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日本のスポーツ鍼灸の力を欧州に広める

小谷泰介さん

サッカー・ブンデスリーガ1部に10人以上の選手が所属するなど、
今や日本人選手のドイツでの活躍が報じられない日はない。
一方で、選手の身体とパフォーマンスを支える分野でも
日本人の挑戦が始まっている。
日本のスポーツ鍼灸の技術を欧州に伝えるべく
奔走している小谷泰介さんに、その経緯について伺った。
そこから見えてきたのは、無限に広がる可能性。
欧州は、挑戦するスポーツ鍼灸師のフロンティアだ。
(編集部:高橋 萌)

小谷泰介さんTAISUKE KOTANI
1955年、父親の赴任先であったタイで出生。フットボール・ジャーナリスト、コメンテーター。その他、ドイツのプロサッカークラブ、ヴェルダー・ブレーメンとの提携における各種事業、欧州へのスポーツ鍼灸の普及など、様々な企画に携わっている。
ブログ:www.actiblog.com/kotani

針でも釘でも……

スポーツ選手にとって、体はまさに資本。どれほど偉大な選手でも、けがをしてしまえばただの人。いや、それどころか、給料泥棒という不名誉なレッテルを貼られ、強烈な復帰へのプレッシャーに晒される。負傷した選手の身体の回復を促し、痛みを和らげる、そんな魔法のような方法があるならば、「針でも釘でも、治るものなら何でも打ってくれ!」、そういう切実な心境に、選手達は置かれていると言う。現在、日本が誇るスポーツ鍼灸の技術を本場欧州のプロスポーツ界において普及、発展させることを目指して活動している小谷泰介さんが、スポーツ鍼灸師と出会ったのは、今から5年程前のことだった。

JリーグのクラブでトレーナーをしていたKさんが、「欧州では鍼灸が浸透していないから、ぜひ挑戦してみたい」「どこかチャレンジできそうなクラブがあれば紹介してほしい」と私に依頼してきたとき、すぐにコンタクトを取れるのが、スペインかドイツだったんですが、やはり一番最初にヴェルダー・ブレーメンのシャーフに連絡しました。

小谷さんとヴェルダー・ブレーメンとの関係は長く、トーマス・シャーフ監督とは27年来の友人という関係。ブンデスリーガの先駆者として知られる奥寺康彦氏(1981-86年ヴェルダー・ブレーメン所属)を介して、1986年のキリンカップサッカーに参加するため来日していたブレーメンの選手たちと出会い、その中に当時は選手だったシャーフ監督(2012/13年シーズン限りで退任)、トーマス・ヴォルター2軍監督らがいたのだ。

シャーフに「ハリって知ってる?」と聞くと、一応は知っていると。そこで、「鍼灸師によるデモンストレーションがしたいんだけど、ギャラも要らないし、どう?」なんていうやりとりがあって、2007年の秋に実現したんです。僕はそれまでハリの「ハ」の字も知らなかったんですが、やっぱりこう、効くんですよね。当時はまだジエゴがいて、膝が痛いと言っていたのが全然痛くなくなったとか、選手達が口を揃えて調子が良くなったと言うくらいの好評ぶり。Kさんが「とにかく打たせてさえもらえれば、結果は出せるから」と言って、挑戦したわけですが、まさにその通りでした。当時のGMクラウス・アロフス(現ヴォルフスブルクGM)とシャーフ、その2人が我々のために席を設けるという、今考えてみれば貴重な場で、「(スポーツ鍼灸が)非常に良いものだということを認識したから、契約の話をしたい」と言ってくれたんです!

