ離れた出来事ではなく、自分が今いる足元につながっていることを実感させられました。

ケーニヒスアレーの愛称「Kö」(ケー)と大きく書かれた広告塔ケーニヒスアレーの愛称「Kö」(ケー)と大きく書かれた広告塔

広告塔の除幕式の様子は、デュッセルドルフ市のYouTubeチャンネルでも公開されています。そのなかで、シュテファン・ケラー市長は「歴史は場所と結びつくものです。歴史には住所や番地があります。歴史には名前と顔があります」と語っていました。当たり前のようではあっても、教科書で歴史を学ぶときには忘れがちなことを、この広告塔は伝えてくれているのだなと感じます。買い物客でにぎわう通りの東側に比べると、広告塔がある西側は人の往来が少なく、足を止めて読み入る人は多くありませんでした。それでもただ静かに佇み、楔くさびのようにその歴史の重みをこの街に刻み込んでいるのでしょう。

神木 桃子 こうぎ ももこ
日本の食品小売業界で働いた後、2014年に渡独。ハレ、ハンブルク、ボーフムと移り住み、現在はデュッセルドルフに夫と2人の娘と暮らす。趣味はオーガニックスーパーめぐり。
Instagram:@momococo_relife
 
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