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ジャマイカ連立交渉決裂の衝撃 「ドイツよ、どこへ行く?」

欧州連合(EU)を牽引する最大の経済パワー・ドイツの政治が漂流している。キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)、自由民主党(FDP)、緑の党は、いわゆるジャマイカ連立政権を樹立するための交渉を約5週間続けてきたが、FDPは11月19日深夜にこの交渉から離脱したのだ。

10月27日、バルセロナにて行われた独立宣言を祝う人々
シュタインマイヤー連邦大統領(写真奥)と会合するFDPのリントナー党首

FDPと緑の党が鋭く対立

FDPのクリスティアン・リントナー党首は、顔に疲労の色をにじませながら「他党との間に信頼関係を築くことができなかった。連立協定書の草案には、まだ237カ所も対立点が残っている。緑の党の影響が強すぎる。自分の政党の原則を曲げてまで政府に参加するより、政府に参加しない方が良い」と説明。FDPは小さな政府と自由市場経済を重視する。企業経営者や自営業者から強く支援されている政党だ。FDPは、旧東ドイツ支援のための連帯税の廃止を主張して、他党と対立した。さらに環境・エネルギー政策をめぐって緑の党と鋭く対立。緑の党は、地球温暖化に歯止めをかけるため、褐炭・石炭火力発電を2030年までに廃止することや、ディーゼル・ガソリンエンジンを使う車の認可を2030年までに禁止することを求めていた。これに対しFDPは、「化石燃料の使用を早期に禁止することは、ドイツ産業界の国際競争力を弱める」とし、真っ向から反対していた。メルケル首相は「緑の党は大幅に譲歩し、交渉の75%は終わっていただけに、FDPの離脱は残念だ」とコメントしている。

FDPは2013年の連邦議会選挙で、最低得票率である5%を確保できず議会から締め出された。38歳のリントナー党首は、精力的な選挙活動によって今回の選挙で、同党を連邦議会にカムバックさせた。リントナー氏はこれまで緑の党など左派勢力との対決姿勢を前面に押し出すことにより、支持者の信頼を回復してきた。したがって、彼は連立政権に参加するために、緑の党の筆跡が濃い連立協定書を受け入れた場合、再び支持者が減ると危惧したのだ。その意味でリントナー氏は、権力の座よりも政党の原則を重視した。

伝統的政党の機能不全

FDPにとっては、一貫性を守ったことになるが、国家全体にとって彼らの決定は、大打撃である。ジャマイカ連立政権の構想は潰え、政府を樹立する作業は振出しに戻った。連邦議会選挙から8週間もの時間が空費されたことになる。政党が連邦レベルで、連立政権の樹立について合意できなかったのは、ドイツという国の建国以来、初めてのことだ。有権者の間には、伝統的な政党に対する不信感と不満が募っている。今年9月の選挙で、有権者は第三次メルケル政権の難民政策に対する不満から、CDU・CSUとSPDを厳しく罰した。これらの党の得票率は激減し、排外主義を掲げる極右政党が初の連邦議会入りを果たした。特にSPDの得票率は史上最低の水準まで下落し、同党は次期政権への参加を拒否した。この政治的激震のために、伝統的な政党が話し合いで連立政権を作るという、これまでは常識だったプロセスすら、もはや機能しなくなったのだ。EUの中核であるドイツで、政治の空白が長期化しようとしている。このことについて、欧州のほかの国々の間でも不安感が強まっている。

ジャマイカ連立が破綻した今、カギを握るのはフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領だ。彼は「連邦議会選挙の結果とは、市民が政治家に託した最も重要な任務である。その任務を安易に投げ出して、有権者にもう一度選挙を行うように求めることは許されない」と述べた。大統領は、政権参加を拒否したSPD、交渉を離脱したFDPなど伝統的政党の党首と話し合い、翻意を促そうとしている。だがこれらの党が一度決めたことを翻す可能性は低い。

少数派政権か再選挙?

各党が現在の姿勢を崩さない場合、残された手段は、少数派政権か再選挙しかない。連邦大統領はメルケル氏を首相候補に指名する。メルケル氏が連邦議会で絶対過半数(議員数の過半数)を確保した場合、首相として再選される。だがメルケル氏の難民政策などについての批判が根強い中、彼女が絶対過半数を取れる保証はない。また、仮に首相に再選されても、CDU・CSUは議会の過半数を持たないため、法案を通過させるには野党といちいち交渉しなくてはならず、政局運営はこれまで以上に困難になる。メルケル首相が「レーム・ダック」(足の悪いアヒル=事実上統治能力がない指導者のたとえ)となることは、ほぼ確実だ。議会選挙で首相が決まらない場合、連邦大統領は議会を解散し出直し選挙を実施するしかない。その場合、投票日は来年の2月か3月になると予想されている。11月20日に公共放送局ARDが行った世論調査によると、57%が出直し選挙を望むと答えた。

AfDに追い風

だが選挙をやり直しても、首相候補やマニフェストに大きな変化がない限り、可能なオプションは、大連立かジャマイカ連立だけになるだろう。この場合、9月24日の選挙以来のプロセスが再び繰り返されることになりはしないか。伝統的な政党に嫌気がさした有権者が増え、「ドイツのための選択肢(AfD)」の得票率がさらに伸びる危険もある。我々が目撃しているのは、ドイツ民主主義の危機である。この国の政治家達は、過去に例のないこの危機から、どのように脱出するのだろうか。世界中の目がドイツに注がれている。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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