結局、ベテラン鍼灸師のK氏は、2007、09年と2度ブレーメンで挑戦する機会を得て、どちらも大好評だったものの、チームの事情や条件面での調整が付かず、やむなく断念。しかし、この活動を小谷さんがブログで発信していたことから、日本の鍼灸学校など多方面から反響があり、その後も何人かの鍼灸師と共に欧州を目指すことになる。ドイツのみならず、スペインのレアル・マドリードなどの名門クラブでデモンストレーションを行い、欧州ではまだ知られていなかったスポーツ鍼灸の良さを選手たちに体で実感してもらうことから再スタートを切った。

日本の鍼灸師を取り巻く状況

日本で言う鍼灸師とは、基本的にはり師ときゅう師の国家資格を保有する者を指す。鍼灸の学校は日本全国にあり、昨年度の試験では4000人以上が合格している。しかし、その後の進路については飽和状態で、希望の職どころか、鍼灸とはまったく別の職に就いている者も多く存在するという。

スポーツ鍼灸を志している若者だけでも、数百人単位でいると思うんです。でも、日本のプロスポーツ界では需要に限りがあって、さらにそのポジションに空きが出ない限り可能性が開けない。野球やサッカー、バスケットボール、アイスホッケー、そういうプロのチームに平均2人の鍼灸師がいたとしても、日本国内には総数として200人分くらいしかないポジションじゃないかと思います。そうすると、空きが年間5~6人とか、そういう感じなんじゃないでしょうか。ほとんどの人が希望の職に就けない状況です。

ところが欧州に目を転じてみると、まだプロスポーツ界に鍼灸師がほとんどいないわけですよ。ということは、例えばドイツを例に挙げると、3部リーグまでをプロとして、約60チームという数の未開の原野が広がっていると言えます。さらに、欧州各国のリーグ×60チームと想定すると、サッカーだけでも数百の単位で就職口があるわけです。まぁ、そんなに上手く行くわけはないでしょうけど、空きという意味ではありますよね。さらに、バスケットボールやバレーボールなどのプロスポーツにまで広げれば、数千単位の就職口が眠っているようなものです。

欧州でも、スポーツ鍼灸を取り入れている日本人が全くいないわけではない。ACミランでトレーナーとして所属している遠藤友則さんは、10年以上も前から欧州の地で腕を振るっている。その他にも、小谷さんが知る限り、プレミアリーグに2人。それぞれ独自のルートで、トレーナーとしてのポジションを得ている。

日本のスポーツ鍼灸を欧州へ

ただし、アキュパンチャリスト(鍼灸師)としてチームに登録されているのは、鈴木友規さんが初めてじゃないかな。

2012/13年シーズン、ドイツ・サッカー界で初の鍼灸師が誕生した。5年に及ぶ小谷さんの欧州でのスポーツ鍼灸の普及活動がついに、ヴェルダー・ブレーメンとの契約という形で結実したのだ。

鍼灸学校の先生からの紹介で鈴木さんと出会い、彼の情熱に心打たれました。「一緒にブレーメンに行って、その次にスペインのスポルティング・ヒボンに行こう」ということで、動き出したのが2012年3月。まずはブレーメンに行ったわけですが、技術的には何の問題もなく、選手たちからも受け入れられていました。すると、「小谷さん、このヴェーザー川のそばに建つスタジアムや練習環境、アットホームなチームの雰囲気、すべてが素晴らしいです。もうスペインには行かなくて良いので、ここにいさせてください!」って彼が言い出して。それで、シーズンが終わるまでブレーメンでデモンストレーションを行いました。

若き挑戦者である鈴木さんは、何より経験を積むことを重視。まずはチームの一員となって、自分を成長させたい。そういう志を持ち、クラブとの交渉も小谷さんに一任。結果、念願の「契約」を勝ち取った。

やっぱり縁もあったのかな。もちろん、一番は技術ですけどね。とは言え、「医は仁術」と言われるように、一緒に働きたいと思わせる人としての素養が彼にはあったんだとは思います。

日本人は繊細で、手先が器用。同じ針を打つにしても、日本人は優秀だと思います。セイリンなど、素晴らしいメーカーも揃っています。だからこそ、欧州ではまだ未開のスポーツ鍼灸という部分では、日本がイニシアチブを取って、欧州に広めていきたいというのがこのプロジェクトの趣旨です。そして、いずれは「アニメと言えば日本」というイメージがあるように、「スポーツ鍼灸と言えば日本」というような、日本人の誇れる産業として、あらゆる分野で活躍できるようになればと思っています。

