Hanacell

国際的な信用の回復を!

東日本大震災から1カ月が過ぎた。被災地では今も多くの人々が避難所で不自由な暮らしを強いられている。人々は家族を失った悲しみだけではなく、仕事や住居を奪われて、将来に対する強い不安にもさいなまれている。今回の津波では、高齢者や子どもたちなど社会の弱者に多くの犠牲者が出た。被災地が津波に襲われた瞬間について、現場から送られてくる生存者たちの体験談は、胸を締め付けるような内容である。現実は報道の内容に比べて何倍も悲惨だったに違いない。一刻も早く、被災者の人々の生活が改善されることを心から祈っている。

さて、東京電力は4月17日に、福島第1原発の事故収束へ向けての工程表(ロード・マップ)を初めて公表した。それによると、放射性物質の排出が着実に減少するようになるまでに3カ月程度、すべての原子炉の温度が100度以下になって安定する「冷温停止状態」を達成するまでに、さらに3~6カ月かかる見通しだ。つまり事態が一応収束するのは、早くても今年10月中旬、遅ければ来年1月中旬になるというのだ。これは強い余震などの突発的な事態が起きないことを前提とした「計画表」なので、「楽観的な見通し」とする見方もあるだろう。それでも、東京電力がこの工程表を発表した事実は、同社がようやく将来の見通しを明らかにできるだけの体制を整えられたことを示唆しており、歓迎すべきことだ。このような工程表をもっと早く公表していれば、市民の不安を少しでも軽減するのに役立っていたのではないだろうか。

さらに日本の経済産業省や文部科学省、厚生労働省などは、福島第1原発周辺の放射線量、東日本の各都市の放射線量、食品や水道水に放射性物質が含まれているかどうかなどの情報を、インターネットで公開している。これらのデータを見る限り、原子力発電所周辺の地域を除けば、放射線の量は我々が浴びる自然放射線の量を大きく下回っていることがわかる。

しかしこうした事実をドイツ人に伝えると、「日本政府や東京電力のデータは信用できるのか」「パニックを防ぐために一部の情報を公開していないのではないか」と問い返される。彼らは、事故発生直後に十分な情報が公表されなかったために、今なお日本政府や電力会社が何かを隠していると疑っているのだ。3月末にはすでに国際尺度でレベル7に相当する放射性物質が環境に放出されていたのに、政府が4月14日になってようやく事故の深刻度をレベル7に引き上げたことについても、ドイツでは強い不信の声が上がっている。また東京電力が、外国政府や農林水産省に事前に連絡することなしに、低放射性の汚染水1万トンを海に放出したことも、世界で最も環境保護に熱心な国民であるドイツ人に衝撃を与えた。

もちろん放射性物質の観測データなど、公表情報の大半は日本語なので、多くの外国人には読めないという問題もある。それにしても政府の公表情報について、ドイツの市民が初めから疑ってかかるというのは深刻な問題だ。ドイツ人は日本人に比べてリスク意識が高く、安全のために移動するのは、個人の自由と考える傾向がある。震災直後に多くのドイツ人が東京を離れて外国や西日本に避難したのは、その現れである。さらに彼らは批判精神が強く、与えられた情報を鵜呑みにしない。

国内の復興や被災者の救済のために、政府の外国に対する情報発信が遅れたのは無理のないことだ。しかし貿易立国日本にとっては、失われた国際的な信頼感を、積極的な情報発信によって回復することも重要なのではないだろうか。

29 April 2011 Nr. 865

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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