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長崎よりドイツへ 戦後処理について学ぶ旅

長崎から「岡まさはる記念長崎平和資料館」の皆さんが8月末、「ドイツに学ぶ旅」と称してハノーファーへ視察に来ました。同資料館は、戦時中の日本の加害の歴史を展示しているまれなミュージアムで、市民有志により1995年に設立されました。補助金などは受けておらずボランティアによって運営され、その運営資金は入館料や市民の寄付で賄っています。9人の訪問団は、ドイツの過去の克服の様子を学ぶとともに、同館で良心的兵役拒否として奉仕活動をしていたドイツ人青年と再会しようと、ニュルンベルクやベルリン、ハノーファーなどを一週間ほど訪れました。

訪問団は館長の高實康稔さんや理事の園田尚弘さん、全国被爆二世団体連絡協議会会長の崎山昇さんをはじめ歴史教師や平和活動家、学生など多彩な顔ぶれ。ハノーファー郊外のヘミンゲンの統合学校では高校生約300人の前で、9歳のときに長崎で被ばくした末永浩さんが当時の体験を語りました。生徒たちは被ばく者からじかに話を聞くのは初めてとあって、大きなショックを受けた様子でした。「通常の生活に戻るのに何年掛かったか」をはじめ様々な質問が出て、「米国を恨んでいるか」「最初は憎かったが今は憎んでいない。力を合わせて核兵器を失くすべきだ」などのやり取りもあり、訪問団からは「生徒たちが『原爆』というものをつかみ取ろうとする姿勢に感動した」などの感想が聞かれました。

ドイツに学ぶ旅
被ばくの体験談を熱心に聞く高校生たち

その後、一行は教師たちと歴史教育について意見を交換しました。ドイツでは、歴史は遠い過去のことではなく、現在や自分のアイデンティティーにつながっていることを実感させるため、強制収容所に出掛けたり、自分で調べて発表することを重視しているという話を聞いた高實館長は、「歴史教育を『記憶の文化』として確立し、生徒たちと共に過去の克服に努めるドイツの先生方をうらやましく思う」とも話していました。

ドイツに学ぶ旅
教師たちと歴史教育について意見交換

「岡まさはる記念長崎平和資料館」の名称は、牧師であり、長崎市議会議員であった市民活動家の岡正治さんに由来します。ここでハノーファー出身のヤネク・ダンさんを皮切りにドイツの若者5人が、2006年より良心的兵役拒否の奉仕活動をしました。今回、日本在住者を除く4人と再会し喜びを分かち合いました。

戦後71年経ち、被ばく者が減る中、どうやって被ばくの体験を語り継いでいくかは大きな課題です。一方、被害者としての立場ばかりを強調しても、国際的には受け入れられません。「日本軍を止めるために原爆は必要だった」という意見に対し、自国の加害の歴史を知った上で、原爆の非道さや核廃絶を訴えていく必要があります。私も何度か「岡まさはる記念長崎平和資料館」を訪れましたが、いつ見ても圧倒されます。ぜひ多くの人に訪れていただきたい資料館です。

岡まさはる記念長崎平和資料館: www.d3.dion.ne.jp/~okakinen

田口理穂(たぐち・りほ)
日本で新聞記者を経て1996年よりハノーファー在住。社会学修士。ジャーナリスト、裁判所認定ドイツ語通訳・翻訳士。著書に『市民がつくった電力会社: ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命』(大月書店)、共著に「お手本の国」のウソ(新潮新書) など。
 
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