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エネルギー論争の行方

金融危機と並んで、今年9月の連邦議会選挙で重要な争点となるのがエネルギー問題である。地球温暖化と気候変動を受け、ドイツ国民の間では化石燃料に替わるエネルギー源への関心が高まっている。さらに、ロシアからの天然ガス供給をめぐるトラブルが毎年のように発生していることも、「将来のエネルギー源をどう確保するのか」という問いをドイツ社会に投げかけている。

大連立政権を構成するCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)とSPD(社会民主党)の意見は水と油のように完全に異なっている。メルケル首相を始めとしてCDU/CSU側は、シュレーダー前政権が2000年に導入した原子力廃止政策を見直すべきだと主張。CDUのポファラ幹事長は、「SPDと緑の党は、脱原子力が時代にそぐわず、ドイツを国際的に孤立させている現実を直視するべきだ。周辺諸国のほとんどは、現代のエネルギー源として原子力が欠かせないことを理解している」と指摘している。

1986年のチェルノブイリ事故の影響で、この国には原子力発電に根強い不信感を持つ国民が少なくない。このため大半の政治家は、「今動いている原子炉の稼動年数を延ばすべきだ」と主張するにとどまり、新しい原子炉の建設は提案していない。

だが、CDU/CSUと連立政権を樹立する可能性があるFDP(自由民主党)には、「長期的には安全度が高い小型の次世代原子炉の新設についても考慮するべきだ」いう踏み込んだ意見もある。

これに対してSPDは、赤・緑政権による脱原子力政策維持の姿勢を崩していない。エネルギーに関する論争が熱を帯びている理由の1つは、発電所の建設に多額の投資と長い時間がかかることだ。ドイツでは08年の発電量の内、48.6%が褐炭と石炭。つまり、二酸化炭素などの有害物質を放出する資源から作られている。さらに、多くの石炭火力発電所で老朽化が進んでいるので、電力会社は新しい発電所を建設しなければならない。

ところが、政府が長期的にどのようなエネルギー戦略を取るのかがはっきりしていないため、発電所の更新が本格的に行われていないのが現状だ。風力や太陽光などによる再生可能エネルギーが発電量に占める割合はまだ15%前後にすぎず、石炭や原子力を完全には代替できない。

今年2月には、脱原子力の「先輩」であるスウェーデン政府が、30年前に国民投票で決定した脱原子力政策を転換し、原子炉を新設する方針を発表した。同国は20年に暖房のエネルギー源に化石燃料が占める割合をゼロにすることを目指している。また交通機関による化石燃料の消費量を最大50%、企業の化石燃料消費量を最大40%削減するという。つまり二酸化炭素の排出量を大幅に減らすには、原子力が必要であると判断したのだ。

主要経済国の中で、原子力廃止を決めているのはドイツだけである。CDU/CSUとFDPが連立したら、脱原子力政策は変更されるだろう。この国のエネルギー政策の行方を占う上でも、連邦議会選挙の結果から目を離せない。

24 April 2009 Nr. 762

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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