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mizkan
So. 17. Jan. 2021

華道家元45世 池坊専永

日本が誇る伝統文化の代表格の1つ、いけばな。美しい花を愛で、心を清める。そして豊かな心でいけられた花は、一段と美しさを増す。そんな自然賛美の心が人間の生活や文化を潤すといういけばなの精神を、およそ550年にわたり受け継いできたのが、華道家元池坊だ。45世家元池坊専永氏は、その精神を世界に広めるべく、積極的な海外活動を展開している。このたび、日独交流150周年に合わせて訪独を予定している家元に、池坊の活動といけばなの精神世界についてうかがった。

家元の「生花新風体」

【 池坊 】
池坊(いけのぼう)は、聖徳太子により587年に創建されたと伝えられる六角堂(紫雲山頂法寺)の本坊の名。池のほとりに住持の坊があったことから、その名が付いたとされる。代々の池坊の執行によって、仏前供花は観賞する花、すなわち「いけばな」へと発展した。室町時代後期、池坊専応が「専応口伝」でいけばなの理念を確立し、そこから「単に美しい花を観賞するだけでなく、草木の生命、風興を基とし、花をいけることによって悟りに至ることができる」いけばなが成立。立花、生花、自由花と、表現様式の幅も時代と共に多様化してきた。

池坊専永池坊専永
1945年、父専威の死去に伴い11歳で華道家元45世を継承し、53年に六角堂住職に就任。74年に銀座松坂屋で初の個展「こころを生ける」を開催。早くから新時代のいけばなを探求し、77年に生花新風体、99年に立花新風体を発表。62年に池坊初の海外活動を行い、以後も積極的に国内外の普及活動を展開。71年紺綬褒章、2006年旭日中綬章をはじめ、受賞歴多数。著書に『花の美とこころ』(講談社)、『麗しい生き方 たおやかな花のように』(PHP研究所)など。

まず、家元の普段のご活動について教えてください。

池坊には、国内に約400、海外に約100の支部があり、様々ないけばなの普及活動をしています。京都本部が主催するいけばな展のほか、各地の支部が主催する行事にも出席したり、作品を展示しています。海外では、いけばなデモンストレーションを披露し、実際に花をいけながら池坊を紹介しています。

また、いけばなの発祥の地である六角堂の住職でもありますので、そのお務めもあります。最近では、4月17日に池坊由紀次期家元と共に、東日本大震災で犠牲になられた方々への追悼と被災された皆様と被災地の1日も早い復興を祈願して、特別祈願と献花を行いました。執筆活動も行っていて、不定期ですが、本も出版しています。

1945年に45世を継承され、まさに戦後の池坊の一時代を築かれてきたわけですが、この激動の時代に、池坊はどのような成長・変化を遂げたのでしょうか?

いけばなは、時代に応じて少しずつ姿を変えながら継承されてきました。戦後、日本人の生活スタイルが大きく変化する中で、一般の住宅からは床の間が消えるなど、いけばながいけられる環境は大きく変化し、花材も様々な種類のものが手に入るようになりました。また、環境だけではなく精神面でも、自由なものが求められるようになり、人々の趣味も多様化していきました。このような環境の中、より華やかで、規則にとらわれず、平易にいけられるいけばなが喜ばれるようになったのです。

移りゆく時代の中では、従来の形式を尊重しつつも、新しいものを生み出していくことが大切で、池坊いけばなもその様式を少しずつ変化させて成長して参りました。作品の大きさも多様化し、現在では手のひらにのるような小さい作品、ミニチュア自由花と呼ばれるものもあります。

このように、いつも時代に合わせて変化することで、池坊いけばなは人々の生活の中に生き続けてきました。将来もまた新しいものが生み出され、形は変化していくでしょうが、いけばなの精神はいつの時代も変わりません。

家元の「自由花」
家元の「自由花」

これまで花をいけていらした中で、特に印象深い作品はありますか?

家元継承60年(2005年)の際、「お母ちゃん、一番星み~つけた」という母への思いを込めていけた作品があります。この時は会場に「見上げてごらん夜の星を」の曲を流しました。

11歳の時に父を亡くし、華道家元45世を継承して、修業のために比叡山山麓の寺に預けられました。母や兄弟姉妹と離れての生活は寂しく、夕方、一番星を見付けては「お母ちゃん、一番星み~つけた」と口ずさんでいました。そうした経験から生まれたのがこの作品です。

この比叡山での修業時代が、形ではなく目に見えない本当に大切なものを見る力を育んでくれたのだと思います。

型にとらわれず、
花への感動をそのまま作品に

家元は、「生花新風体」「立花新風体」という新たないけばな様式を発表されています。これらは、どのような考えのもとに生み出されたのですか?

