Hanacell

テロと日常生活

毎年約600万人が参加する世界最大のビール祭、ミュンヘンのオクトーバーフェストには今年、イスラム系テロ組織の警告が影を落とした。アルカイダと関連があると見られるテロリスト組織は、ドイツの総選挙直前にドイツ軍のアフガニスタンからの撤退を求める数本の脅迫ビデオをネット上で公開した。その中の1本、アフガニスタンの抵抗勢力タリバンが流したビデオの中に、ベルリンのブランデンブルク門やケルンの大聖堂とともに、オクトーバーフェストの写真も映っていたのだ。

このため治安当局は、警戒にあたる警察官の数を700人に増員して、入場者の荷物検査を通常よりも厳しく行った。また、爆発物を嗅ぎ分けられる犬を使って、テントに爆弾が仕掛けられていないかをチェック。車を使った自爆テロを防ぐために、会場周辺の道路では車両の進入が禁止された。さらに宣伝用の飛行機に見せかけた航空機でテロが行われることを警戒して、会場の上空は飛行禁止となった。ミュンヘン中央駅でも一部の入り口が封鎖され、武装した警官たちが観光客に目を光らせた。これらの措置はオクトーバーフェストの歴史で初めてのことであり、治安当局がいかに無差別テロに対する警戒感を強めていたかを物語っている。

今年のビール祭の入場者は昨年よりも5%少ない570万人となったが、不況だけでなくテロ組織の警告ビデオも人出を鈍らせたと見られている。私の知り合いにもビール祭に行くのをやめた人がいる。

ミュンヘンでは、このビデオが公開される前からマリエンプラッツなどのSバーン(郊外と中心を結ぶ電車)の駅構内に、今年に入って新しい監視ビデオが設置され、アフガニスタン関連でこの国へのテロの脅威が強まっていることを感じさせた。ロンドンやマドリードの公共交通機関を狙った自爆テロが示しているように、市民を無差別に殺傷するテロ攻撃を完全に防ぐことは不可能である。テロ組織が事前に予告した建物を狙う可能性は、むしろ低い。彼らにとっては奇襲効果が重要なので、意表を突いて攻撃するのが普通だ。ビール祭の映像は治安当局の目をそらすための陽動作戦だったのかもしれない。

私は2001年から3回にわたり、イスラエルへ出張した。当時はエルサレムを中心にパレスチナ人による自爆テロが多発しており、ホテルや商店街、レストランの入り口では武装したガードマンが人々の荷物を検査していた。私の滞在中にもイスラエル南部の町で自爆テロが発生し、バスの乗客が多数死傷した。

私はイスラエルで市民がテロの脅威にどう対抗しているかを学んだ。彼らは自爆テロの脅威を無視して、積極的に外出した。週末の屋外レストランや喫茶店は常に満席だった。知人は言った。「テロを恐れて自宅に閉じこもったら、テロリストに負けたことになる」。別の知り合いは、テロの危険が高い市場やバスを普通に利用していた。魚料理で有名だったテルアビブのあるレストランでは、自爆テロで多数の客が死傷したが、わずか1週間で営業を再開。しかも市民は経営者を支援するために、このレストランを積極的に利用した。家族全員が携帯電話を持ち、テロが起きると無事を確認し合う。悲しいことだが、テロが日常生活の一部となってしまった国の暮らしの知恵だった。

ドイツでも無差別テロの危険が高まりつつある今、私は暴力の脅威に屈服しないイスラエル市民の姿勢を時々思い起こしている。

6 November 2009 Nr. 790

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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