「スポーツ鍼灸」という言葉が日本で誕生して、約20年。奇しくもJリーグ誕生とほぼ時を同じくして発展してきたことを考えると、海外で活躍するサッカー選手たちのように、スポーツ鍼灸師が世界へ羽ばたくタイミングとして、早過ぎるということはないように思う。今後、スポーツ鍼灸が欧州の地でどんな発展を遂げるのか、見守っていきたい。

ブンデスリーガ初の日本人鍼灸師 鈴木 友規さん

鈴木友規さんTOMOKI SUZUKI
専門学校でアスレティック・トレーナーの資格を取得した後、川崎フロンターレの育成部のトレーナーとして働きながら鍼灸の資格を取得。2012/13年シーズンから、ヴェルダー・ブレーメンに鍼灸トレーナーとして所属。

日本からドイツへ、鍼灸師としての挑戦を支える想い

海外で挑戦しようと思った理由は大きく2つあります。1つは「自分を大きく成長させるため」。トレーナーという仕事は特に、自分が成長することでそれが相手にとってもプラスになる仕事です。相手を良い方向へ導くためには、知識、技術だけでない大きな何かが関わってくると思います。それを磨きに来ました。また、自分が一流になるためには大きなチャレンジが必要と、そんな気持ちから出た一歩でした。  

もう1つの理由は「本場欧州のフットボール世界を体感すること」。Jリーグの下部組織でトレーナーをしていた際に、スタッフミーティングで「世界に通用する選手を」というキーワードがよく出ていました。その意味を自分なりに考えていましたが、実際に自分の目で見たり、肌で感じないと納得しない性格なので、「ならば行こう」と思いました。ただ、決して勉強するためだけに来たわけではなく、契約する前にデモンストレーションをさせてもらったときに、今の自分でも貢献できる、通用すると確信したからこそ、目標を「契約」へと定められました。  

今回のチャレンジが自分のためだけのものでないことも充分理解しています。まず、間違いなく自分1人の力では来られませんでした。先駆者として飛び込んで下さった方、関わってくれた様々な人達に本当に感謝したいです。そして、色々なタイミングが重なって今自分はここに立っているが、それも自分の役割の1つと、最近思うようになりました。

広がる夢の選択肢

今、多くの日本人選手が欧州の舞台で活躍しています。長年、日本サッカー界を支え、挑戦してきた方、そして現役選手達の頑張りで今があります。そして、日本のサッカー少年達の夢は、「Jリーガーになりたい!」だけでなく「ブンデスリーガでプレーしたい!」「チャンピオンズリーグに出たい!」と、どんどん広がっています。いずれ自分もサッカーのトレーナーを目指す人たちにとって、そんな夢を与えるきっかけの1人になれるよう、今を頑張りたいと思います。

それぞれの選手に合った処置ドイツ語も英語も話せない中、一から選手たちとの信頼関係を築いて行った鈴木さん。小谷泰介さんの息子で、ヴェルダー・ブレーメンU13のコーチを務める小谷周人さんにも言葉の面で支えられながら、それぞれの選手に合った処置を施していく。

ヴェルダー・ブレーメンのシャーフ監督(左)と鈴木さんヴェルダー・ブレーメンのシャーフ監督(左)と鈴木さん。今季限りでの退任が決まっているが、シャーフ監督は14シーズンにわたってチームを率い、選手時代も合わせて41年間、ブレーメンを支えてきた人物。シャーフ監督の鍼灸治療に対する理解が鈴木さんとの契約を決定的なものにしたことは確かだろう。

はりでの治療を怖がり、拒否する選手も中にはいるはりでの治療を怖がり、拒否する選手も中にはいる。鍼灸師が使用するはりを見たことがない選手は注射針のようなイメージを持つそうで、痛い治療はイヤと……。しかし、1度その治療を体験すると、はり治療にさほど痛みを伴わず、しっかりその効果を実感できることに気付くと言う。

 
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