規則に従って型に素材を当てはめるのではなく、花への感動をそのまま作品に表現できるようにとの思いが背景にあります。従来の生花・立花には、床の間に飾られることを念頭に置いた制約が多くありますが、現在では床の間のある家は少なくなり、いけばなを飾る場所も多様化しています。ですから、そのような制約を取り除きました。規則にとらわれ過ぎず、花をいける喜びを大切にすべきであると思うようになったのです。目に見える形のみにとらわれず、作品に精神を込めて作者の思いを表現することが大切だからです。

生活環境の変化や花材の多様化も、新たな様式を生む一因となりました。流通機関の発達により、今や外国からも様々な種類の花材が輸入されています。新風体では、そのような花材も自分の思いを表現するために自由に使用することができます。

池坊の伝統的な美感と、生花、立花の構成、品格を内包しながら、現代の環境や感性に合った様式として「新風体」を発表したのです。

米国、欧州、アジアを歴訪された初めての海外活動で、ご苦労はありませんでしたか?

最初はいろいろと苦労しました。海外への渡航そのものが日本人にとっては大変な時代でした。当時、米国の観光ビザは簡単に下りませんでしたし、現金の持ち込みも500ドルに制限されていました。海外の門弟たちにも随分助けてもらい、デモンストレーションで着用する羽織や袴も現地で準備してもらいました。また、花をいける際の剣山もまだ少なかった時代です。いけばなでは、「こみ藁」といって藁の束を花器の中に入れて使用することがあるのですが、これもほうきで代用したりしました。

この当時はまだ、「いけばな」という言葉は世界的にほとんど知られていませんでした。いけばなでは時の移り変わりを表現するため、きれいに開花した植物だけでなく、枯れた葉なども花材として使用しますが、海外ではそれが理解されず、嫌がられることもありました。

海外では日本から花材を持参して見せるのではなく、その土地にある花材を使っていけるようにしています。海外の人たちが、自分もいけてみたいという気持ちになってもらうことが大切です。身近に手に入る花を使って、誰でもいけばなができるということを分かってもらえるよう心掛けています。

1968年、米国サンフランシスコに事務所を開設しました。北米に事務所があるのは、いけばなの流派では池坊だけです。独立した非営利団体で、米国・カナダの池坊の活動を担っています。また、本部から1年に3人の講師を派遣し、北米でのいけばな普及活動と人材育成にも力を入れています。

バンコクでデモンストレーション
2009年、池坊バンコク支部20周年記念行事でのデモンストレーション

2003年にモスクワのクレムリン宮殿でデモンストレーションを行われていますが、反響はいかがでしたか?

クレムリンで、日本人の手によって花がいけられるのは初めてのことでしたので、それがきっかけで日露の文化交流がさらに広まることが期待されました。反響は良く、その時のご縁で国立特別保護区歴史文化博物館「モスクワ・クレムリン」の館長が後日、京都を訪れ、いけばなの体験などをされました。その際、館長は日本のマスコミに対し、クレムリンでのいけばな展は素晴らしかったと仰ってくださいました。

また、モスクワ市内の別の会場やサンクトペテルブルグ市のエルミタージュ美術館など、クレムリン以外でも花展が開催され、会場を訪れた現地の方からは「いけばなから不思議な素朴さと美しさを生み出す日本の秘密を知りたい」などの声も聞かれました。このデモンストレーションや花展は、現地の皆様にいけばなを通して日本文化に興味を持っていただく良い機会になったと思っています。

ドイツでの活動において、これまでに印象に残っている経験などはありますか?

1997年6月、ドイツ支部設立30周年記念行事開催の折にドイツを訪問し、ミュンヘン・ガスタイク文化センター内のカールオルフホールにてデモンストレーションを行いました。素晴らしい会場で、約500名もの方々にご来場いただきました。舞台装置や照明設備を駆使し、デモンストレーションを効果的に披露できたほか、ライラック、蒲(がま)、ひも鶏頭、夕霧草など、花材も大変豊富な美しい季節で、様々な作品をいけることができました。

デモンストレーション後の懇親会では、ハープやハックブレッドによるドイツ民謡などの演奏を楽しませていただきました。様々な国で、その土地固有の文化に触れることは大きな喜びです。

人と人とのつながりを尊ぶ心が
世界中に広まるように

海外でのいけばな普及活動の目的や、その背景にある思いを教えてください。

池坊には、海外約30カ国に約110の支部やスタディーグループがあります。各地の支部を訪問してデモンストレーションや花展、また池坊本部から講師を派遣して講習会を開催するなどの活動をしています。日本国内からツアーを組んで池坊会員が海外の支部を訪問し、親善花展や現地支部会員との交流会を開くこともあります。さらに、池坊の支部が存在しない国でも大使館や国際交流基金などと連携して、いけばなのデモンストレーションなどを披露することがあります。

いけばなは日本で生まれましたが、今では世界中に広まっています。それぞれの国の人々が自国の自然を称え、その土地の植物を用いていけばなを楽しんでいます。いけばなを通して、自然を敬い、あらゆる生命を尊重する心、人と人とのつながりを大切にする心が、どの国にも広がるようにと願っています。

このたび、再びドイツ訪問の機会を得られましたことに感謝しております。より多くの皆様に、そのようないけばなの心をお伝えできればと思っています。

インドネシア支部30周年記念行事
2010年、インドネシア支部30周年記念行事にて、
展示作品について来賓の塩尻在インドネシア日本大使夫妻に
説明する家元

海外での活動を通して、ご自身はどのような刺激を受けていらっしゃいますか?

