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年金改革とドイツ社会

社会の高齢化が急速に進んでいるドイツでは、年金問題は常に政治の重要な争点である。少子化が進み、年金を受け取る人の比率が増大する一方のドイツでは、年金制度の崩壊を防ぐために、制度の改革を避けて通ることはできない。このため前の大連立政権は、2007年に施行させた法律によって現在65歳である年金の支給開始年齢を2012年から徐々に引き上げ、2031年には67歳にすることを決めている。

現実には67歳まで働く人はほとんどいないので、大半の人はもっと早い段階で年金を受け取ることになるが、その額は67歳まで働いた時に受け取る額よりも大幅に少なくなる。つまり受給開始年齢の67歳への引き上げとは、年金を実質的にカットすることにほかならない。

このため8月末に社会民主党(SPD)の執行部は、年金改革についての提言書の中で、市民への負担を和らげるために、この政策に様々な条件を付ける方針を打ち出した。

例えばSPDは、60歳から64歳までの市民の内、就業している人の比率を現在の21.5%から50%に引き上げることを提案している。さらに企業が60歳以上の社員を雇用し続けるための、様々な優遇措置も導入するべきだとしている。

SPDは大連立政権に加わっていた時に実施した年金改革に、自ら修正を加えたことになる。同党はここ数年、支持率が急落しており、数々の選挙で連敗している。ガブリエル党首は市民の立場に配慮した年金政策を打ち出すことによって、支持率の回復を図っているのだ。

たしかに今日、ドイツの企業を見ると60歳以上の市民を雇用している企業は少ない。このような状態で、年金支給年齢が67歳に引き上げられたら、手取り所得が減って貧困に苦しむ市民が大幅に増えることは明らかだ。そう考えると、60歳以上の市民が働きやすい環境を整えるべきだというSPDの主張には一理ある。

医学の発達や食生活の向上、スポーツをする市民の増加などによって健康の維持が促進され、さらにIT技術の普及が働く場所の可能性を広げたため、60歳以上になっても働き続けることは十分可能だ。60歳を過ぎた社員は長い職業生活から貴重な経験やノウハウを得ているので、そうした知識を後輩たちに伝えることもできる。

ドイツ社会の年齢構造は今、急速に変わりつつある。2005年には就業者100人に対する65歳以上の市民(年金生活者)の数は32人だった。だが2030年には就業者100人が養う年金生活者の数は50人に、2050年には64人に増加する。つまり雇用環境を変えていかない限り、勤労者の負担は増加する一方なのである。

さらに、ドイツの大都市では託児所や幼稚園の数が依然として不足しており、フランスや英国に比べると、子どもを持つ女性が安心して働ける環境が整備されていない。出生率を大幅に改善するために、ドイツ政府はこれまで以上にこうしたインフラを整備する必要がある。学校を思い切って全日制にすることも必要ではないか。そのためには、現在大都市で深刻になっている教員不足を改善することも求められる。

ところで、ドイツ以上に社会の高齢化が急テンポで進んでいる日本でも、将来就業者が養う年金生活者の数が大幅に増えることは確実である。日本政府は、長期的な視野に立って対策を取っているのだろうか?

3 September 2010 Nr. 832

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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