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インフレのためドイツでストライキ激化

今年のドイツでは例年以上に激しいストライキの嵐が吹き荒れており、多くの市民が影響を受けている。

3月27日、ストライキ決行とともに各地でデモが行われた。写真はブレーメンの様子3月27日、ストライキ決行とともに各地でデモが行われた。写真はブレーメンの様子

二つの産業別労働組合が同時スト

3月27日には、サービス業労働組合(ver.di)と鉄道交通労働組合(EVG)が共同で24時間にわたって警告ストライキを断行。ほぼ全国で鉄道、バス、飛行機などの運行が止まり、交通はまひ状態に陥った。空港業務が停止したため、日本からドイツに到着する旅客機も、1日到着を延期した。全国で交通機関の利用者数百万人の足が乱れたと推定されている。

二つの産業別労組が同時にストライキを打つのは、極めて異例だ。3月27日が選ばれたのは、この日から3日間にわたり、ポツダムで労使が賃上げをめぐる3回目の交渉を行ったからだ。経営側は組合側の要求に難色を示していた。このため組合側は大規模ストによって、経営側に対する圧力を高めようとしたのだ。

ver.diは、連邦政府と地方自治体の公共サービス部門で働く職員約250万人のために、平均10.5%(最低月額500ユーロ)の賃上げを要求している。一方EVGは、鉄道労働者のために平均12%(月額650ユーロ)の賃上げや、地域ごとの賃金格差の是正などを求めている。

ver.diは、2桁を超える賃上げ要求の理由について、「ロシアのウクライナ侵攻によって、エネルギー価格が過去になかったほどの勢いで上昇した。2022年通年のインフレ率は6.9%という、第二次世界大戦後最も高い上昇率を記録した。公共サービス部門で雇用されている多くの労働者が、家賃や暖房費、電気代をどのように払えば良いのか、途方に暮れている」と説明した。つまり労働組合は、「経営側は、未曽有のインフレによって実質賃金が減った分を、補填 (ほてん)するべきだ」と訴えているのだ。

これに対して地方自治体経営者連合会(VKA)のカリン・ヴェルゲ会長は、「今年10月1日と来年6月1日に、合計5%の賃上げを行うほか、今年と来年に合計2500ユーロ(35万円・1ユーロ=140円換算)の一時金などを支給する。2024年にはボーナスの額も引き上げる」と回答した。ヴェルゲ会長は、「一時金も加算すると、平均賃上げ幅は12%に達する。使用者側の人件費支出は117億ユーロ(1兆6380億円)も増えることになる。これは気前のいい回答だ」と指摘した。だがver.diは「全く不十分だ」と強く反発し、交渉は決裂した。

ドイチェ・ポストは平均11.5%賃上げへ

だがすでに交渉が妥結した業界もある。3月12日には、郵便会社ドイチェ・ポストの賃上げについて、ver.diと経営側が合意に達した。経営側は交渉の結果、ドイチェ・ポストで働く16万人の労働者について、数カ月間にわたって非課税のインフレ手当3000ユーロ(42万円)を支給するほか、今年4月には1020ユーロ(14万2800円)の一時金を払う。さらに今年5月から来年3月まで、毎月180ユーロ(2万5200円)が支給される。

この結果、ドイチェ・ポストの労働者の平均賃上げ幅は11.5%となる(郵便物集荷人の初任給は約20%、郵便物配達人の初任給は約18%に達する)。ver.diは、平均15%もの賃上げを要求して、今年1月から各地の郵便局でストライキを行ってきた。経営側が2桁の賃上げ要求を受け入れた理由は、3月上旬にドイチェ・ポストの従業員の約85%が「無期限ストを実施するべきだ」という意思表示を行い、経営側に強い圧力をかけたためだ。ドイチェ・ポストが前回無期限ストを行った2015年には、大量の手紙や小包の配達が遅れ、大きな社会的影響が出た。

ちなみにドイツは、ストライキが欧州で最も少ない国の一つだ。ドイツ経済研究所によると、2007年からの10年間に、ドイツでのストで失われた労働日は労働者1000人当たり7日。フランスの123日、デンマークの118日の足元にも及ばない。政治学者の間では、今年ドイツの「春闘」が激化しているのは、インフレによる例外的な事態であり、この国がスト多発国になる可能性は低いという意見が有力だ。

市民の間で強まる不満

興味深いのは、ドイツでも市民の間でストライキに対する理解が減りつつあることだ。世論調査機関DIMAPなどの調査によると、2011年にはドイツの鉄道運転士労働組合(GDL)のストライキについて、「理解する」と答えた回答者の比率は73%だったが、2021年にはこの比率が47%に低下した。これはストライキによって不便をこうむる市民、特にIT業界や金融サービス業界など、自分はストライキを行わない市民の間で不満が強まっていることを示している。ドイツでもストライキを頻繁に行う職種は、交通、郵便などに限られている。

極端なのは、日本だ。ドイツでは毎年のようにストライキが行われるが、日本では近年大規模なストライキが行われることはめったにない。日本の憲法は、ドイツと同じく、公務員以外の労働者にストライキ権を認めている。しかしドイツに比べると、日本では労働組合の影響力が弱い。「お客様に迷惑をかけてはならない」という圧力も強い。

交通機関の利用者にとって、ストライキがないのは何よりだ。ただしお客様に忖度 (そんたく)するあまり、労働者がストライキという実力行使の手段を全く使わないというのも、健全な状態ではないと思う。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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