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交配品種の話 1 ミュラー=トゥルガウの130 年

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これから4章にわたって、土着品種の対極にある交配品種をご紹介しましょう。交配とは、2つ以上の異なる品種を掛け合わせて新しい品種を得る作業のことで、品種改良の一手法です。交配によって、生産者が求める性質を持った新しい品種を得ることができます。交配品種を得るためには、人工授粉を行い、種を作り、畑で育てて木に成長させて、ぶどうが実るのを待たなければなりません。さらに、ぶどうの木や性質を確かめ、実ったぶどうから少量のワインを造り、その香りや味覚などを調べ尽くした上で新品種としてデビューさせるので、大変な時間がかかります。また、これだけの手間をかけても望むような品種にならないこともあります。

遺伝学の先達、グレゴール=ヨハン・メンデルが1865年に公表したメンデルの法則は、1890年代頃にオランダの植物学者ユーゴー・ド・フリースら複数の研究者によって再発見され、品種改良の時代が到来しました。ドイツでは、フリースの再発見以前から多くの研究者が品種改良に携わっていました。

ドイツで栽培されている交配品種のうち、最も古く、最もその名前が知られた交配品種が白品種のミュラー=トゥルガウ(Müller-Thurgau)です。現在ではドイツのほか、オーストリア、スイス、イタリア北部、英国、さらにはニュージーランド、米国、日本でも栽培され、成果を挙げています。

この品種が交配されたのは1882年のこと。交配したのは、スイス・トゥルガウ出身の研究者ヘルマン・ミュラー(Hermann Müller)で、場所はガイゼンハイムの研究所でした。1891年、ミュラーは転職を機にスイスに戻る際に、この新品種の枝150本を一緒に持ち帰り、挿し木をして育てました。ある時、育成を担当していた栽培家のH・シェレンベルク(H.Schellenberg)が、58番の木のぶどうの質がとても良いことに気付きます。それが、今日のミュラー=トゥルガウとなりました。

そのミュラー=トゥルガウが、バイエルンの栽培学者デルン(Dr. Dern)によってドイツに戻されたのは1913年。知名度が上がったのは、1921年にヴュルツブルクのぶどう栽培研究所のツィーグラー(Dr.Ziegler)が本格的な栽培に取り組んでからのことです。ミュラー=トゥルガウが正式に品種リストに加わったのは1956年、苗木として市場に出回るようになったのは1960年になってからでした。

ミュラー=トゥルガウが盛んに栽培されるようになった理由は、この新交配品種が気候や土壌をあまり選ばないからです。あらゆる気候、土壌で無理なく育ち、一定の収穫量を確保でき、酸味が柔らかで万人向けの味わいを持つ新品種の誕生は、農家にとってありがたいもので、白品種の中では長年トップの座を維持してきました。しかし、それと同時に、個性のないワインの大量生産も始まりました。本物志向の時代となった1990年代以降は人気に陰りが出始め、徐々にリースリングにその地位を奪われていきました。とはいえ、パールワインなどに積極的に使用し、成功している醸造所もあります。

ミュラー=トゥルガウは当初、母方がリースリング、父方がジルヴァーナーといわれていましたが、1998年に行われた遺伝子解析では、母方がリースリング、父方がシャスラであると推定されました。しかしその後、改めて行われた遺伝子解析で、父方はマドレーヌ・ロイアル(Madeleine Royale)であることが判明しました。

Fritz Müller verperlt GmbH
(ラインヘッセン地方)

クニプサー醸造所
醸造家のユルゲン・ホフマンさん
©Fritz Müller verperlt GmbH

ミュラー=トゥルガウの人気が陰り始めた頃、人気挽回を狙って「リヴァーナー」という別称が与えられたが、この新名称はあまり定着せず、イメージアップにはさほど貢献しなかった。しかし筆者は、ラインヘッセン地方の醸造家で、伝統製 法による秀逸なゼクトを生み出しているフォルカー・ラウムラ ントが大学時代に造ったミュラー=トゥルガウのゼクトが、当時高い評価を得たという話を聞いて以来、ミュラー=トゥルガ ウにも可能性があるはずと思っていた。その可能性に挑戦したのが、醸造家ユルゲン・ホフマンとミュンヘンのワイン商ギド・ヴァルターの2人。2009年に、ミュラー=トゥルガウの辛口のパールワインを「フリッツ・ミュラー」の名前でリリースした。ユルゲンは、ラインヘッセン地方アッペンハイムにあるホフマン醸造所のオーナー。「フリッツ・ミュラー」の醸造は彼が担当している。

Fritz Müller verperlt GmbH
Jürgen Hofmann & Guido Walter
Vor dem Klopp 4, 55437 Appenheim
Tel. 06725-3328
www.fritzmueller.fm


Fritz Müller Pearlwein
フリッツ・ミュラー パールワイン 6.50 €
 

ゲルバー・オルレアンス・シュペートレーゼ

気取らず気軽に楽しめるパールワイン(イタリア語でフリッツァンテ)は、ミュラー=トゥルガウという品種を活かせる絶 好のスタイルだったのか、「フリッツ・ミュラー」はリリース後、大人気を博し、今や大都市のデパートや主なワインショップなら大抵どこでも手に入るようになった。ブランド名のミュラーはミュラー=トゥルガウ、男性名のフリッツはフリッツァンテの意味も兼ねている。ミュラー=トゥルガウが新たに植樹されることはほとんどないため、フリッツ・ミュラーに使用されるミュラー=トゥルガウの樹齢は全体的に高く、中には40年を経たぶどうの樹もあり、ぶどうの品質も高い。爽やかなりんごや梨の香り、軽快な味わいは、これからの季節にぴったり。 ユルゲンとギドは、今や伝統品種とも言える愛すべき品種に新たな可能性を拓いた。
 
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岩本順子(いわもとじゅんこ) 翻訳者、ライター。ハンブルク在住。ドイツとブラジルを往復しながら、主に両国の食生活、ワイン造り、生活習慣などを取材中。著書に「おいしいワインが出来た!」(講談社文庫)、「ドイツワイン、偉大なる造り手たちの肖像」(新宿書房)他。www.junkoiwamoto.com
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