Fujitsu 202601

グリーンランド論争とルールなき国際社会

2026年1月には、規則に基づく国際秩序の崩壊を示す出来事が次々に起きた。米国政府はベネズエラを攻撃し、大統領夫妻を拘束してニューヨークの刑務所に移送した。

次にトランプ大統領は、「安全保障上の理由」からグリーンランドの併合を主張。彼は中国などからグリーンランドを守るとともに、ミサイル迎撃システムを設置するためと説明した。グリーンランドは、米国が必要とするレアアース(希土)など鉱産資源の宝庫でもある。トランプ氏はデンマーク政府・グリーンランド自治政府が合意しない場合には、軍事力を使うことも辞さないと述べた。

1月17日、グリーンランドの首都ヌークではトランプ大統領の政策に抗議して、 住民の3人に1人がデモに参加した1月17日、グリーンランドの首都ヌークではトランプ大統領の政策に抗議して、 住民の3人に1人がデモに参加した

「ドイツなどに制裁関税」と発表

米国もデンマークも北大西洋条約機構(NATO)のメンバーである。デンマークとグリーンランドは、「われわれは欧州に属する」として米国による併合に反対した。

ドイツ、フランス、英国など8カ国がデンマークとグリーンランドに連帯を表明し、一握りの先遣部隊をグリーンランドに送った。トランプ氏は激怒し、「これらの8カ国に対し、2月から10%、6月から25%の制裁関税を課す」と発表した。

これに対し欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、「欧州と米国の間の関係は危機に陥った。欧州は分かれ道に立っており、今後の針路を定義し直さなくてはならない。欧州は米国との対話を望むが、対抗措置も持っている」と述べた。

フランスのマクロン大統領は、「世界は、国際法が足で踏みつけられ、力だけが通用する、無秩序な世界に変わろうとしている」と述べ、トランプ氏の政策を批判した。

トランプ氏と比較的良好な関係を持っているドイツのフリードリヒ・メルツ首相(キリスト教民主同盟)は、米国を刺激することを避けるために直ちに反論しなかった。これに対し、ラース・クリングバイル財務大臣(社会民主党)は、「われわれはトランプ氏には従わない。われわれを関税や、恫どうかつ喝によって脅すことはできない」と反発した。

欧州連合(EU)は昨年7月にフォンデアライエン委員長とトランプ氏の首脳会談で、「EU加盟国の企業が米国に輸出する大半の財の関税率は15%、米国からEUへの輸出品は無関税」という合意に達していた。欧州議会は昨年7月の関税合意について審議していたが、トランプ氏のグリーンランド関税の恫喝により、審議を一時停止した。

欧州諸国は、米国との話し合いが決裂した時に備えて、対抗措置も準備した。例えばEUに対して外国から脅迫的な措置が取られた際に使われる「強制措置対抗ツール」(ACI)を使うべきだという意見も出た。ACIが発動されると、米国企業はEUの公共入札から締め出されるほか、EU域内への投資や特許申請などを制限される。さらにEU加盟国は、米国からの輸入品のうち930億ユーロ(16兆7400億円・1ユーロ=180円換算)相当に報復関税をかける可能性についても検討した。グーグルなど米国の巨大IT企業に対するデジタル税も視野に入れた。

スイスのダボス会議に出席したトランプ氏は、NATOのルッテ事務総長と会談。ルッテ氏は欧州で「トランプ対応」に最も長けた政治家だ。トランプ氏は、1月21日、グリーンランドに関する武力行使の可能性や欧州諸国に対する報復関税を撤回し、ルッテ氏との間で問題解決の枠組みについて合意したと発表した。ただしデンマーク政府とグリーンランド自治政府は交渉に参加していなかったため、最終的な解決とはいえない。新しい提案は、米国がグリーンランドにすでに設置している基地の拡大などを認めることによって、併合という形を避けようとするものとみられる。

NATOの結束に深い亀裂

エスカレーションは避けられたものの、今回の論争がNATOの結束に大きなヒビを入れたことは間違いない。ドイツの論壇では、米国を欧州の国の領土の一部を奪おうとする「敵」と見なす論調が目立った。NATOは外敵から欧州を防衛することができる。しかし内部にいる敵から自らを守ることはできない。デンマークのフレデリクセン首相は、「米国が武力を使ってグリーンランドを占領したら、その時NATOは終わる」と警告していた。

今回の論争は、トランプ氏が米欧間の結束よりも、自国領土を増やすことを重視していることを浮き彫りにした。米国ファーストである。米国の安全保障戦略は、中国を最大の脅威と見なしており、欧州のロシアからの防衛は重視していない。むしろトランプ政権はEUや現在の欧州諸国の政府が「欧州文明を衰退させている」として、「ドイツのための選択肢」(AfD)のように現在の体制に挑戦する勢力を支援するべきだとしている。

ウクライナ停戦をめぐる交渉では、米国はしばしばロシア寄りの態度を見せる。デンマークの主権を無視してグリーンランドの領有を主張するのは、ロシアがクリミア半島を併合した独断的な姿勢と重なる。つまり理念や価値ではなく、自国の利益だけを考えるトランプ政権の路線には、プーチン政権と似た点がある。米国がこのような姿勢を続ける場合、有事にNATOが守ってくれるという「保険」は揺らぐ。

今後ドイツなど欧州諸国では、米国抜きでも自分たちを守ることができる体制の構築を急ぐ。社会保障、環境保護の予算に比べて、防衛予算の増加率が高まる。対ロシア抑止力を高めるために、米国に頼らずに、欧州独自の核戦力を持つべきだという議論も始まっている。

第二次世界大戦後81年間続いた米欧同盟は、今後ますます疎遠の度合いを深めるだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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