Hanacell

米国債格下げの衝撃波

今年、ドイツは記録的な冷夏。この国の上空に重く垂れ込める雨雲のように、再び金融不安の兆しが世界を覆い始めた。

8月6日に米国の格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が、1941年以来初めて、米国債の信用格付けを最高のトリプルAからダブルAプラスに引き下げた。その前の週にオバマ政権は公共債務上限の引き上げについて共和党の議員らと合意し、債務不履行になることは回避した。しかしS&Pは、「オバマ政権の歳出削減策は十分でない」として、トリプルAを剥奪したのである。

このため8月8日から米国や日本を初めとして、世界中の株式市場で株式指数や平均株価が大幅に下落。ドイツでも8月9日には株式指数が一時7%も下がった。また、外国為替市場でもドルが売られて、1ドルが一時77円台まで下がった。異常な円高が、日本の輸出産業に悪影響を与えることが懸念される。

米国の公共債務は、およそ14兆ドル(1078兆円)。世界最大の借金大国である。イラクやアフガニスタンの戦争も、中国や日本が米国の財務省債権を買ってお金を貸すからこそ可能となった。同国が借金によって生き延びていることは、何十年も前から分かっていた事実だが、超大国にとってトリプルAの最高格付けを失うことは、やはり屈辱である。

世界で最も多く米国にお金を貸している中国は、今回の格下げに憤り、米国政府に対して軍事支出などを真剣に削減するよう求めた。保有している国債の価値が下がることを恐れたのである。実態はともあれ、建前上はまだ共産主義国である中国が、資本主義社会のリーダー米国に対し、財政を健全化するよう求めるとは、なんとも皮肉な構図である。

信用不安は、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルなどで債務危機が続くヨーロッパでもじわじわと広がっている。8月8日には、欧州中央銀行(ECB)がイタリアとスペインの国債40億ユーロ(4400億円)を買い支えたことが明らかになった。これらの国々の国債の利回り(リスクプレミアム)が上昇(つまり国債価格が下落)したからである。

本来ECBは、ユーロ圏内でインフレが起こることを防ぐため、各国政府から独立した通貨政策を行なうのが任務だ。だがECBはいまや完全に政治からの独立性を捨てて、財政状態が悪化している国に資金を投入して支援する機関となってしまった。ドイツ連邦銀行が、政治から距離を保つことによってマルクの信用性を維持していたこととは、対照的であ る。このためドイツ人の間では、ECBに対する信頼感が日に日に失われつつある。このことはユーロの将来にとっても、由々しき事態だ。

米国と欧州で債務危機が深刻化しつつあることは、世界経済にどのような影響を与えるだろうか。リーマン・ショックの影響から立ち直ったばかりの各国経済が、再び不況に引き戻される事態だけは避けたいものだ。

ところで米国に対する信用格下げは、格付け会社の影響力がいかに大きいかを浮き彫りにした。そうした中、8月6日にS&Pが計算ミスのために、米国の債務額を2兆ドルも多く見積もっていたことが明らかになった。S&Pは格下げ発表の直前にデータを修正したが、米国政府は激怒した。格付け会社といえども、民間企業。計算間違いをすることもあるだろう。

それにしても、このような私企業に国家の命運を左右するような情報を発表する権限が与えられ、世界中の経済界や金融業界がそのデータに大きく依存している状況は、健全と言えるのだろうか?

19 August 2011 Nr. 881

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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