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現代ドイツの家族事情 - 小林 和貴子

2004年秋から08年春までの3年半、ゲルマニスティクの学生としてハンブルクの大学に留学した際、クリスマスを現地の友人と一緒に過ごす幸運に恵まれた。05年のことである。その前の年は欧米の友人が皆、実家に帰ってしまい、すっかり孤独だったので、このときの招待はとても嬉しかった。ドイツのクリスマスと言えば、日本のお正月のような、家族で祝う伝統行事。どんな様子なのかと、行く前から興味津々だった。12月24日から27日まで友人と過ごしたが、今思えば、それは現代ドイツの家族事情を反映した日々だった。

イラスト: ©Maki Shimizu

24日:友人の実家(ヴォルフスブルク)にて、彼女の家族(両親、友人とその妹の4人)と夕食。

25日:友人の家族に親戚一同が加わって、午後にゆっくりと時間を掛けて昼食を摂った後、一同でプレゼント交換。私はタオルとティー・カップをいただく。教会には行かなかったが、ここまでは伝統的なクリスマスのイメージに近い展開。

26日:友人の彼氏と合流し、1人暮らしをしている彼のお母様のところ(イツェホー)へ向かい、4人で夕食。同じ頃、彼氏のお兄さんたちは、少し離れたところに住むお父様のところへ。彼氏のお母様宅の居間に飾られていた、絵本の中から飛び出してきたような本物の大きなモミの木の下には、お兄さんたちからのプレゼントが置いてあった。

27日:友人とその彼氏と一緒に、今度はお父様のところへ。ドイツのクリスマスは26日までだが、 彼氏が私たちを連れて行くために、お祝いを1日待っていてくれたのである。お父様の再婚相手とその子ども(再婚相手の連れ子で私たちと同年代の学生)も一緒に、6人で夕食。

イツェホーでの2日目は、やや複雑な家族構成も手伝って緊張をはらむ場面もあった。この場に自分がいて良いものかと、気まずくなったりもしたが、ともかく場違いのような存在の私を受け入れ、オープンに議論してくれた友人の彼氏とそのご家族には感謝したものだ。

私が勤務する大学には、現代ドイツの地域事情を扱うゼミがあるが、2012年度はドイツの家族をテーマにした。日本の場合、結婚して配偶者と一緒に住み、家族を築くというのが、いまだ「幸せな人生」の王道であると、一般的には考えられている。私自身、まだ独身だった頃、お正月には大正生まれの祖母に決まって「誰かいい人はいないの?」と言われたものだが、現代のドイツの場合、結婚はもはや恋愛のゴールではなかったり、恋人以外の人と一緒に住むルームシェア(WG)という形の家族的な共同生活もあったりと、理想のあり方も含めて、家族を取り巻く状況は日本と似て非なるものである。結婚や出産、介護にいたっては、20歳そこそこの学生にはまだ遠い世界の話かもしれないが、恋愛については各々考えがあるに違いないだろうから、そこから話を膨らませれば……と思い、このテーマを選んでみた。

授業で扱った資料の中に、ドイツの未成年の子どもの観点から世帯構成を分類した表がある。あ る研究者の2006年の調査によると、共に暮らす親が実の両親である子どもの割合は72.4%(うち結婚している両親は66.1%)、ひとり親は17.1%、母親か父親とそのパートナー(義親)は 9.1%。私自身はドイツの家族事情を反映したデータとして興味深く読んだのだが、実の両親と暮らす子どもが多い点を指摘した学生が少なからずいたことには驚いた。「なんだ、フツーの家族が多いではないか」と。未婚のシングルマザーや、結婚しないまま共同生活を続けるカップル、再婚などについてばかりゼミで議論してきたため、連れ子やひとり親と暮らす子どもがもっと多そうなイメージだったのに……と言うのだ。

確かに日本でも、離婚も子連れの再婚も今や珍しいことではなくなったが、もとより肝心なのは、 義親あるいはひとり親の家庭で育つ子どもが多い少ないということではなく、親が義理であっても、それ自体が1つの家族のあり方として受け止められていることだ。要するに、現代のドイツでは家族と一口に言っても、色々な人の繋がりとして捉えられるようになっているということだ。結婚をベースにしているかもしれないし、していないかもしれない、血縁関係があるかもしれないし、ないかもしれない。ドイツでは、家族が個人単位で定義される、つまり誰が家族に含まれるかは人によって異なるという段階まできている。両親のどちらかが再婚し、義親と一緒に暮らす子どもにとっては、離れて暮らす生みの親も家族に含まれるだろうが、義親や一緒に暮らす生みの親にとってはその限りではない、といったように。

イラスト: ©Maki Shimizu

さて、ゼミの学生が興味を持った話題に、ドイツでの出会いの場がある。日本のコンパやお見合いに相当するものはドイツにはない。では、ドイツの若者たちはどこで恋人を見付けるのかと言うと、その1つがパーティーである。ドイツでは、誕生日会はもちろん、引っ越しなどのきっかけがあれば、いや、特別な理由がなくても、週末に家やバーに集まって歓談する習慣がある。そのようなパーティーの席には、例えば友人の友人といった形で参加して、自然に様々な人と知り合うことができる。自分の誕生日会に、自分が直接招いていない人が来るというのは、日本人の感覚からすると不思議だが、ドイツの場合、社交の単位はペアになっていて、彼氏や彼女を連れて行くのは日常茶飯事だ。連れは常にパートナーとは限らず、時に友人や兄弟姉妹であったりする。そのような場で共通の友人を通して何度か顔を合わせることで、意気投合して…… といったことが大いにあるのだ。  

ドイツの大晦日は、日本のクリスマスとどこか似ていて、友人同士で盛大なパーティーをするの が通例である。「良いお年を!」は「Guten Rutsch ins neue Jahr!」と言うが、まさにそうしてドンチャン騒ぎをしながら、「新年に滑り込む」 のだ。日本では、恋人とロマンティックなクリスマスを過ごせるかどうかは、それ以前の頑張りに かかっているが、ドイツの場合、年越しパーティーの席で恋人を見付けるなんていう話もあり得るから羨ましい。

もっとも、そこから家族の絆へと一足飛びにはいかないのがドイツの現状である。家族そのもの が多様化する今日、その絆は築きにくくなっているのだろうか。2011年3月の東日本大震災以来、日本では家族の絆が改めて強調されているが、かつて私がドイツのクリスマスに見たものは、家族の形がどのように変わっても、絆が途切れないよう努力する友人の姿であった。

こばやし わきこ

学習院大学文学部ドイツ語圏文化学科准教授。専門はラジオドラマを中心とする現代ドイツ文学とメディア論。著書に『Unterhaltung mit Anspruch. Das Hörspielprogramm des NWDR-Hamburg und NDR in den 1950er Jahren』(LIT Verlag、2009)、 『Reise nach Fantasia』(同学社、2011年;共著)。
 
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