これまで、アジアやヨーロッパ、アフリカ、北・中・南米、オーストラリアなど、世界100カ国以上でいけばなを指導してきました。花を通して、世界中の共通の趣味を持つ方々と交流できることは何よりの喜びです。人と人との出会いやつながりの大切さを感じます。

どの国でも、デモンストレーションなどの際には現地で入手できる花材を使用することはすでに申し上げましたが、その土地で手に入れた器や籠などを花器として使用することもあります。日本の伝統的な「美」を紹介する一方で、日本古来の花や器の型を押し付けるのではなく、その国の自然や文化を尊重した、現地の皆さんが楽しめるいけばなの姿を提案することも大切であると、私は考えています。

テープカット
インドネシア支部30周年の花展開会式で塩尻大使、
池坊インドネシア支部長らとテープカット

命が宿るいけばなを、先達から次世代へ

家元が池坊、華道を通してこれまでに培われた経験やいけばなの魅力について、どのように次世代へと伝えていきたいと思われますか?

池坊には550年の歴史がありますが、ただ単に続いてきたのではありません。550年の間、文化と伝統を伝え続けてきたのです。教えるということは、先生の生きてきた道を弟子に伝えていくことであり、その中で心のつながりが築かれます。先生から弟子へ、さらにその弟子へと「心」を受け継いでいくことが最も大切であり、池坊はそのようにして550年続いてきました。

江戸時代に先人がいけた作品を、400年後の現代に同じ花材を使って復元しても美しいと感じます。それは形の美しさだけではなく、その背後に命を感じられるからだと思います。ただ美しい色・形の花を器に挿すのではなく、「いける」ということが大切です。そこに精神を入れ、背後にある世界観が見えるような作品にしなければなりません。花は時間が経てば枯れてしまいますが、だからこそ、そこに生命感があり、命の尊さが感じられるのです。

時代の変化に応じて新しいものを生み出しながらも、このようないけばなの精神を人から人へと次世代にも伝え続けていきたいと思っています。

2012年は池坊550周年ということで、「いけばな池坊550年祭」にて盛大に祝われるようですね。

室町時代中期、東福寺の禅僧雲泉大極の日記「碧山日録」に「池坊の生け花」が記述されてから、2012年で550年を迎えます。これは、池坊いけばなのことが書かれている、現存する最古の文書です。この長い年月にわたり、池坊華道の継承・普及に努めてこられた先達に心から感謝するとともに、このような貴重な節目の年を多くの門弟の方々と一緒に迎えられる喜びと幸せを感じています。

日本では今年11月、京都で開催する旧七夕会池坊全国華道展を皮切りに、翌年の旧七夕会までの1年を「いけばな池坊550年祭」とし、全国花展や記念式典などの行事と、池坊華道の魅力を改めて発信する様々な催しを行います。海外各支部やスタディーグループにおいても、それぞれの花展や催しの折に「いけばな池坊550年祭」を現地にて広く紹介し、共に祝っていただく予定です。

現代の社会は急速な変化を遂げており、人々の価値観も文化のあり方も大きく変わろうとしています。池坊の先達が時代の変化に対応し続けてきた努力と情熱を受け継ぎ、「今」という時代に日本国内のみならず、海外に向けても広く池坊の価値を認識して頂くため、全力を尽くしていきたいと思います。

家元の「立花新風体」
家元の「立花新風体」

これまでの海外活動の経験を踏まえ、在留日本人の方々にメッセージをお願いいたします。

いけばなは、芸術ではなく文化です。文化は人間だけが持っているもので、犬や猫にはありません。文化の中には、コンピューターを作り出したりするような頭の文化と心の文化がありますが、現代では頭の文化は栄えている一方で、心の文化は衰退しています。

心の文化には真、善、美があり、真は真実を知りたいという心、善は人助けなど良いことをしたいと思う心、美はいけばななどを通して心を磨くことです。頭と心の両方の文化が揃って一人前、立派な人間になれるのだと思います。効率を重視する現代社会では忘れられがちな心の文化を、ぜひ皆様には大切にしていただきたいと願っています。

また、花と人、人と人との和から美しいいけばなが生まれると言われます。人と人との出会いやつながりを大切に、お互いを思いやる「和」の心を皆様がお住まいの地でも伝え続けていただきたいと思います。

(インタビュー・構成:林 康子)

日独交流150周年
いけばなの根源池坊
IKENOBO, der Ursprung des Ikebana
6月17日(金) 日本とドイツの池坊会員懇親会
6月18日(土)、19日(日)10:00~17:00
池坊いけばな展とデモンストレーション 

18日の注目はこちら!
10:00 華道展オープニングセレモニー
12:00 華道家家元45世池坊専永によるデモンストレーション
ドイツ「惠光」日本文化センター
EKO-Haus der Japanischen Kultur
Brüggener Weg 6, 40547 Düsseldorf
TEL: 0211-5779180 
www.eko-haus.de
 
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