ジャパンダイジェスト

イスラム・テロの脅威とドイツの治安維持

事件現場となったカイザー・ヴィルヘルム記念教会の近く(1月5日撮影)
事件現場となったカイザー・ヴィルヘルム記念教会の近く
(1月5日撮影)

テロ組織イスラム国(IS)に忠誠を誓うチュニジア人アニス・アムリ(24)が、大型トラックでベルリンのクリスマスマーケットに突っ込み、11人を殺害し、55人に重軽傷を負わせたテロ事件から、1カ月が経った。大惨事の衝撃は、まだ収まっていない。

首都の心臓部を直撃したテロ

アムリは逃走してフランス経由でイタリアへ向かったが、ミラノで警察官に職務質問を受けた際に発砲したため、射殺された。私はこの事件について聞いたとき、2016年7月にフランスのニースでテロリストが大型トラックで観光客ら86人をひき殺した事件を思い出した。ベルリンの犯行に使われたトラックには、障害物にぶつかると自動的にブレーキが作動して車が停止する装置が付けられていた。もしもこの装置が付いていなかったら、さらに多くの市民が犠牲になるところだった。

これまでドイツでは、2016年夏にテロリストが列車内で乗客に斧で襲いかかったり、音楽祭の会場の外で自爆したりする事件があったが、死者は出なかった。だが今回の事件は、イスラム・テロがドイツの首都の心臓部を直撃したことを意味する。

この事件が起きる前から、ドイツの米国大使館は、「クリスマスマーケットはテロの目標となる危険性がある」と警告していた。クリスマスマーケットはキリスト教の行事に関係がある上、多くの市民が集まる。空港や駅に比べると警備が手薄なソフト・ターゲットなので、ISのテロリストが狙いやすい。だがベルリンのクリスマスマーケットでは、特別な警備態勢が取られていなかった。ISは、その盲点を衝いた。

警察に監視されていたアムリ

さらに不可解なのは、実行犯の男がドイツの対テロ機関の捜査線上に浮かびながら、犯行を防ぐことができなかったことだ。

アムリは、2011年春にチュニジアを離れて、船でイタリアに到着。その目的は仕事を見つけるためだった。彼はイタリアで暴力行為や放火の罪で禁固4年の刑を受ける。刑務所に収監されている時に、イスラム過激派の思想に感化された。刑務所を出たアムリは、ドイツに着くと亡命を申請。しかし現在チュニジアでは内戦などは起きていないため、彼の亡命申請は認められなかった。彼は国外追放されるはずだったが、パスポートを放棄していたために、チュニジア政府はアムリの受け入れを拒否。ドイツ政府は、チュニジア政府から身分証明書が届き次第、彼を送還する予定だった。

さらに、アムリはアブ・ワラーというイスラム過激派指導者のグループと交流があった。捜査当局は、組織に送り込んだ協力者の通報から、アムリが会合の際に「自動小銃を購入するために銀行強盗を行う」と発言していたことをつかんだ。このため捜査当局はアムリを「テロを起こす可能性がある危険人物」と見なして、ベルリンで数カ月にわたり監視。しかしアムリの行動に不審な点が見つからなかったため、昨年9月から尾行は中断されていた。ドイツには彼のような危険人物が約200人いる。一人の危険人物の監視には、30人の警察官を張り付けなくてはならない。警察に全員を24時間監視する余裕はない。アムリを国外追放するのに必要な書類がチュニジアから届いたのは、テロ事件が発生した2日後だった。つまり捜査当局が危険人物と見なしていた男から目を離したすきに、その人物が大惨事を引き起こしたのだ。

メルケル政権、治安対策強化へ

 このためメルケル政権は、治安確保のために様々な措置を取る方針を打ち出した。メルケル首相は1月9日にケルンで行った演説で「ベルリンでのテロ事件は、我々に迅速に行動することを求めている。言葉だけではなく、行動する必要がある」と固い決意を表明した。具体的には、危険人物の出身国の政府がパスポートがないという理由で、本人の送還を拒否しても、連邦政府は危険人物のドイツへの滞在延長を認めずに、強制送還する方針。さらにチュニジア、モロッコ、アルジェリアを「安全な国」に指定して、これらの国々からの亡命申請者を原則として受け入れない方針だ。首相は「ドイツに留まる資格のない外国人は、母国へ帰らせる。亡命を認められた難民も、ドイツ社会に適応する努力をしなくてはならない」と強調した。これまでドイツでは、亡命申請を却下されても、人道的・医学的な理由で国外退去処分を免れる外国人が少なくなかった。

またメルケル首相は、デメジエール内務大臣とマース法務大臣に、テロを起こす可能性がある人物の足に固定し、居場所を警察に送信する装置(Fußfesseln)の導入などについて協議するよう命じた。

連邦議会選挙でも重要な争点に

 さらに現在は連邦刑事局、各州の刑事局、連邦憲法擁護庁、各州の憲法擁護庁など30を超える省庁がテロ対策を担当しているが、デメジエール内務大臣は、連邦憲法擁護庁の権限を強化し、テロリストに関する情報を集中管理することによって、捜査態勢を強化したいと提案。だが州政府からは強い反対意見が出ており、結論は出ていない。

今年ノルトライン=ヴェストファーレン州議会などで行われる4つの地方選挙と連邦議会選挙では、治安の確保が、難民政策とともに重要な争点の一つとなる。メルケル政権が治安をめぐって市民の信頼を回復できるかどうかは、選挙の行方をも左右するだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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