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バリアフリーの演劇祭 耳の聴こえない人の世界は

広島で新聞配達をする人、畑仕事をする人、そして飛行機を操縦して原爆を投下する人……。 映像とナレーション、振動を駆使し、原爆投下に至る経過とその後を描いた、圧巻のパフォーマンス「Scored in Silence」(沈黙の記譜)。

これは6月終わりから10日間ハノーファーで開かれた演劇祭「Festival Theaterformen」の一幕です。ロンドンを拠点に活動するろう者のパフォーマンスアーティスト、 南村 (みなみむら) 千里 (ちさと) さんは3D映像の中に現れ、手話や表情、体の動きで物語を紡いでいきます。広島に原爆が落とされた当初について、「耳の聴こえない人の中には、何が起こったのか長く理解していない人がたくさんいた」といいます。

南村さんのパフォーマンス南村さんのパフォーマンス

また原爆手帳を持てば支援を受けられることを知らない人もいました。被ばくの苦しみの上にさらに差別があり、聴覚障がい者だからと銀行から融資を受けられなかったり、聴覚障がいは遺伝するという誤解から避妊手術を受けさせられたり、被ばく者だからと縁談が破談になった人もいました。

別の作品「Never Twenty One」も印象的でした。人種差別抗議運動のブラック・ライヴズ・マターにより黒人への差別が可視化されましたが、この作品は暴力によって21歳になる前に命を落とした黒人たちに捧げられています。ドイツ語や英語で「死」「黒人」「銃」などの文字が書かれた三人の黒人ダンサーの体は、静から動、動から静と自由自在に動き、光の中で浮かび上がりました。

「Never Twenty One」(演劇祭提供)「Never Twenty One」(演劇祭提供)

演劇祭の責任者アンナ・ミュルターさんによると、障がいのある人もない人も対等に演劇を作り、演じ、また鑑賞できるようさまざまな工夫がされています。全13作品のうち5作品に障がい者が参加しており、体の不自由さを生かした作品や、性的マイノリティーを主題としたものなど、既存の演劇とは違った視点が斬新でした。

上演前に毎回、「この演劇祭の目的の一つは、障がい者へのバリアを取り除くことです。長い間座ったままでいるのが大変な人は席を立っていいし、また戻ってきていい。観客は上演中に音を出しても構いません」とドイツ語、英語、手話で説明があり、座りやすい大型クッションも用意されていました。上演後、観客は拍手するだけでなく手をひらひらさせたり、足踏みで喝采を表現したりしました。

聴覚障がい者の俳優やアーティスト10人によるワークショップもあり、その発表会を聴講しました。「私たちろう者は抑圧されてきました。抑圧を無くすには、まだまだ時間がかかります。連帯が必要です」という声や、アイデンティティーの問題、ろう者特有の視覚的思考などについて知りました。耳の聴こえない人の世界は、私の知る世界とは実は全く違うものであるかもしれないと初めて思い至りました。

ワークショップについて発表するろう者のアーティストたちワークショップについて発表するろう者のアーティストたち

田口理穂(たぐち・りほ)
日本で新聞記者を経て1996年よりハノーファー在住。ジャーナリスト、法廷通訳士。著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか(学芸出版社)』、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿(光文社新書)』、『夫婦別姓─家族と多様性の各国事情(筑摩書房)』など。
 
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